第14話 不透明な未来 5

 実際エルンストが妓館へ赴く場合、食事を楽しみ音楽に耳を傾け、教養の高い彼女らと会話をし、宮廷内外の情報を得ることに重きを置いていた。

 彼女たちには安心して、自分の胸の内を話す男のなんと多いことか。それをエルンストは聞き出してもいたのだった。

 権謀術数渦巻く宮廷で足をすくわれない為には、情報収集として必要なことだと考えていた。

 確かに多少、彼女らを抱くことも無いわけではなかったが。

 

 分かっているのだ。体を売らなくてはならない不幸な娘たちを何とかしたくても、自分にはどうすることも出来ないことを。フィーアが言うほどこの問題は単純ではないのだ。

 それを分かって俺に言っているのか?

 エルンストの胸に怒りが湧き上がった。


「奴隷にとって主人の命令は絶対だ」


 伏し目がちにフィーアが頷く。そこにはどんな思いがあるのだろうか。


「ならば、俺に抱かれても文句は言えまいな?」

「・・・いいえ」


 だろうな。エルンストは内心で苦笑する。


「たった今、お前は俺の命令は絶対だと納得し、頷いたはずだ」

「私の命を拾ってくださったことには感謝いたします。ですが、たとえ奴隷の身であっても、不本意に抱かれたくはありません」


 凛とした態度で言い放つその姿からは、人品卑しからぬオーラが漂っていた。


「ではこの状況を、お前はどうする?」


 フィーアを拘束する手首に力を込めた。


「私の命はご主人様のものです。どうかこの場で屠ってください」

「奪われる前に、死にたいと言うのか」


 フィーアは答えない。

 ローソクの灯りでフィーアのグレーの瞳が揺れて見えた。甘く切なく。魔性の女だ。エルンストは理性を保つのに必死だった。


「震えているのか?」

「いいえ」


 おぼろげに自分を見つめる瞳からは何も伺えなかったが、小さく震える唇をエルンストは見逃さなかった。

 

 胸元に触れると、ビクンと体がはっきりと反応した。

 娼婦にはない初々しさだと思った。今まで男に抱かれたことが無いのは明らかだった。


「命乞いはしなくていいのか?」

「死はいずれ誰にでも訪れます。それが今だと言うだけです」


 感情を押し殺した声だった。


「気の強い女は嫌いではない。だがお前の真の姿は違うのだろうな」


 無理をするなと言いながら、フィーアの髪を撫でた。


「お前は村娘とは思えないほど知識があり、芯も強そうだ。奴隷として生きて行くために身に着けた鎧なのだろうが、ここでは必要ない」


 フィーアの手を取り立ち上がると、その華奢な体をそっと抱き寄せた。


「ご主人様!?」

「お前がはぐれないように、俺がその人生を見守っていてやろう」


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