第16話 伊井野瑠衣は語り出した


「失礼しました」


 職員室から出ると、もう昼休みの時間はほとんど無くなっていた。


 結局僕は谷本先生からの生徒会選挙推薦については返事をしなかった。


 シンプルに僕はそんな面倒そうな事をやりたくはない。

 それに大泉の応援演説に伊井野の名前があった事と言い、あの決闘騒ぎ以上に厄介な事になるのが目に見えている。


 とは言え、放っておく事も出来ない。


 伊井野……お前一体何を考えているんだ……?


 考えが纏まらないまま2階に戻って来ると、教室の前に誰かが立って居た。

 俯いていて遠くからははっきりと顔が見えない。


 教室に辿り着くと、とうとうドアの前に立っている人物が誰なのかが分かった。


「……天野……そこどいてくれるか」

「……」


 彼女は俯いたまま。

 そして目線を合わせないまま、ポツリと呟いた。


「……今日、放課後になって10分くらいしたらあっちの奥の空き教室に来て」

「……?何の用だ……?」


 あまりに唐突な話に僕は疑って掛かるが、天野は言いたい事は言ったとばかりに教室のドアに手を掛けた。


「……中には入らなくて良いから。ただ来てくれたら良い」

「あ、おいちょっと──」


 天野はそのまま自分の席に向かった。

 

「……何なんだよ……」


 訳も分からないまま眠たい授業を受けて、気付けば帰りのホームルームで解散となり放課後を迎えた。


 僕は「またな伏見」と声を掛けてきた近藤君やクラスの皆に手を振り、一応天野の言い付け通りに10分程時間を潰す事にした。

 ……本当犬みたいだな僕。


 クラスには既に僕しかおらず、誰もが部活や帰路へとついている。


 誰も居ない教室を見回すと、何故か一人郷愁のようなものに包まれた。

 

 ほんの少し前までは決して居心地の良い場所では無かったこの教室。

 天野と付き合っていたと思っていた頃でさえ、特段思い入れは無かった。

 誰も僕に興味を示さず、僕も興味を持たなかった。


 それが今やクラスの誰もが僕を認識し、クラスにも友達と呼べる人達が出来た。


 全部伊井野が居たからだ。


 隣にある彼女の席に視線が行く。


 彼女と大泉の間に何があったんだろうか。

 それにあの応援演説の意味……


 伊井野には聞かなくちゃいけない事がいっぱいある。


 だけど……今はとてもじゃないけど話し掛けられる雰囲気じゃない。


 一体どうしたら良いんだろうな……


「しまった、そろそろ時間か……」


 気付けば放課後を迎えて10分が過ぎようとしていた。天野が指定した時間を少し越えてしまう。


 僕はカバンを肩に掛け、走って教室を出た。

 

 若干息を切らせながらも空き教室に着くと、奥の方から誰かの話し声が聞こえてきた。


『何のつもり?天野さん』


 この声は伊井野……?

 中に居るのは伊井野と天野の2人?どういう組み合わせだ……?

 僕は空き教室のドア付近にそっと身を潜め息を殺した。


『……あんたに聞きたい事があるの。あんた一体晃史君とどういう関係なの……!?』

『ごめん、それを聞いて何がしたいの?』

『今日……晃史君に最後のチャンスだって言われた。伏見から許しを貰えないならせめて伊井野、あんたを見張ってろって』 

『……そう。やっぱり信用はされてないんだね。私もあなたも』

『どういう意味……?』


 あいつら一体何の話をしてるんだ……?

 僕はさらにドアに耳を近付けて二人の会話に集中した。


『天野さん知ってる?来週生徒会選挙があるんだって』

『し……知ってるけどそれが何か……?』

『大泉晃史がそれに出るんだってさ。そしてその応援演説が私。だから私がおかしな真似しないようにって見張らせたいんじゃない?』

『!? だからってそんなに信用されないの……?あんた本当どういう関係なの!?』

『私はあの人の元彼女……あなたのせいで捨てられたけどね』

『……あ、あたし……?』

『……はぁ……別にあなたに言う義理はないのだけれど。このままじゃ帰して貰えそうにないから教えてあげるよ』


 伊井野は語りだした。

 大泉晃史との秘められた過去を──

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