第26話 宵待ち草 5
「あのね、ハンス。ご主人様が入浴の後、何か軽いものを召し上がりたいそうなの」
「いつもワインだけなのに、珍しいな。よほど腹を空かせておいでだな」
グラスを用意しながら、フィーアは適当な食べ物を探す。
「そこの干し肉をスライスしたらいい」
「分かった。ありがとう」
スカートの裾をひるがえすと、早速準備に取り掛かる。
エルンストが風呂から上がる前に終わらせなけらばならない。
「フィーア、ご主人様がそろそろお上がりになるみたいよ」
調理場にルイーザが姿を現した。
「はーい」
フィーアは慌ただしく調理場を後にした。
「廊下は走っちゃだめよっ」
ルイーザの声はフィーアには届いていないようだった。
パタパタと足音が聞こえる。
「やれやれ」
ため息を漏らしながらルイーザはハンスの隣にやって来る。
「随分明るくなったよな、フィーアの奴」
ハンスは火にかけた鍋を小刻みに揺する。
体が大きい割にそれとは対照的に、料理の味は繊細なハンスだ。
「そうね、ここへ来た頃は口数も少なくて、暗い子だと思ってたけど。無理もないけどね」
作業台に置かれていたブルーベリーを口に放る。
「うん、甘い。もう一個」
伸ばした手をハンスにぱちんと叩かれ、「ケチ」と頬を膨らませる。
「鹿の肉にかけるソースが無くなっちまう」
「あんたも食べてみたら?ソースの仕上がりの確認としてさ」
「おう、それもそうだな」
ハンスはふっくらとした太い指でブルーベリーをつまむ。
「こりゃ旨い。旬だけのことはある」
「じゃ、あたしももうひと粒」
「これ以上は駄目だ」
ブルーベリーの入ったカゴをひょいっと持ち上げる。
「何さケチ。そのブルーベリー、あたしが摘んで来たんだよ。ご褒美にくれたっていいじゃないのさ」
「がはは」
ハンスは大きなお腹を揺らして豪快に笑う。背丈がドアの高さを超える巨漢が笑うと、地響きが起こるようだとルイーザはいつも思う。
「いい歳して、あんたは明るすぎね」
「ひでえなぁ、俺はまだ三十だぜ」
「さーてと、夕食づくり手伝うわよ。おっさん」
腕まくりをすると、サラダ用の野菜を切り始めるのだった。
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