第8話 大泉晃史は微笑む
次の日の学校の始まりはいつもとは違った。
僕が向かった先は2-Bの教室ではなく、生徒指導室。
お気付きの通り事情聴取という名の尋問だ。
「だから僕は無実ですってば!」
「お前も大概しつこいな。あの現場を見た生徒が大勢居るんだぞ。早く認めなさい」
「……っ……!」
生徒指導の教員は中々強面で迫力が尋常じゃない。
あーこえぇよー……僕は小心者なんだぞ……
結局家でも対策を考えたが正直これ無理じゃね?というのが結論だった。
そもそも伊井野が撮影してくれた動画がなきゃ、この状況をひっくり返すのは土台無理なのだ。
伊井野に啖呵を切った手前情けない。
……もう意地を張らずにあれを見せるか?
しかしなぁ……伊井野には直接的に仕返しをしたいからとか言ったが正直あんなの理由の1割くらいだ。
復讐はしたい。
嘘告をされて偽りの関係で
たぶんめっちゃスカッとする。
だけどそんな僕の自尊心なんて本当にどうでも良い。
昨日家で考えれば考える程そう思えた。
僕の懸念点は一つ。
この動画を公開したとして、それは伊井野に何のダメージもいかないのか?ただそれだけだった。
天野の言葉を借りれば、あいつは盗撮魔。
今回の事が大事になって万が一警察や裁判沙汰になった時、あいつはこの件に無関係で居られるのか?
ただその疑念が晴れず、未だに動画を公開出来ずに居る。
恐らく2日前の僕がフラれた時の配信アプリ。
あれのIPアドレスの情報公開を求められたら伊井野は本当に犯罪者にされかねない。
だからってここでカッコつけて伊井野を庇って僕が不利な方向になれば、彼女は間違いなく動画を公開するだろう。
さすがにそれくらいは分かるさ。
あいつが僕を怒る目だけは真剣だったから……ま、たぶんな。
「……どうしたものかな」
「それはこちらの台詞だ。もうお前が認めないなら親御さんも呼んで事を大きくしていくしかないぞ」
「……!」
クソっ……一体どうすれば……
僕が拳を強く握った時だった。
生徒指導室のドアが2回ノックされた。
「誰だ?入れ」
生徒指導の教員──
そこに立って居たのは俺も知る人物だった。
「失礼します。田渕先生、今お時間よろしいですか?」
「ん?大泉か。どうした、ちょっと取り込み中でな。手短なら構わんが」
「えぇすぐ済みますよ。俺が用があるのはそっちの彼ですから」
「……?まぁお前なら良い。少しだけだぞ」
「ありがとうございます」
田渕は僕らを置いて部屋を出た。
え、嘘だろ?お前すげぇな。どんだけ信用されてるんだ。
生徒指導室へとやって来たのは何やら手荷物を持った大泉晃史。
学年ナンバー1のイケメンと呼ばれ、常に笑顔を見せるバスケ部の主将。見ての通り教員からの信頼も厚いみたい。
確か勉学も優秀らしく本当に非の打ち所が無い男だ。
──そして僕の元カノ天野聖が落とすのに踏み台を必要とした男だ。
あぁ言うまでもなく踏み台とは僕の事。
つまり一度も話した事はないが、僕は大泉晃史が嫌いだ。
断っておくが嫉妬なんかしてない。拗ねてるだけだ。クソ。
「ハハッそんな睨むなよ伏見クン」
「……僕の事を知ってるのか」
「当然だろう。君は今有名人だからね」
「……不本意だ」
僕は2メートル程距離を空けて僕と向かい合う大泉に強めの視線を注ぐ。
「……突っ立ってないで何の用か話せよ」
「おや、そんな態度で良いのかい?俺は君にチャンスを持って来たのに」
「チャンスだと?」
大泉は「そうとも」と頷き、来訪の訳を語り始めた。
「実は聖にある事を頼み込まれてしまってね。俺は君にそれを受け入れる意思があるかの確認をしに来たんだ」
