第6話 それでも僕に神は居た


 その日、僕が教室に戻る頃には午後の授業は全て終了していた。


 やって来た司書に「助けて」と叫び、まるで僕が強姦でもしているかのような──いや事実そういう風にしか見えないだろう。

 司書は慌てて他の教員を呼びに行き、あっという間に倉庫室前には人だかりが出来ていた。


 騒ぎを聞き付けた生徒達の中にはあの大泉晃史も居て、天野は彼に泣きながら飛び付いていた。


 「晃史君あたし……あたし……怖かったよ……!」と見事な演技に大泉は優しく「大丈夫、もう大丈夫だよ」と天野を慰めていた。

 とんだ茶番だったよ。

 だがその茶番は僕の人生を終了させるのには十分で、この後僕にどんな裁量が課せられようが関係ない。


 今この瞬間、大勢の人間の目に僕は強姦魔として映っているだろう。

 それだけで僕の残り1年半の高校生活は灰色だ。


 ……そもそも退学、か。


 もうこの状況をひっくり返す手段がない。

 後はやって来た教員達に事情を説明をされ、僕の意見など聞かれる事もなく僕はこの学校を追い出されるだろう。

 それ程にこの状況は絶望的だった。


 そして生徒指導室にて行われた取り調べは、最早僕に事実を認めるようにするだけの時間だった。

 僕の話なんか聞きゃしない。


 さっさとこの面倒な事案を終わらせたいんだろうな。


 それでもさすがに認める訳にはいかない。


 僕は何度もあれは誤解で悪いのは天野だと訴え結果話は平行線。

 翌日に持ち越される事となった。


 放課後、ようやく生徒指導室から解放された僕は荷物を取りに教室まで戻っている所だ。


 放課後になって30分程が経ち、教室にはもう誰も居ないだろう。

 教員達からも誰にも会わないように少し待ってから教室に戻れと言われたし。


 せめて……伊井野だけにはこれは誤解だって言いたかったな。

 そして僕を気遣ってくれた伊井野の優しさを無駄にしてごめんと言いたかった。


 僕は2年生の教室がある3階まで上り、僕達の教室2-Bの前までやって来た。


 そこでふと違和感に気付く。

 教室の中が何故か騒がしい。


 まだ誰か居るのか……?

 でも正直気まずいな……

 きっと今回の騒ぎはもう皆知っているだろうし、僕を見る目は悲劇のヒロインから性犯罪者に逆転しているだろうしな。

 それでも荷物だけは取らないといけない。

 

 僕はやけに重く感じる教室のドアに手を掛け、ゆっくりとドアを開けた。


 そこには──


「伏見君!待ってたよ大丈夫だった!?」

「お前、本当可哀想な奴だな……運無さすぎだろ」

「私達ちゃんと分かってるから!伏見は何もやってないんでしょ!」

「そうそう!俺ら皆知ってるからよ!!」


 僕を迎え入れたのはそんな暖かい声だった。

 天野のグループ以外の全員がそこに居る。

 生徒指導室で約2時間、性犯罪者を見るような目を向けられ続けたのに、クラスの皆が僕を見る目は……何で、そんなに優しいんだ……


「……皆……どう、して……?」


 声になっていたかも分からない。

 僕が教室の前で立ち尽くしていると、全員がスマホを取り出し一つの映像を流し出した。


 そこには『あんたを社会的に殺してやろうと思ってさ~。何をするかはお楽しみ。マジぶっ殺してやっから♡』と、先程の天野とのやり取りが録画されていた。


「これ……さっきの……!?」

「そ、俺ら皆これ見てっからさ。誰が送ってくれたかは分からんけど、伏見が悪く無いってちゃんと知ってるぞ。安心しろ」

「皆……!」


 思わず泣きそうになってしまうが無理矢理押し留め、僕はとある人物に視線を送った。

 こんな事をしでかす──いや、してくれると言うべきか──奴は一人しか居ない。


「……伊井野……」


 彼女はその無表情で感情の読めない顔を僕に一瞬向けた後、すぐにスマホに視線を落とした。

 すると、すぐに僕のスマホのバイブレーションが鳴った。


 それを確認すると連絡は伊井野からで彼女はただ短く、『今日一緒に帰ろ』とだけくれていた。


 僕はもう一度チラッとだけ視線を向けた伊井野にこくっと頷いた。

 そしてまた伊井野は僕から視線を外した。

 前を向いた彼女の顔が少しだけ笑っていたように見えたのは気のせいだろうか。


「それにしたって伏見、これからどうする?俺らこの動画先生達に見せてお前は無実だって言ってやるつもりだったんだが」


 先程から僕に優しく話し掛けてくれるのはこのクラス1のイケメン近藤こんどうけん君だ。


 彼は目の前まで来てイケメンスマイルで僕を安心させてくれる。

 何やら安政の三ヵ国さんの一人、あの快活な高畠さんと付き合っているらしい。


 僕はそんな近藤君のありがたい申し出に首を横に振った。


「いや……まだ大丈夫だ。少しこれからの事考えたいんだ。もしかしたら頼るかも知れないけど……その時は──」


 先に伊井野と話がしたい。

 そんなワガママを近藤君は僕の肩を叩きながら笑顔で受け止めてくれる。


「任せとけよ!!俺ら皆お前の味方だって!!」

「……ありがとう……!」


 僕はクラスの皆に頭を下げ、お礼を言った。

 

「皆、僕なんかの為にこんな時間まで残ってくれて……本当にありがとう……!!」


 クラスの皆は優しくあの暖かい目で僕を包んでくれた。

 ただ自分達はお前の味方だと伝える為に僕を待っててくれた。

 それだけでどれだけ救われるか。


 そして「さすがに部活行かなきゃ。元気出して伏見君!」「あたしらが付いてるぞ!」「そうそう!!」など皆は僕を励ましながら教室を出て行った。


 だが唯一ずっと前を向いて僕が話し掛けるのを待っている女の子が一人。


 僕はもう他に誰も居ない教室の中で彼女の元へ歩いた。

 いつものように隣の席に座り、横顔を眺めているとぽつりと一言。


「目、赤いよ。花粉症?」


 僕は思わず少し笑ってしまった。

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