第10話 決着
その日の放課後。
今は誰も使っていない第二体育館にてひっそりと決闘を行うとの話だった。
「さぁ、伏見クン。汚名返上のチャンスの時間だよ」
「……このギャラリーは……?」
僕が周りを見渡すとコートの端や2階を埋め尽くす勢いで2年生が集まっていた。
中には3年や1年も居るが、行列の出来たラーメン屋理論だろうか、人だかりが出来てる理由は分かってないみたいだ。
「さぁ?聖が集めたんじゃない?ギャラリーが居ては実力が出せないかい?」
その煽るような物言いに僕は鼻で笑ってやる。
「大丈夫だよ。こんなの
「? 君、バスケ素人だろう?恥をかくまえに負けを認めた方が賢いと思うけど」
「誰がそんな事言ったよ。お前の相方は情報収集が苦手みたいだな」
「へぇ……」
僕は履き替えたバッシュの裏を手で拭き、体育館に響くキュッと鳴る音を懐かしんだ。
床に転がるボールを手で短くつつき弾ませた。
跳ね返って来る間隔が段々と大きくなりそのまま軽くドリブルをしてみる。
実に2年振りのバスケットボールの感触は中学の時とはやはり違う。
背が伸びたのもあるだろう。
ボールが床に落ちてから跳ね返って来るが、吸い付くようには戻って来てくれない。
まぁ直に慣れるだろう。
「驚いた……本当に経験者なのか」
「止めておくなら今の内だぞ?正直負ける気はしない」
「そうはいかないよ。聞こえるだろ?皆の応援」
「……僕の応援は?」
聞こえてくるのは「大泉くーん頑張ってー!!」とか「やっちまえ晃史ーーー!!」とか……中には「ぶっ殺せーーー!!」なんてほざいてる奴も居る。
「あるわけないだろう。君、今の自分の立場理解してないのか?」
「強姦魔だろ。言っておくが僕は嵌められただけだ。だからお前のお姫様が出されちゃ困る動画を抑えに来たんだよ」
「聖はそんな事しない。今回の事だってまだ高校生だから慈悲深い判断を下しただけだよ」
「お前、本当おめでたい頭してんだな」
「どういう意味だ?」
「さぁね」
「……」
だから天野はお前と近付きたいだけだって。
正直僕の事なんて消えたらラッキーくらいにしか思ってないだろうよ。
教えてはやらないけど。
「もうさっさと始めて終わらせよう。言っとくけど僕が勝ったらちゃんと冤罪を撤回しろよ」
「約束しよう。俺が勝ったら──」
「大丈夫。そんな想定するだけ無駄だから」
「……良いだろう。やろうか」
「1on1の10本先取だっけ?」
「そうだよ」
「先行は譲ってやるよ。ギャラリーもそれをお望みだしな」
「余裕だね」
当然だろう。
うちのバスケ部が強いなんて聞いた事ないし。
バスケ部が強くない所に来たしな……
「それじゃ行くよ」
「よし、こい!」
大泉が両手で挟んだボールを胸元よりも少し下げて前傾姿勢に入った。トリプルスレットという奴だ。
僕も腕一本分のスペースを拡げ腰を落とす。
瞬間、ようやく闘いが始まるとなってギャラリーが湧いた。
その歓声の中には天野の声もあった。
接触禁止令を忘れて呑気なこって。
僕の応援は0だ。
クラスの奴らにも教えてない。
そして伊井野も来ていない。
伊井野には「見たくもない。でも負けたら許さない」と言われてしまった。
大丈夫だよ伊井野。
絶対抜かせないから。
大泉はまず始めに右腕で一度ドリブルをする。
そしてフェイントも無く、一気に左手にドライブを切り返すクロスオーバーで僕を抜き去りに来た。
思ってたよりも速い。だけど──
「ッ……!?」
「ふぅ……」
僕はボールが左手に渡った瞬間、そのボールを叩き落とした。
ボールはコートの外側に転がっていく。
「……やるね」
「ファウルスレスレだったけどな」
「いや、手には当たってない。大丈夫だ」
「分かってるよ」
僕はコートの外側へ転がったボールを取りに行く。
何の偶然か、大勢のギャラリーの中でボールを拾ったのは天野だった。
「……ボール、返してくれるか」
「死ねっ」
天野はボールを投げ付けて来る。
