第20話 新たな生活 6

 翌朝、フィーアは朝食後にエルンストに呼ばれていた。


「今日からお前の名はフィーア・フォン・モーデルだ」


 ティーカップを置くと、エルンストがそう告げた。


 『フォン・モーデル』は母方の遠縁にあたる家の名前だと教えられる。


「モーデル家についての詳細はそこに書いてあるから、しっかり頭に叩き込んでおけ」


 指さす先には白い封筒が置かれている。

 フィーアが書かれている内容に目を通している間、エルンストは頬杖をつきながらそれを見ていた。

 

 ひと通り目を通すと、


「お母さまは、北方のご出身なのですね。訛りを直さずに済みます」

「・・・お前、字が読めるのだな」

「えっ?」


 エルンストは二杯目のお茶を楽しんでいた。


「旅の一座の人間が、文字を読めるとは意外だな」

「そんなこと」

「一般階級の人間は商家以外は、ほとんどが文字を理解出来ないはずだ。お前の場合、楽譜は読めるとしても、文字が読めるのは不思議と言ってもいい」

「い、いけませんか?」

「そうではない。どこで文字を覚えた?」

「・・・村に学者様がいました。何でも帝都を追われ、流れ着いたのが私が暮らしていた村だとおっしゃって」

「その学者の名は?」

「・・・申し訳ありません。思い出せません」


 エルンストは人差し指で、トントンと白いクロスがかけられたテーブルを叩いた。

 何かを考えているように見える。


「お前の過去は聞かずにおこう。今日から生まれ変わったと思って、仕事に励め」


 黙礼をしてフィーアは食堂を後にしたのだった。 

 


 

 翌日からフィーアの朝は更に忙しくなった。

 朝一番にすることは、ルイーザと水汲み。

 今まで一人だったから、楽になったとルイーザは喜んでいる。

 朝食は料理人が作るけれど、それを配膳しなくてはならない。十人を超える使用人を抱えているので、案外大変だった。

 料理には大量の水を使うため、再び瓶一杯に水を汲む。

 そしてフィーアにはコンラートから引き継いだ仕事がある。それはエルンストが登城するまでの介添えすべてだった。


「フィーア、こっちはいいからご主人様の所に行ったら」


 ルイーザに促される。


  緊張する。

  エルンストの部屋のドアの前に立ち深呼吸をすると、ドアをノックする。

 朝の支度の手伝いはルイーザでもしたことが無いと言っていた。


 どうして私なのだろう?

 

「ご主人様、朝食の準備が出来ました」


 もう一度ノックをする。が、やはり静かなままだ。

 遅刻でもされたら、それはフィーアの責任になる。


「失礼いたします」


 扉を開けた先は、カーテンからわずかに光が漏れているだけの薄暗い部屋だった。


「ご主人様?」


 ためらいがちに呼びかけるものの、エルンストの返事はおろか姿さえない。

 続き間の寝室のドアをノックするが、やはり返事はなかった。

 

 むやみに寝室の扉を開けていいものだろうか?

 コンラートさんならば、男同士だし容易なことだとは思うけれど・・・。

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