第69話 遠雷 3

 数時間にも及んだ会議にもかかわらず、明確な結論を導くことが出来なかった。

 雨は激しく窓を打ち付けている。どうやら風も出てきたようだった。

 まだ時間も浅いのに、空は夜のように暗く、その闇を切り裂くように雷鳴が轟く。


「今日は早く帰ったほうがよさそうですね」


 ファーレンハイトだった。


「そのようだな」

「閣下は、今日もここにお泊りですか?」

「ああ」

「フィーア殿、意識が戻ったそうですね。先刻、女官から聞きました」

「ああ」

「立ち入った話をしてもいいですか?閣下」

 

 いつになく真面目な表情のファーレンハイトにエルンストは訝しむ。


「閣下はお幸せそうですが、はたしてフィーア殿はどうでしょうか」


 思いもよらない発言にエルンストは面食らった。


「どういう意味だ」


 お世辞にも穏やかとは言い難い声が室内に響く。


「フィーア殿はお幸せかと聞いているのです」

「お前、何が言いたい。フィーアが俺といると幸せではないとでも言うのか?」

「そうは申しておりません。ですが・・・」


 以前、町で偶然フィーアとあった時のことをファーレンハイトは話したのだった。


「お幸せかと聞いたら、泣いておられました」

「なん・・・だと」


 意味が分からない。

 俺の前ではなく、この女ったらしの前では本心を見せるのか?


 エルンストは自分の中で、どす黒い感情が沸き上がるのを感じていた。


「フィーア殿がお幸せであるのなら、私は構いません。しかし、そうでないのなら・・・」

「お前が幸せにするとでも言うのか」

「はい」


 勢いよく立ち上がったせいで、椅子がひっくり返った。大きな音が二人を臨戦体制にした。


「私が閣下から奪って何が悪いっ!」


 士官学校の二人に戻っていた。そこには上官と部下の関係はなくなっていた。


「貴様に何が分かる。俺はあいつの幸せのために、どれだけ悩み苦しんだかっ」

「片腹痛いわっ!そんなに悩んで、彼女を泣かせているのだからなっ」

「貴様はフィーアの過去を知らない」

「過去だと!?」


 ファーレンハイトはエルンストを侮蔑の眼差しで一瞥し、しかも口の端を歪めた。


「女の過去を背負ってこそ、男ではないか。笑わせるな」

「知った風な口を利くな。貴様ごときにフィーアの過去は背負えない」

「なん・・・だと」


 察しの言いファーレンハイトだ。

 フィーアの過去がただ事ではないと、勘づいたかもしれない。

 だが、所詮こいつの考えにも及ばない。

 フィーアの過去は―—。想像を絶するものだ。


 エルンストの右の拳は、色男の頬を的確に捉えていた。

 ファーレンハイトの体が一瞬宙に浮いた。そして、床に転がる。

 すぐに起き上がると、「なにをっ」とエルンストに掴みかかる。


 二人はもつれるように床に転がると、一歩も引かぬとばかりに互いに上下が入れ替わると、上になったほうが下になったほうの頬を殴る。


 床がきしみ、ソファーにぶつかり観葉植物を倒す。

 戦いには手慣れた二人だけに、実力はほぼ互角。勝負は中々つかなかった。

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