第68話  遠雷 2

 執務室に戻ったエルンストにファーレンハイトが声をかけた。


「フィーア殿のお加減はどうでしたか?」

「ああ」


  首を傾げるファーレンハイトだったが、エルンストに調査を命じられていた案件の報告を始めた。


「殺害されたベッヘム伯の件ですが、どうやら裏でゲルフェルト侯が糸を引いていたようです。実行犯は残念ながらシュバルツリーリエの下級士官。金で買収されたようです。寸でのところまで追い詰めたのですが、自害いたしました。己の行動を恥じたのでしょう」

「そうか」


 エルンストは机に頬杖をつき、窓の外を見ていた。


「一方ゲルフェルト侯ですが、その娘グレーテに対する陛下のご寵愛をいいことに、政敵の粛清にかかっております。閣下もご存知かとは思いますが、ここ数日で十人以の対立貴族が投獄されております。恐怖政治の始まりのような気がしてなりません」


 ドン。とファーレンハイトはエルンストの机を叩いた。


「聞いておいでですか?」

「あ、ああ、聞いている」


 エルンストは机に置かれた報告書に目を通した。


「不満を漏らす貴族も増えているな」

「はい。しかし陛下は側近の意見にも耳をかさず、相変わらずゲルフェルトとグレーテの言いなりのようです」

 

 その昔からいやと言うほどある話しだ。時代が変わっても人間はそれほど成長しないらしい。

 このままでは、ゲルフェルトを快く思わない貴族の不満が爆発して内紛が起こるだろう。

 噂では私兵団を組織する貴族も出てきているらしい。


 宰相代行のフォルクマーは相変わらず無能ぶりを発揮している。


 せっかく安定していた帝国内に無用な乱が起これば、隣国がこれを好機と攻め込んでくるかもしれない。

 いくら大陸を平定したと言っても、まだ日も浅く砂上の楼閣なのだ。

 

 問題は山積みだ。


「ファーレンハイト、幕僚たちを集めてくれ。俺一人では思案に暮れる」

「はっ」


 ファーレンハイトを見送ると、空が曇っていることに気づく。


「このところ晴天が続いていたからな」


 遠くで雷の音もかすかに聞こえる。


 これはひと雨くるか。


 曇天の空は増々エルンストの気分を沈ませる。

 ふと、フィーアを思いだし嘆息する。


「夜にもう一度話そう」


 さっきは意識が戻ったばかりで、頭も混乱していたのだろう。冷静になれば分かりあえるはずだ。


 エルンストの思考を遮るように、ノックの音と共に幕僚たちがファーレンハイトと執務室へ入ってくる。


 会議が始まると、窓を雨粒が濡らし始めていた。

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