「……もったいぶらずさっさとその
「君はせっかちだね。と言うか睨むの止めてくれないか?俺達初対面だよな?何か恨みを持たせるような事は無かったはずだけど」
恨みしかねぇよ。
まぁ今こいつの機嫌を損ねても良いことはないだろう。
何やらチャンスとか言ってたしな。
僕は態度を少し軟化して対応する事にした。
「……はぁ、分かった。睨んだりして悪かったよ」
「許すよ。俺は敵も多いからね」
「そうなのか?意外だな」
「俺は人気者だからね。妬み嫉みは今まで沢山経験したよ」
「……へぇ」
やっぱこいつ嫌いだ。
「さてと、俺がここに来たのは意思の確認──引いては交渉の為だ」
「交渉だと?」
「あぁ。聖と君との関係は知らないけど今の所俺の君への印象は最悪だ。女の子を襲うなんて下の下の思考だよ」
「お前、本当は喧嘩を売りに来たんだろ」
「ある意味では、ね」
「……?」
大泉はうっすらと笑みを浮かべたまま言う。
「聖はね、君に襲われたのに許して良いと言ったんだ。もう関わりたくないからとね。俺の胸の中で泣きながら弱っていく彼女の気持ちが分かるか……?」
「さぁね」
「……っ」
お前が気付いてないだけだ。
そうやってお前に近付くのが天野の目的だぞ。
僕のフラットな反応に苛立ったのか、表情を少しきつくして僕に一歩近付いた。
「……聖は関わりたくないと言ったが心配な事があるみたいでね。君、あの時の様子を盗撮していただろう」
「……!」
「……本当のようだね」
しまった……つい顔に出てしまったか。
天野め、配信を流された時の事を思い出してそんな事を言ったんだな。
まぁ事実とは少し違うが僕が盗撮をしたと言っても間違いはないだろう。
「本当にクズだね。その動画、すぐさま消して欲しいんだが」
「? 消すだけで良いのか?渡せとかじゃなく?」
「それが聖の望みだ」
「そうか……」
見られて困るのは天野だからな。当然と言えば当然か。
僕はこれは面白いと見てスマホを取り出した。
「お前、見てみたくないか?」
「!」
「お前の大切なプリンセス様が淫らに服を脱がされ、傷物にされそうになる瞬間をさ!」
「……吐きそうな程に不快だ。俺は初めて人を殴りたいと思ったよ」
「殴れば良いじゃないか。僕は殴られても痛くも痒くもないけど」
王子様はどんどんと顔を険しくさせていく。
あーちょっとスッキリした。
……ここに伊井野が居たら「お調子に乗ってるね。反省は?」とか言いそう。猛省猛省。
「んで、結局どうすりゃ良いの?ここで動画を消せば良いのか?」
「……いや他の所にデータを移されてたら同じ事だ。だから俺は君に決闘を申し込むよ」
「……はぁ??」
決闘?こいつ今決闘って言った?
まさか現代に生きてて決闘なんて言葉を投げ掛けられるとは思わなかったよ。
「残念ながら白手袋はない。代わりにこれをくれてやる」
大泉は手に持っていた丸いカバンを投げ付けて来た。
僕はそれを受け止め、中身を開けた。
「バスケットボール……?」
「そうだ。俺とバスケで勝負して君が勝てば無罪放免、聖は本当は君が何もしておらず自分の勘違いだったと証言すると言っている」
「……僕が負けたら?」
「その時は──」
僕の手に収まるバスケットボールを大泉は奪い取り、人差し指を向けて来た。
その顔には絶対に負けないという、自信に満ちた微笑が張り付いている。
「──君にはこの学校から退学して貰う。当然データは消させるが信用出来ないんでね。君さえ居なくなれば聖は納得出来るみたいだよ」
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