だがヘロヘロ球は僕に辿り着く前に床に弾む。
バスケットボールは存外重いんだよ。
僕は2回バウンドして手元に収まったボールを抱え天野に視線を向ける。
「約束、ちゃんと守れよ。あれが冤罪だったってさ」
「はっ、あんたが晃史君に勝てる訳ないじゃん」
「勝てるさ。絶対」
「てか話し掛けて来ないでよ。ウザ。キモ」
だからその最後の二言の威力強いんだって止めろ。
僕はそのまま踵を返し、大泉と向かい合った。
「次は僕の番だな」
「あぁ」
僕は先程の大泉と同じ体勢に入った。
大泉は僕の時よりも少し離れた位置でディフェンスをしている。
意趣返しという訳ではないが、僕もノーフェイクでゴールを狙いに行った。
ドリブルはしていない。
いきなり3Pラインから1歩半離れた所からシュートを放ったんだ。
「なっ……!?」
未経験者には分かりづらいかも知れないが、3Pラインから少しでも離れた場所からゴールを狙うのはかなり難しい。
ボールは綺麗な放物線を描き、リングへと吸い込まれていく。
その間、体育館は静寂に包まれる。
スパッという音が静寂を破ると、ギャラリーから悲鳴が上がった。
「本当にやるね……」
「まぐれじゃないって分かるんだな」
「……あんな綺麗なシュート、うちじゃ誰も打てないからね」
「お誉め頂き光栄です」
「……っ」
──そこからの展開は一方的だった。
一度も攻守が入れ替わる事はなく、僕が淡々とゴールを決めていく様子にギャラリーは静まり返っていた。
僕のブランクは2年。
対して大泉はバリバリ現役の選手だ。
だけど……
「大泉、お前バスケ始めたの高校からか?」
「……ハァ……ハァッ……そ、そうだよ。天才と言われてキャプテンにまで選ばれたのに……!」
「確かに僅か1年でそこまで動けるのは本当に凄いよ」
さすがにまだ僕との地力の差はある。
何度も吐きながら基礎練をしたからな。
大泉は環境が悪かったのだろう。
この学校は強豪じゃないからな。
だからもうこれで終わりだ。
僕は右からドライブに入った。
「くそっ……!」
大泉は完璧にシュートコースを塞いだままだ。
が、そこから僕は一つロールを入れて、体の位置を真横へとスライドさせる。
ゴールより2歩程離れた所からシュートモーションへ入る──
「!」
それに反応した大泉は見事に空中へ跳び、ブロックをしに来ていた。
だけど僕のシュートモーションはフェイクだ。
ピポットでさらに一歩右へ動き、左へ逸れて行く大泉を交わしてボールを放つ。
ボールがゴールに入った瞬間、最早悲鳴も聞こえずただ誰もが呆然としていた。
ようやく終わったか……疲れた。
僕は久々の全力の運動で足が震え出し、床へと座り込んでしまった。
「……本当に凄かったね。君、なんでバスケ辞めちゃったんだい?」
さすが現役、汗だくだけど僕と違って体力はあるみたいだ。
別に握手とかはしない。
大泉はシンプルな疑問という感じで聞いて来ていた。
「部活のバスケが嫌いだっただけだ。後、僕にチームスポーツは向いて無かった」
「あぁ君協調性とか無さそうだもんね」
「言っとくけど2年がぼっちなだけで1年の時は友達いたからね?」
「それは失礼」
まぁ一人だけだったけど。
元気かなぁ
僕らが話し込んでいると、ギャラリーは段々と大泉が負けた事を頭が理解しだしたのか、悲鳴が上がり始めていた。
「嘘……大泉君が!?」「あのレイプ野郎めっちゃ上手かったな」「嫌だーー!!あんな大泉君見たくないーーー!!」などなど……
そして天野はまだ信じられないのかただ立ち尽くしている。
「と……ほら僕が勝ったんだ。お前のお姫様にあれは冤罪でしたって言わせて来いよ」
「……約束は約束だからね。君、本当にやってないのか?」
「最初からそうだって言ってるだろ」
「ふーん……」
「……?」
大泉は天野の方へ向かう瞬間、ポツリと小さく呟いた。
「──つまらないね」
「……え?」
あいつ今なんて言った……?
