第15話 大泉晃史は謀略を巡らせる


 天野に対するあの貼り紙の内容は、昼休みになる頃には2年生のほぼ全員が目を通していた。

 そこかしこでひそひそと話し声が聞こえては、チラリと天野に視線を向ける。


 そんな雰囲気は天野の精神を追い詰めるのに十分過ぎる程効力があった。


「……あれ、誰がやったんだろうな」

「……さぁ」


 僕は近藤君と一緒に弁当を食べている。

 あぁ、正確には近藤君はもう食べ終わっているけども。


「さすがに皆嘘だとは思ってるみたいだけど、内容が内容なだけになぁ……」

「気分の良いものではないけど、そう言われても仕方ない女だよ」

「まぁな。あいつ、その内学校にも来なくなるんじゃねぇの」

「少なくともあれをやった奴はそれを望んでるんだろうな」

「だろーな」


 僕らがそうやって暗くなりそうな時だっただった。

 昼休みの校舎に校内放送が響き渡った。


『2-B伏見哲也。至急職員室谷本の所まで来なさい。繰り返す──』


 放送が終わると同時にクラスの皆が僕の方を向いた。

 が、残念ながら何か呼び出されるような案件は思い付かない。


「伏見、何かやったのか?」

「いや、何もしてないけど……とにかく行って来るよ。弁当の残り、近藤君いる?」

「マジか!いるいる!ありがてぇ!!」


 僕は近藤君に弁当を渡した後、教室のドアに向かった。

 そしてドアを開ける頃には近藤君は僕の弁当を食べ終わっていた。


 ……いくらなんでも早すぎるだろ。





「失礼しまーす」


 僕は校舎1階にある職員室に着いて、ノックをすると同時にドアを開けた。


「おぉ、伏見。悪いな」

「谷本先生何か?」


 谷本とは僕ら2-Bの担任だ。

 年齢はもうすぐ50を迎える優しい見た目のナイスミドル。

 何やら最近うちのクラスが問題ばかり起こすので少々お疲れ気味なご様子だ。


 そんな谷本先生は僕を見るなり職員室の奥へと来るよう指示を出した。

 コーヒーの香りがする職員室を恐る恐る進み、応接室とやらのソファに座る。


「さてと、早速だが本題に入ろうか」

「は、はい」


 谷本先生は僕にカップに注がれたコーヒーを差し出しながら、自分にも用意していたそれに口を付けて喉を潤した。


「ふぅ……今回呼び出したのはな、お前に2つ用があるからだ」

「2つもですか……」


 僕、何かそんなにやらかしたかな?

