第4話 奴隷の女 4
鞭の音とともに、奴隷たちは再び歩みを始める。
アンゼムもふらふらと立ち上がったのだが、再び石畳の上に倒れこんでしまった。
当然のように奴隷商は鬼の形相で飛んでくる。
「こんな所で誰が寝て良いって言ったかよっ!」
しつこいくらいに鞭は奴隷の体を打ちつけるが、アンゼムはピクリとも動かない。
フィーアはアーデルを背から下すと、
「このままでは、死んでしまいます」
奴隷商に体当たりをした。
周りから悲鳴の声が上がる。よろめいた奴隷商の鞭の向きが見物人に向かったからだ。
「このあまっ!」
恥をかかされたとばかりに、奴隷商の鞭は勢いよく路面を叩いた。小石が舞い上がる。
「私たちは灼熱の中、長い距離を飲まず食わずで歩いて来ました。せめて水をください。このままでは奴隷市に着く前にみんな死んでしまうわ」
「家畜のくせに、一人前に口をききやがってっ!」
体制を整えると、奴隷商はフィーアに鞭を向けた。
「私たちがあたなの商品であるならば、商品を高く売るために大切にしたらどうですか」
ほとんどの奴隷たちが怯えた様子を見せる中、フィーアはきっぱりとした口調で言い放った。
町の人の目があるから、さっきのようなことはしないだろうとフィーアはふんでいた。
一瞬驚いた顔をした奴隷商だったが、徐々に憎悪が沸き上がってきたのか著しく顔を歪め、鞭をぎりぎりと両手でたわませた。
フィーアの胸ぐらを掴むと、軽々とその体を持ち上げた。足は路面から頭ひとつは浮いただろう。
「てめえ誰に向かって口を利いてやがる」
フィーアを路面に叩きつけると、腹部を何度も蹴り上げ鞭で背中を叩く。
その様子を面白がって見ていた町の人々だったが、しばらくすると、一様に眉をひそめだした。いくら奴隷であっても自分たちと同じ人間だ。虐待にも限度がある。
気分が悪くなったのかその場を離れる者もいた。
鞭に打たれ続け、フィーアは苦悶の声を上げる。
「何だよてめえっ!文句あんのかっ!」
歯止めの効かなくなった奴隷商を誰も止められない。とうとうフィーアのボロボロに汚れた麻で出来た奴隷服が切れ、下から現れた肌が裂け、土埃を含んだ赤い川が背中から流れ出し、奴隷服を染める。
「奴隷の焼き印よ。初めて見たわ」
見物していた町の女からそんな声が漏れた。
フィーアの左肩辺りには『奴隷の焼き印』が押されていた。人間の目を意匠化したデザインで、『お前たちは常に人の目にさらされている』との意味があるらしかった。
「早く立ちやがれっ」
鞭はフィーアの背中だけでなく、頭を腕を容赦なく叩き続けた。不思議と痛みは感じなくなっていた。
もうすぐ人生の最期を迎えるのだろうか。
こんな人生は幸せだったとは言えないけれど、それでも良かった。他人の手で終わりを迎えるのであればきっと天国に行ける。
神様、来世はもっと幸せでありますように。
薄れゆく意識の中で、フィーアは声を聴いたような気がしたけれど、そんなことはもうどうでも良かった。
「その辺で止めておけ」
それは低く落ち着いた声だった。
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