あまりにも小さくて聞き取れなかった。
そして聞き返す間も無く体育館に怒声が響いた。
「何負けてるの晃史君!?」
「ごめん。だけど彼は本当に上手かった。100回やったって俺は勝てない」
「ごめんって……だったらあたしにあいつに謝れって言うの!?あれはあたしが仕組んだ事だって!?」
「そうだね。彼が本当に何もしていないのなら」
「……っ!もう良い。こんな大勢の中で負けるようなだっさい人もー要らない」
「……」
なんだ?えらく揉めてるな……
天野の奴、やっぱり認めないつもりか?
別に認めなくてもこっそり教師達に僕を罰するような事はしないで良いと言ってくれたらそれで収まるのだが……
あー冗談のつもりだったけどあのプリクラで脅すか?効果なさそー……
僕が思案して天井を見上げていると、気が付けば天野がこちらへやって来ていた。
「ねぇ~伏見ぃ~あんたさ今ここで土下座出来る???」
「は?」
悪魔的な笑顔で僕を見下ろす天野の顔が、あの倉庫の時と重なった。
「今あたしに誠心誠意謝れば皆の前で許してあげる!あんたあたしの事大好きだもんね!出来るよね?」
「……別にしても良いけど……」
こいつが僕の事を許す?本当か?
僕のそんな疑心を見透かしたのか、天野が耳元に顔を近付けてきた。
「そんであたし達また付き合おーよ♡倉庫での事はそーゆープレイだって事にしてさ~。あんた晃史君倒したから人気出そうだしw」
「……」
さすがにドン引きだよお前……
「ほら、周り皆あんたの事凄い凄いって言い始めてるし。あたし周りの空気察するのだけは得意なんだよね~!」
まぁ確かにギャラリー達は段々「え?レイプされかけたって嘘なの?」「あの人結構イケメンじゃない?」「大泉よりバスケ上手いとかやべぇな」みたいな感じになってきては居る。
だからって僕とお前がやり直すなんてあり得ないんだよ。
「あのさ、僕とお前がやり直すとか無理だから。とにかくあれが冤罪だって言ってくれればそれで良いからさ」
「えーあたしとやり直さないなら認めてあげなーい。あ、なら土下座は許してあげるからさ!」
賢い人間ならここでとりあえず首を縦に振ってこの騒ぎを終わりにするんだろうな。
あぁでも本当に賢い奴はこんな決闘騒ぎには乗らないか。
きっと僕は一生ばかのまま生きて行くだろう。
それでも良いさ。
だってここで嘘でも「分かった」と言えば、もう二度と伊井野とは仲良くなれないから。
あー本当どうしようかな。
こいつがやり直そうとか言い出した時点であのプリクラは意味を持たないだろうし。
けど、僕はもうこう言うしかないんだ。
「断る」
「! え、ちょ、嘘……だよね?あんた自分の立場分かってんの?このままじゃあんた高校退学だよ!?あたし、付き合わないなら絶対嘘だって認めないからね!?」
「……」
僕に残された余命は明日まで。
職員会議では僕の親に連絡をし、そのままもっと事は大きくなって行くだろう。
あの動画を公開しなければ──
『あんたを社会的に殺してやろうと思ってさ~。何をするかはお楽しみ。マジぶっ殺してやっから♡』
「!?」
「え、なに!?」
突如、体育館の電気が落とされ白いスクリーンが降りて来たかと思うと、大音量で昨日の映像が流れ出した。
「え、おいあれって……」
「昨日のやつじゃね?あいつと天野さんとの……」
あまりにも突然の出来事だったが、すぐに一体何の映像が流れているかをその場に居た全員が理解していた。
そして天野は僕の隣で信じられないものでも見ているかのように突っ立っている。
「ねぇ……ナニコレ、あんた……やっぱり盗撮してたの……?ねぇ……止めてよコレ。ねぇ……ねぇってば!!!」
「ぐっ!」
天野はいきなり僕の胸ぐらを掴んだ。
彼女の顔からは焦りの様子がありありと見て取れる。
