第11話 その後……


 僕と大泉の決闘騒ぎが終わり、体育館では天野聖の醜態が晒された。

 あまりにも大きな騒ぎになった為、教員達がすぐに駆け付け事態の収拾に走った。


 何度もリピートされるように設定されたあの動画はすぐに止められ、集まっていた生徒達も家に帰るように言われ散って行った。


 体育館に残ったのは僕と大泉と天野の三人だけ。

 僕らは当事者という事もあり、またしても事情聴取を受けた。

 今回は本当にどういう事かを説明するだけだったどな。

 ただ、天野はもう何も言葉が出て来なくなっており、呆然と「あたしは悪くない……」と繰り返すばかり。


 しかし僕も一体どのように説明したものかと、考えが纏まらず言葉に詰まっていた。

 すると大泉が「俺に勝った褒美がまだだったね」と言って状況を全て明確に伝えてくれた。

 それも僕に一切不利にならないようにだ。

 

 意外と良いところあるんだなと思ったけどそれは言わなかった。


 事情を聞いた教員達は相談をし合った上で、「明日追って処分を伝える」と言って僕達を解放した。


 全てが終わって最初に抱いた感想は言うまでもなく疲れた、ただそれに尽きる。

 さっさと気分の悪いこの場所を去ろうと、大泉と天野には視線も寄越さず出入口へ向かった。


「伏見クン」

「……何だ。教師達に説明してくれた礼は言わないぞ。約束を破ったのはそっちだからな」

「構わないさ。ただ……」

「?」


 大泉は天野を見下ろして冷ややかな微笑を浮かべた。

 天野はずっと俯いて意気消沈としている。

 ……正直、見ていられないくらいには痛々しい。


「聖の事、君はどうしたい?」

「どうって……」

「君には資格がある。聖を痛め付けて残虐の限りを尽くす資格がね」


 大泉がそう言った瞬間、天野の両肩は僅かに震えていた。


「……お前、よく本人を目の前にしてそんな事が言えるな」

「俺も彼女に捨てられた側の人間だ。これくらい言う権利あると思うけど?」

「天野が襲われたと知って『吐きそうな程に不快だ』なんて言ってた奴から出る言葉とは思えなくてな」

「俺は正しい人間の味方だ。彼女は嘘をついた。それだけでもう万死に値する」

「万死って……」


 ラスボスみたいな奴だなこいつ……

 いやラスボスの一つ手前の幹部か?


「……随分簡単に自分の女を捨てられるんだな厨二病」

「別に付き合ってる訳でもないし、美人で人気があったから一緒に居てたけど──こうなったらもう用済みだよね。それにしても君は凄いよ。あんな不利な状況から勝利をもぎ取ったんだから」

「僕が勝ったんじゃない」

「? どういう意味だい?」


 お前らは伊井野瑠衣という女の子に負けたんだよ。


 だがそれを言うわけにはいかず、はぐらかして僕達は別れた。

 残った天野と大泉がどんな会話を交わしたのかは知らない。興味もない。


 ただ大泉が残した用済みという言葉が引っ掛かる。

 最初は笑顔を張り付けた少々嫌味な優男だと思っていた。

 だけど去り際に見せたあの冷たい笑みは、まるで人を物としか見てないようで、どこか気味が悪かった。


 ……まぁもうどうでも良いことだ。

 これ以上大泉と関わる事はないだろうし。


 僕はさっさと空き教室に置きっぱなしにしていたカバンを取りに戻り、そのまま校門を出た。


 そう言えば伊井野はどうしたんだろう。


 体育館にも最後まで顔を出さなかったしな……

 もしかしてまだ怒ってるのかな。


 伊井野がクラスの皆を手引きして助けてくれたみたいだしお礼を言いたかったんだけど……

 せめて勝ったぞって報告したかったのに。


 仕方ないので僕はLINEで勝利報告を送った。

 そしてだらだら文章を書いてもしょうがないので短くありがとうと添えて。


 ──しかしそのメッセージに既読が付く事は無かった。





「……死にたい」

「朝から何しょげてんだよ伏見」


 決闘騒ぎが終わり次の日の朝。

 引き続き空き教室に登校した僕の元には、教員が居ないのを良いことに、忍び込みに来ていた近藤君がいた。


「……近藤君……僕は今凄く死にたい……」

「せっかく潔白を証明したこのタイミングで!?」

「……そんなのどうでも良いよ……」

「何があったんだよ。話くらい聞くぜ?」

「近藤君……!!」


 なにこの人、神様みたい。

 