 天野との一件はもう無かった事にされてるしなぁ。


「あぁ。別に疑ってる訳じゃないんだが、確認だけはしておきたくてな」

「は、はぁ……」

「お前、これについて何か知らないか?」

「!」


 谷本先生が僕に見せて来たのは、朝一に学校中に貼られていたという、天野への嫌がらせのプリントだった。


「……もしかして、これを僕がやったと……?」


 そうか……良く考えたら天野に恨みを持つ僕が犯人扱いされるのが当然か。

 だが谷本先生は首を横に振った。


「違うよ、確認だと言ったろう?天野に関してお前なら何か知ってるんじゃないかと思ってな……この前は力になれなかった分、今度こそお前らを守ってやりたいんだ……」

「先生……」


 谷本先生は膝の上で拳を強く握っている。

 彼はこの前の騒動の時は親族に不幸があったらしく、後から僕らの事を聞いて酷く心を痛めていた。

 僕に謝罪をしてきたのも復帰してきてすぐの事だった。


「お前らの関係は複雑だろう。だが伏見も天野もどちらも私の可愛い生徒だ。どんなにお前らがお互いを憎み合っていても、せめて高校くらいは無事に卒業させたいんだよ」

「……すみません」

「何で伏見が謝るんだ。悪いのは全て我々大人だ。大切な時にお前達の側に居てやれずにすまなかった」

「いえ……」


 最初からこの人が居れば、この訳の分からない今も変わったのだろうか。

 ……考えるだけ無駄か。


 谷本先生は僕の瞳を強く見つめて続けた。


「何か少しでも知っている事があれば頼む、教えてくれ。最近の天野は見ている私も辛いんだ」

「……」


 天野をそこまで追い込んだのは僕だ。

 だから少し目を合わせづらい。


「……誰かこんな事をやりそうな奴に心当たりもないか……?」


 心当たりならある。

 伊井野の口振りならやったのは大泉だろう。

 徹底的に天野を追い詰める為に……


 だが不確定な事を今言うわけにはいかない。


「すみません……本当に分からないです」

「そうか……だが伏見、お前もあの事件の当事者だ。お前にも何かしら危害を加えようとする輩が現れんとも限らん。何かあればすぐに言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 谷本先生は天野のプリントをすぐにシュレッダーに掛けた後、2つ目の用事を口にした。


「よし、それじゃ次の用だ。こっちはそんなに緊張しなくていい。嫌なら嫌だと言えば良い事だしな」

「……?えぇ……」


 僕が戸惑いながらも返事をした後、谷本先生は懐からこれまた1枚のプリントを取り出した。


 なになに……一番上に書かれているのは──


「推薦状……?」

「そうだ。これは生徒会長推薦状──伏見、お前生徒会選挙に出てみないか?」

「はい……??」


 その言葉を頭が理解するのにしばらく時間を要してしまう。

 生徒会選挙……?僕が……?


 うちの生徒会は完全他薦制。

 誰が僕を推薦なんかしやがったんだ……!?


 確か推薦状を書くには条件があったはずなのに……


「あ、あの推薦状ってそんな簡単に書けましたっけ……?」

「それ程難しい訳じゃないが手間はかかるな。うちの学校は25名からの署名を集めてからじゃないと推薦状は書けん」

「25って1クラス分じゃないですか!」

「そうだ。つまりお前は今少なくとも25人もの人間に支持をされている。体育館でお前が頑張った成果じゃないか?」

「が、頑張ったって……」


 あれって今となっては、そもそもやらなくても良いことだったんだぞ……

 全く……誰だよこんな嫌がらせする奴は……

 

 僕はもしかしたらクラスの皆が僕を応援したいとかいう、ありがた迷惑な気持ちでやった事かと推理し、念の為に代表者を確認した。


「ち、ちなみにそれ、代表者は誰ですか……?」

「大泉晃史と書いてあるぞ。お前ら仲良くなったんだな」

「!!」


 それは考え得る限り最悪の名前だった。

 

 まさか決闘の復讐か……?

 いやだがどういう嫌がらせだよ。

 僕を生徒会選挙に出させてあいつに何の得が……?


 答えは苦い顔をした谷本先生がすぐに出してくれた。


「いや……仲良くなった訳じゃ無さそうだな。全く……心配したらこれか……たった今教師陣に共有メールが届いた。特別に伏見にも見せよう」

「これは──」


 そこには、生徒会選挙実行委員会よりお知らせと続いた後、推薦状が提出された生徒の名前が2名分書かれていた。


 1人は僕、伏見哲也。

 そしてもう1人。


「……今度は生徒会選挙で勝負ってか……」


 ──大泉晃史の名前がそこにはあった。


「……!?」

 

 そして更に、大泉の下にある筈のない、あってはならない名前が書き込まれていた。


 推薦生徒・大泉晃史

 応援演説・伊井野瑠衣



【作者後書き】

お待たせしてすみません!

良ければ『幼馴染みざまぁを見届けた俺、自分も幼馴染みざまぁをしたかったので感想を聞いてみた。』という作品も上げてみたのでこちらもよろしくお願い致します!

https://kakuyomu.jp/works/16817330651443289175

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