第4話 天野聖は気に入らない


 教室に戻った僕らを待ち受けていたのは、クラスのあの生暖かい視線と、先生の怒声だった。


「お前らどこ行ってたんだ!」

「うげっ、す、すみません……」

「すみません」


 ペコリと二人揃って頭を下げる僕達。

 すると、下を向いたまま伊井野がツンと僕の太ももをつついた。


「二人揃って怒られちゃったね」

「す、すまん……」

「良いよ。伏見君となら」

「へ?なんで……?」

「おい、お前ら俺が怒ってるのに何下で喋ってるんだ!?」

「すみませんすみません!!」


 さらに深々と頭を下げ、どうにか事無きを得た。

 クラスの皆のささやかな笑い声がどうにも恥ずかしい。

 あぁ、皆と言っても天野のグループ以外だがな。


 僕と伊井野はそそくさと自分の席へ戻った。

 何の縁か、僕らの席はお隣さん同士。

 それを良いことに伊井野がちょっかいを出して来る。


「伏見君伏見君。私達皆にどう思われてるんだろうね」

「し、知るかよ。大体僕ら空気最悪の中抜けて来たんだから」

「そう言えばあの後どうなったんだろ」


 確かにな。

 とは言え僕には事情を聞けるような友達はいない。

 2年に上がって友人と言える奴が他のクラスに行ってしまったからな。

 おかげで2年になって約半年、僕はぼっちのまま生きてきた。マジ辛い。


「後で誰かに聞くか……」

「伏見君クラスに友達居ないじゃん。どうやって?」

「……伊井野、僕の事嫌いか?」

「さぁね」


 そこは嘘でも好きだと言ってくれ……

 もちろん友人としてで良いからさ。

 僕達、まだ話し始めてまだ1週間足らずだけどさ──


「──なぁお前ら俺の事嫌いか?」

『!』


 や、ヤバい……先生のこめかみに血管が浮いてる……


「イチャつくのは勝手だが、授業の妨害はよせ。次はないぞ」

「はい……」


 さすがにお喋りを中断して授業に集中するか。

 目線でその意思を伝えようとしたら、何故かあまり表情の変わらない伊井野がニヤついてぶつぶつ呟いている。


「ふふっ、イチャつくだって」

「……」


 僕にはお前が本当によく分からないよ……

 怒られてなんで笑ってんだよ。


 と言うか、伊井野って笑うとそんな顔するんだ。


「……可愛いな」

「!」


 しまった、口に出してたか!?


 伊井野が表情を消してこちらを向く。


「……授業、ちゃんと聞きなよ」

「へいへい……」

「全く」


 ……クソ……本当に、本当に、伊井野は分からん……


 僕は今度こそ前を向いて授業に意思を傾けた。


 そのせいで気付かなかったんだ。

 とても不機嫌そうな顔をしている天野と、その彼女に一瞬だけ強い視線を向けていた伊井野に。





「伏見君!ご飯一緒に食べない?」

「え?」


 昼休み、いつもの様にぼっち飯を敢行しようとしている僕に人影が3つ。

 今日の朝僕に話し掛けてきた天野と仲の悪いグループだ。


 この快活そうな清楚ギャルは高畠たかばたけ英華えいかさん。


「どうせいつも一人っしょ?良いじゃん」

「……いつもぼっちですが」

「蘭子ぉ……あんたデリカシーってもんないの?」


 そして男勝りな金田さんを咎めるのが優しそうな見た目の寿ことぶきつゆさん。

 人呼んで安政三ヵ国。

 一応バランスの取れたグループみたいで、この人達は誰にでも愛想が良く人気なのだ。


 ただ、そんな人達が僕みたいな陰キャに話し掛ける理由は一つだろう。


「さっき何があったか知りたいでしょ。場所移すから来なよ」


 ……ま、そうだろうな。


 だがありがたい。

 クラスのみんなは伊井野の印象操作とやらで僕の味方のようだし。


「助かるよ。どこに行けばいい?」

「うちらが入り浸ってる図書室に来な」

「な、なんかイメージにそぐわない所に入り浸ってるんだな……」


 またしても思った事がつい口に出てしまい、それを可笑しそうに高畠さんが僕の背中を軽く叩く。


「あー伏見君失礼~~~」

「わ、悪い悪い!」

「いーよ~伏見君って結構面白いんだね!」

「しかも結構顔良いしな」

「蘭子、狙うなよ」

「う、うっせ!だから狙ってねーって!!」


 ……何かこの人達と居ると疲れるな。


 まぁ良いや。

 僕は彼女達の後を追って教室を出た。


 ただその時、不意に視線を感じ後ろを振り向いた。


「……?」


 だが別に誰も僕を見ている様子は無く、チラッと教室全体を見回してから安政さん達の後を追った。

 

 てっきり見ているのは天野だと思ったんだがな。

 自意識過剰とかじゃ無くシンプルに殺意を抱かれているだろうし。

 でも教室に天野のグループは居たが、その中心である天野自身は居なかった。


 ……杞憂だったか?


「さ、伏見君図書室着いたし早速──」


 高畠さんが僕の方を振り向いた時、僕は彼女に返事をしようと口を開いたんだ。

 けれど声が出る事はなく、僕の視界は真っ暗になった。


「わぶっ……!?」

「あれ、伏見君!?」

(んんーーー!!!)


 口を塞がれて嗚咽を漏らすしか出来なかったが、それが彼女らに届く事はなかった。


 一体なんだ!?

 後ろから誰かが僕の体を引っ張って、顔を何かで覆い隠している!?

 強盗顔負けの手際の良さだな……!


 僕はそのまま図書室の隣にあるであろう場所に押し込まれた。

 図書室倉庫か……?


「よし、あいつらまさか隣に居るとは思ってないねぇどっか行っちゃった~ひひ、バカの集まりじゃんw」


 ……この声は……


 僕を人拐いのようなマネをしてこの倉庫に連れ込んだ人物は、ようやく僕の顔に掛けていた黒い袋のようなものを外した。

 そして僕の体を蹴っ飛ばして倒れた所をニヤニヤと見下ろしている。


「伏見……バラしたら殺すって言ったよね?お仕置きの時間だよ♡」

「天野……!!」

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