 僕は瞳を潤ませながら近藤君に伊井野からの返事が無い事を伝えた。


 すると近藤君は少しだけポカンとした後、吹き出しながら笑った。


「ぷっ!お前、そんなくだらない事で悩んでたの!?もしかしたらブロックされたかもって?アヒャヒャヒャ!」

「……仕方ないだろ。僕は女の子の気持ちなんて分からないんだから」

「うーむ説得力が尋常じゃねぇ」

「……うぅ……死にたい……」


 机に突っ伏した僕の背中を強めに叩いた近藤君は「ちょっとLINE見せて見ろよ」と言ってきた。


 少し抵抗があるが、近藤君はイケメンだ。それもクラスで1番の。

 だからきっと恋愛経験も豊富だろう。

 高畠さんとも付き合ってるみたいだしね。

 ここは先達の意見を聞くべき場面だな。


「ぜひアドバイスを……!近藤様……!」

「承ろう」


 近藤君は僕のスマホからLINEを開き、伊井野とのトークルームをタップした。


「こ、これは……!?」

「どう!?」

「今回はご縁が無かったという事で、これからの伏見様のご健勝をお祈りしております」

「オーケーgoggles 自殺 苦しまない方法」

「うん、ちょっと落ち着けよ」


 音声検索は『ひとりで悩まないで下さいね』と言った後こころの相談窓口を案内してくれた。

 ちなみに番号は0570-064-556だった。

 

 僕は初めてスマホに泣かされそうになったよ。

 

「はぁ……お前あんな騒ぎは起こせるのに、好きな女とのやり取りは上手く出来ねぇのな」

「べ、別に好きじゃない。……まだ」

「男のツンデレはきついな……」


 そもそも本当に分かってないんだよ。

 僕は伊井野の事をどう思っているのか、なんて。


 ここ2,3日色んな事がありすぎて心の整理なんて付きやしない。

 正直恋愛はもうこりごりだ。

 だけど僕は伊井野ともっと仲良くなりたい。

 返事が来ないだけでメンタルがブレイクするくらいには。


「おっと、そろそろ時間だな。先生達が来る前に戻るよ」

「ん……来てくれてありがとう……」

「元気出せよ。今日でこっちに戻って来れるんだろ?」

「どうなんだろ……まだ何とも……」


 未だ僕に対する処遇を聞いてはいない。

 そもそもそれを聞く為に少々早めに登校したのだ。

 だと言うのに結局もう始業のチャイムが鳴りそうな時間になっている。


 近藤君は僕に「じゃあまた後でな」と言って空き教室から出た。

 どうやら僕が戻って来るのを確信しているみたいだ。

 だけどどっちかと言うと今の僕は教室に戻りたくない。

 伊井野と顔を合わせづらいんだよ。あぁ天野はどうでも良いけど。


 どうにも心の置き方が分からず、モヤモヤとしているとガラガラ、とドアが開かれた。


「伏見、生徒指導室に来い」


 やって来たのは生徒指導の田渕。

 僕は大人しく言う通りに1階にある生徒指導室へ向かった。

 別に空き教室で良いだろ……


 3度目の生徒指導室で、僕は田渕と向かい合う。


「……さて、早速だがお前の今後について話す」

「お願いします」


 田渕は何故か苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 相当に言いづらい事なのか?

 

「……まずお前と天野の接触禁止令を解く」

「? そうですか。それで?」

「それだけだ」

「はい??」


 僕はどういう事なのか分からず生返事をしてしまう。

 田渕は僕と目を合わせないまま話を続けた。


「学校側は何もしないという判断を取った。今回の件はハッキリ言って無茶苦茶だ。学校の管理責任問題になりかねん。この数日、別に変わった事は無かった、そういう事にする」

「……」


 まぁこれが賢い大人の判断という奴なんだろうな。

 正直そうなるとは思ってたよ。納得は出来ないけど。

 

「お前や天野が訴えを起こし、学校に危害を加えようとするなら……こちらにはお前らをすぐに退学にする手続きが既に済んでいる。分かるな?もうこれで終わりにしよう。事が大きくなっても将来のお前らに響くだけだ」

「……脅しじゃないですか」

「……あぁ。だがこれはあくまでも学校側の判断だ。俺個人としては──」


 田渕はそのまま床に膝を落とし、頭をも地面につけた。

 ──土下座というやつだ。


「ちょ……!」

「本当に済まなかった。許してくれとは言わん、ただ俺に出来る事なら何でもしよう。だからどうにか矛を納めて欲しい」

「……」


 まだ18にも満たない子供に土下座をする大人という構図に、まず出てきたのは狡いという感情だった。


「……謝罪は受け入れます。だけど僕はその行為も汚い大人のやり方だとしか見ませんよ」

「構わない」

「……そうですか。なら先生受け持ちの世界史、これからずっと成績は5でお願いしますね」


 うちの学校の成績は5段階評価。

 僕が要求したのは、つまりそういう事だ。


「! そ、それは……」

「冗談ですよ」


 僕はもう話す事はないと見て生徒指導室のドアに手を掛けた。

 

「田渕先生、もう戻って良いですよね。僕は別に何もしてないし、何もされてないんですから」

「あ、あぁ……」

「それじゃ失礼します」


 これでようやく本当に全部終わりだ。

 僕には彼女はおらず、友達もおらず、2年に上がってすぐの平穏な日々が戻って来る。


 ──そのはずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る