第9話 伊井野瑠衣は納得出来ない
現在天野との接触禁止令が出ている僕は、2年生の教室が並ぶあの3階廊下奥の空き教室にて、リモートで授業を受けていた。
教員達も抵抗を続ける僕にほとほと手を焼いているのか、一先ず今日明日は授業を受けさせる方向で話が纏まったのだ。
常に教室の前には教師がおり、唯一居なくなるのは昼休みだけみたいだ。
つまり、僕がクラスメイトと話が出来るのは昼休みだけだ。
そんな訳でようやく昼休みを迎えた僕が今誰と何をしているかと言うと──
「伏見君、もう目立たないでって言ったよね???」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
──伊井野様に向けて全力土下座なう。
「さすがに伏見君がここまでばかだとは思ってなかったよ。負けたら退学?ねぇ、私の顔を見てもう一回言ってくれる???」
……とてもじゃないが言えません。
伊井野がどんな顔をしているのかすら見られない!
きっとあれだ。女の子がしちゃいけない顔・改って感じだろうな。なんだそれ。
「伊井野様が怒るのもごもっともなのですが……
「は?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
オーラが……!
凄いオーラを感じる……!!
伊井野って本気で怒ったらこんなに怖いんだ……
びくびくと震えが止まらない僕を見て、伊井野はため息を吐いた。
「はぁ……もう土下座は良いからもう一度説明して。さすがに意味が分からないよ」
「……そう……だな」
僕はゆっくりと体を起こし、伊井野と向かい合った。
「まず天野が大泉を頼って僕を追い込みに来た、これは分かるな?」
「うん。天野さんはただでさえ虫の息の伏見君に止めを刺したいんだよね」
「……言い方にすっごい棘を感じるけど……まぁそうだ。そして止めを刺すのに決闘を持ち掛けてきて、僕は大泉とバスケをする事になった」
「うん、後半意味分からないよね。大体伏見君、何か考えがあったんじゃないの?思い付かないならあの動画使うんじゃなかったの?」
「それは……」
仕方ないだろ。伊井野を巻き込まない為なんだから。
だけどそれを言うのは躊躇われ、押し黙ってしまう。
「……もういい。私があの動画を先生達に見せて来る。別に誰も私が撮ったとは知らないし伏見君が心配してるよう事にはならないよ」
伊井野……気付いてたのか?
だったら尚更このまま行かせる訳にはいかない。
「待て伊井野!」
「きゃ……!」
すたすたと空き教室を出ようとした伊井野の腕を掴む。
つい壁際に押し込むような形になってしまった。
「……容疑者F君。私が声を出したら今度こそ終わりだよ?」
「伊井野はそんな事しないだろ。てかそんな危ない呼び方しないでくれる?」
「ならさっさと潔白を証明しなよ。いい加減本気で怒るよ?」
まだ本気じゃなかったんですか。え、マジですか……?
伊井野は至近距離で向かい合いながら僕の瞳をじっと見つめている。
「伏見君が決闘を受ける理由も無いし、負けたら退学とか人生舐めてるとしか思えないよ?」
「そんなんじゃないって。別に負けたって僕は堂々と学校に通うつもりだし」
「……もう誰も伏見君と仲良くしてくれなくなっても良いの?」
「そんなの2年になってからずっとだよ。ぼっち舐めんな」
僕は諭すように言った。
それでも伊井野はまだ首を縦には振らない。
「っ……だ、ダメ。まだ納得いかないよ!決闘の約束を無視するくらいなら最初から決闘なんてしなかったら良い!向こうはまた倉庫でのやり取りを撮られてるんじゃって恐れてるだけ!立場的には圧倒的にこっちが有利なんだよ!?天野さんはまた伏見君が何か手を打ってるかもって不安だから追い込みに来てるんだよ!それに女の敵である伏見君をやっつけて大泉君と仲良くなりたいって魂胆に決まってる!!せっかく私が伏見君の為に──」
「伊井野」
「うるさいっ!伏見君は黙って私の言う事を聞いて!!絶対私が正しい!間違ってる……こんなの間違ってるよ!!」
「伊井野」
「……っ……!」
彼女は後で怒るかも知れない。
それでも泣きそうになっている彼女があまりにも儚く消えてしまいそうで、その柔らかい身体を抱き締めてしまった。
「……何してるの。そんなので許して貰えると思ってるの?」
「思ってないよ。たださ、この決闘は受けておきたいんだよ」
「……どうして」
「伊井野を守る為だよ」
「……意味分かんない」
これは嘘だ。
伊井野は僕と天野のやり取りを知っているからな。
「今の天野は最早暴走列車だ。あいつが言ってた事覚えてるだろ。僕を消したら次は伊井野、お前だ」
「……そんなの分かんないよ」
「なら僕の目を見て言えよ。あいつの行動力は尋常じゃない。あいつは絶対にお前に手を出して来るぞ。だったらあいつの口から僕は無罪だと言わせて逆にこの学校に居づらくさせる必要がある」
「……天野さんが約束を守ると思ってるの?だから言ってるの。この決闘は無意味だって」
「あいつは約束を守るさ」
「ど、どうしてそう言い切れるの……!?」
僕は背中まで回していた両腕を伊井野の両肩へと移し、笑顔を向けた。
「天野が約束を守らなかったら僕と天野が交際していた証拠をバラ撒くって脅すからだ!」
僕は財布に入れていた天野とのプリクラを見せ付けてやった。
すると伊井野はみるみる内に顔を青ざめさせていく。
「え……伏見君元カノとのプリクラとか大事に持ってるんだ……キモ……」
「おいその顔止めろ」
何なの?言うてもまだ別れて2日なの!たまたま入ってただけなの!!
「と言うか……そんなのあるならもっと早く出せば良かったのに」
「いやこんなのどれくらい有効か分からないだろ?……僕が元カレっていうのがあいつにとってそれ程嫌な事だなんて思いたくなかったし……」
「……ハンカチ貸そうか?」
「泣いてないわい」
「そう。ならそろそろ離してくれる?」
「あっ……ご、ごめん」
「ううん」
伊井野は僕が肩から腕を離すと直ぐ様後ろを向いた。
決してこちらを見る事ない。
「納得はいかない。する理由が無いのも変わってない。だけどその熱意に免じてもう決闘を止めろとは言わないよ」
「伊井野……!」
「だけど、そもそも問題」
「ん?」
伊井野はまだこちらを振り向いてくれない。
どうしてだろうか。もしかして照れているのかな。
そんなくだらない事を考えていると、伊井野は頬をパタパタと扇ぎながら言う。
「勝てるの?
伊井野は大泉のバスケの実力を知っているのだろうか?
こいつ本当何でも知ってるな。情報屋とか向いてそう。
まぁでも最初から伊井野の心配は無用なんだ。
そもそもこんな訳の分からない決闘、種目がバスケじゃなかったら受けてない。
「バスケ部主将だって言ってたな。ま、大丈夫だろ」
「そんなに自信あるの?」
何かが冷えたのか、ようやくいつもの伊井野の顔で僕の方を向いてくれた。
そんな彼女に僕は自信満々に答えてやる。
「問題ない。何たって僕は全中経験者だからな。しかも今まで大泉晃史なんて選手聞いた事が無い。くっくっく……負ける気がしない。勝てる勝負だからな……思いっきりストレス発散させて貰う……!!」
「あー……伏見君ってやっぱりクズはクズなんだね……」
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