第21話 新たな生活 7
大きく息を吐くと、覚悟を決めて寝室のドアノブに手をかけると勢いよくとの扉を開いた。
「ご主人様、起きて下さい」
寝室のカーテンもやはり閉められたままで、天蓋付きのベッドにかかるシフォン生地の薄い
まさか、まさか、まだベッドでお休みのままなの?
どくどくと心臓は早鐘のように打ち始める。
カーテンを開ければ、朝の光で目を覚ますかも知れない。
そう思い、朝日を遮る厚手のカーテンを思い切り開けた。
キラキラと朝の陽ざしが一斉に室内に流れこむ。
エルンストに朝の訪れを知らせてくれたに違いない。が、動く気配が全くなかった。
仕方なく、声を掛けてみる。
「ご主人様、朝でございます。起きて下さい」
「・・・」
帳のせいで姿は見えないが、絶対起きていない。
朝から何度覚悟を決めなければならないのか。
ううん、これも私の仕事。
帳を元気よく両手で開けたのだった。
「えっ!?」
エルンストが、うつ伏せで枕を抱えるように寝ていた。
しかも一糸まとわぬ姿で。
「あわわわっ、失礼いたしましたっ」
慌てて帳を閉める。
「はぁ、はぁ」
冷静を取り戻そうと呼吸を繰り返す。
窓からこぼれた金色の光を受けて、白く輝く肌がそこにはあったのだ。
綺麗――だった。
「何だ、俺の裸は昨日も見たではないか」
エルンストが起きたようだ。
「へ、変な言い方をしないで下さい」
湯殿は薄暗かったし、湯気で視界も雲っていらから、昨日はそこまではっきりとは・・・。
違う、そうじゃなくて!
フィーアの頭は混乱していた。
ベッドに背を向けて棒立ちになるフィーアの耳に、布ずれの音が聞こえて、立ち上がる気配を感じた。
「今日からお前だったな。コンラートはいつも大声で入ってくるなり、俺をベッドから強引に引きはがそうとする。まったく無粋な男だ。まどろむ幸せを俺から一瞬で奪うのだからな」
「け、今朝はまどろめましたか?」
だから、そうじゃなくて。
「ああ。支度をする」
「はい」
気を取り直して、クローゼットから白いシャツを取り出し、エルンストに渡そうと振り返った。
「キャーーーーー!」
手に持っていたシャツがパサリと絨毯の上に落ちた。
「ご、ご主人様、どうか早く下着を・・・」
「ああ?そうだったな。コンラートの時と違って、どうも調子が狂う」
クールな印象のエルンストからは想像もつかない無防備な光景だった。
「風呂も一緒に入っているのだ、別に驚く必要もあるまい」
「で、ですからその言い方はおやめ下さい。それに一緒には入っておりません」
ヘレナやコンラートが聞いたら誤解しかねない。せっかく手に入れた安住を手放しかねないではないか。
「どう違うのだ?」
「全然ちがいますっ!」
本当に目の前にいる人はご主人様なのだろうか?
まるで別人だ。
出会ってほんの数日だけれど、エルンストの印象はクールで冷静。冷たい印象のほうが強かった。
寝ぼけているのだろうか?
「コンラートよりは、いいな」
「何がでございますか?」
シャツのボタンを全て留め終えた時だった。
「お前が起こしに来ることだ」
そう言いながら、フィーアの結い上げた髪にそっと触れた。
フィーアは一瞬で体をこわばらせると、一歩後ろへ引いた。
エルンストは自覚があるのか無いのか、かなりの美丈夫だ。そんなことをされて、赤くならない女性がいるはずがない。
フィーアの心臓は再び、心拍数を上げる。
エルンストの黒曜石のような瞳に吸い込まれるような錯覚を起こし、軽いめまいを感じた。
ゴクリと息をのむフィーアを見つめていたエルンストはいいなり、「ふっ」と笑うと、
「朝っぱらから年寄りに身の回りの世話をされるより、若い娘のほうがいいに決まっている」
そう、耳元でささやかれた。
フィーアは男性経験が全くなかった。男性と付き合ったことすら無かった。
だからこんな時、どんな反応をしたらいいのか分からない。
ただ、石のように体を固くすることしか出来ないでいた。
「ふっ」と再びエルンストが笑った気がした。
「食事に行くぞ」
そう告げると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
重苦しい空気が一瞬で体の周りから消えた気がした。
・・・私、もしかしてからかわれた?
考えている暇はない。
急いで、エルンストの後を追ったのだった。
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