「けほっ……し、知るかよ……僕だって誰が流してるか分からないんだから……!」
──僕らがこうしている間にも映像は流れていく。
「はぁ!?じゃあ誰が──もしかしてクラスの連中?あんたクラスの連中囲って本当卑怯すぎでしょ……きしょすぎ……マジキモい!!!」
「っ!!」
天野は僕を蹴り飛ばし、すぐにギャラリーの方へ駆け出した。
「み、みんなこんなの嘘だからね!?ふぇ、フェイク動画ってやつ!?ほんっとあいつきしょすぎでしょ!?」
『……』
最早その場に天野の話を聞く奴は居なかった。
空気を読むのが得意と言っていた奴が一番読めていない発言をしているんだ。当然だろう。
僕はもう天野やその他がどんな言葉を口走ろうが耳に入ってきちゃいない。
体育館の開け放した出入口付近にしか意識が向いて無かったからだ。
そこには近藤君や安政さん達を始め、クラスの皆が集まっていた。
僕はすぐにそちらへ駆け寄った。
「皆……どうして……!?」
※
「伊井野さん……伏見君何て言ってた?」
「高畠さん」
伏見君が別教室で午前の授業を終えて、昼休みに会いに行って帰って来た所を高畠さん達に呼び止められてしまった。
天野さん達のグループはどうやら別の教室に行ってるみたい。話しても大丈夫かな。
「何か決闘するんだって」
「え?ど、どういう事?」
「それが──」
私は極めて他人事のように話した。
伏見君が勝手に言い出した事だし、別にまだ怒ってるからとかじゃない。
どうでも良いし、その決闘がどうなろうと。
勝とうが負けようが関係ない。
伏見君が勝手にするなら私も勝手にさせて貰う。
私は全てを話し終え、自分の考えを伝えた。
「……伏見君ってばかなの?」
「うん。だからさ、皆協力して欲しいんだ。あの動画を公開しよう」
「あのって、誰が送って来たか分からない伏見君が嵌められてる動画だよね?」
「そう」
「へっ、良いじゃん俺も協力するよ」
私達の前に来たのは近藤君。
彼に続いて他の皆も声を上げてくれる。
……本当、扱い易い人達。
「せっかくだし派手に天野に痛い目見せてやろうぜ!」
「良いじゃん!じゃあ体育館のブレーカーの所に一人と──」
次々に打倒天野策が打ち出され、どういった流れであの動画を流すかが決まった。
もうこの場に私が居る必要は無さそうだ。
これでもう完全に天野聖は居場所を失うだろう。
あまり私から手を出したくはなかったけど、伏見君が暴走するのが悪いんだからね。
お調子乗りなんだから。
私がクラスの輪から離れようとした時、高畠さんがニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「伊井野さん、体育館に着いたら伏見君に抱き付いてあげれば~!?悲劇のヒロインを助けた王子様みたいに!」
「……そんなの嫌だよ。私は体育館には行かない」
「えー!?」
これでもう私が伏見君と関わる理由はない。
今回の事で彼の溜飲も下がるだろう。
天野聖に最早居場所はない。
私のささやかな自尊心も満たされた。
でもまだ私の復讐は終わらない。
私がどれだけ悲しかったか、どれだけ辛かったか……
あの男は今回の事で別にダメージを負わないだろうし。少々恥をかく程度だろう。自分の女を守れない程度の恥じゃ全然足りない。
今度はもっと大舞台で恥をかかせてやる。
だからごめん。
ごめんね伏見君、利用しちゃって。
それでも君が抱き締めてくれた時、凄く暖かかった。
君をカッコ良いと思ったのも本当だよ。
もしも……もしも今度こそ本当のお付き合いをする人が居たら、伏見君みたいな人だったら良いのに──
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