第31話 それは静かな夏の夜 3
「ちょっと冷たいのではありませんか?」
扉が完全に閉じたのを確認して、ファーレンハイトはエルンストに苦言を呈した。
「お前にとやかく言われる筋合いはない」
「相変わらずですね。私だったらあのように美しい女性に冷たくはしませんよ」
ため息交じりにフィーアのいた空間を見つめている。
「女ったらしのお前らしいな」
書類にサインする手を休めずにエルンストは言った。
「これは心外ですね。私が女ったらしでしたら、娼婦しか相手になさらない閣下は何と評したらよろしいのでしょうか?」
「何だとっ!?」
さすがにエルンストは手を止めてファーレンハイトを睨んだ。
エルンストとファーレンハイトは士官学校の同期だった。そのころからの間がらなので、互いの気心も知れていた。
団長=元帥の地位に対して、ファーレンハイトは中将で階級が下のため、公では敬語を使用しているが、プライベートでは平語だ。
ファーレンハイトは下級貴族の出身だった。
エルンストのように名門ではない為、役職の世襲はない。けれど、二十四歳の若さで中将にまで昇りつめただけあって実力は確かだった。エルンストは彼を高く評価している。
しかし、女性への手の速さだけは頂けない。
「私は本当のことを申し上げただけですよ。女官や貴族の姫君を一度でも抱かれたことがおありですか?人生の墓場にまだ足を踏み入れていない以上、男子たるものそれなりに楽しみませんと。どうも私は娼婦を好みませんもので」
一片の笑みすら浮かべず、ファーレンハイトを無視すると、再び書類に視線を落とす。
「閣下は娼婦を相手にしているときも、愛の言葉をささやくのですか?」
意地の悪い顔をしているファーレンハイトの問にエルンストは答えない。
ファーレンハイトは一方的に話を続ける。
「しかし、最近はあまり遊んでらっしゃらないとか。やはりあの娘のせいですか、閣下」
エルンストのペンを取り上げると、自身の手のひらの上で回しながらニヤリと口元を上げる。
「妓館の主人が愚痴を漏らしているそうですよ」
「飽きたのだ」
質問にうんざりしたとばかりに、エルンストは椅子の背もたれに体を預けた。
「さようですか?」
信じられないとばかりに、ファーレンハイトは肩をすくめる。
「それに酒の付き合いも最近悪いですね」
「酒場の酒より、家のほうが美味い」
これはこれは。そんな表情のファーレンハイトだ。
「そんなことより、お前まだ仕事が残っているだろう」
コホンと咳払いをすると、ファーレンハイトに退出を促したのだった。
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