第3話 奴隷の女 3

 照りつける太陽は容赦を知らない。

 太古の昔からあらゆる生命に伊吹を与えてきたであろうそれは、今やその恩恵を怒りに変えているかのように、地上の生きとし生けるものすべてを焼き尽くそうと、うねりながら激しく燃えているように、フィーアには見えた。


 太陽に熱せられた石畳は、フィーアたちの足の裏をジリジリと痛めつけた。


「せ、せめて水を・・・」


 初老のアンゼムにとってこの行軍はだいぶ命を削ったに違いない。かすれた声で奴隷商に懇願した。半日でさらに細くなったように感じられる。泥で汚れた肌から骨が浮きあがり、足取りも弱々しく生きているのが不思議なくらいに見えた。


「お前らにやる水なんて、ねえんだよっ」


 浅黒く脂ぎった顔の奴隷商は目を吊り上げ、アンゼムに近づくと、脂肪たっぷりの足で、彼を思い切り蹴り飛ばした。


「アンゼムっ!」


 アーデルを落としそうになりながらフィーアは叫んだ。


 アンゼムは言葉もなくその場に倒れ込んだ。それと同時に鎖で繋がれている何人かが巻き添えをくって、一緒に地面に倒れ込む。


 ガチャガチャガチャーン!

 鎖が擦れ合う大きく耳障りな音が、のどかな町に響いた。


「嫌だねっ!さっさと行っとくれ」


 通りかかった老婆が不快な顔をして、奴隷に向かって唾を吐く。


「悪いね婆さん。こいつらがさっさと歩かねぇんだよ」


 騒ぎを聞きつけて、子供たちも集まってきた。


「わーっ、奴隷の行列だっ!」

「奴隷商のおじさん、この町で奴隷市があるの?」

「奴隷っていくらで買えるの?」

「この中に人を殺した奴はいるの?」


 瞳を輝かせて、子供たちは奴隷商に話かけながら、素早く路面に転がる石を拾うと奴隷たちに投げつける。

 

 この国の奴隷は、表向き罪を犯した人間たちとされている。事実罪人もいるのだが、実際はそれだけではなかった。

 奴隷商人にさらわれた村娘や、貧しさから自分の子供を売る者もいる。噂では貴族同士の宮廷抗争に敗れた者なども含まれているらしい。おそらくアンゼムもその犠牲者だ。


いちは帝都に立つんだけどよ、ここにも少しは金持ちがいるだろうから、ちょっと立ち寄ったんだよ。坊主たち、奴隷を欲しがってる人を知らないか?」


 太った奴隷商は右手に持つ皮の鞭を左手に持ち替えて、額の汗を拭った。


「オーギュストの旦那様が、奴隷を欲しがっていたよ」

「坊主、それは確かか?」


 問いかけられた十歳くらいの少年は大きく頷く。


「うん。僕、そこでヤギの乳しぼりの仕事をしているんだ。旦那様が奥様と、そんな話をしているのを聞いたんだ。出どころのいい男の奴隷が欲しいってさ」


 出どころのいい奴隷。つまり誘拐されたり無実の罪で奴隷にされた人間のことだ。


「そうか、そのオーギュストさんの家ってのはどの辺だ?」

「この道を真っすぐ行って、酒場の角を曲がって噴水の近くだよ」

「ありがとよっ。お前ら行くぞっ」


 

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