第3話 とにかく伊井野瑠衣はよく分からない


「伊井野……僕の目を見て答えてくれ」

「え……は、はい」


 廊下の奥にある空き教室で、僕は伊井野の両肩を掴んだ。

 ん?伊井野少し顔が赤いような……まぁ良い。


「昨日、僕はお前に天野にフラれる所を配信アプリを使って見させてやったな」

「うん。それが何か?」


 何の証拠も無いのに僕を気遣ってくれた伊井野にこんな事言うべきじゃない。

 だけど……これは確認しておかないといけない事だ。


「伊井野……お前、あれをクラスの皆に見せたな?」

「うん」


 伊井野は何一つ悪びれる事なく淡々と答えた。


 その瞬間、伊井野の肩を掴む力が無意識に強くなってしまう。


「僕はお前を信じてたんだぞ……!」

「? 伏見君は何に怒ってるの?」

 

 本当に分からないという顔をしている伊井野。

 

「僕の……あんな醜態を晒すようなマネして──」

「それで何か困ったの?」

「……!」


 伊井野は相変わらず表情を変えない。

 温度のない声色で語り出した。


「伏見君、クラスの人達には悲劇のヒロインみたいに見えてたんじゃない?配信してる時にそういうコメント流して印象操作したし」

「印象操作って……」

「実際どうだった?教室で結構優しくされたんじゃない?」

「それは……」


 確かに気味は悪かったが、嫌な気分にはならなかった。

 だが……伊井野が何故そんな事をした──いやしてくれたと言うべきなのだろうか──のかが分からない。


「……何でこんな事を」

「分からない?私、伏見君があんな人に良いように利用されるのが嫌だったの。本当に悪気はないよ」

「……だろうな」

「うん」


 そもそも僕に天野の本心を教えてくれたのは伊井野だ。

 僕に悪意は持っていないだろう。


 それでもすんなりとは受け入れられない。

 

「納得出来ない?」

「出来ない……な」

「そっかごめんね」

「ごめんねって──」


 伊井野のその淡白な受け答えに少しムッとした時だった。

 彼女は僕の体に腕を回し、その柔らかい体を密着させてきた。


「伊井野!?」

「傷付けてしまったのならいくらでも謝る。だけどどうしても今回の事は許せなくて……」

「わ、分かったから離れてくれ!」

「ヤだ」

「なんで!?」


 伊井野は小柄な体格に似合わず凶悪な武器を胸元に携えている。

 それが僕の下腹部に当たって正直たまら──こほん。


 とにかく何か良い匂いするし、長い髪が腕に当たるのも何か色々ヤバい。


「……伏見君、天野さんにこんな事もして貰えなかったの?」

「ぼ、僕らはプラトニックな関係だったんだ」

「あーはいはい。……やっぱあの人にはもう少し痛い目に遭って貰おーかなぁ……」

「ん?なんて?」

「何も」


 ややダウナー系な彼女は何やらぶつぶつと呟き出した。

 はっきり言ってちょっと怖い……


「伏見君、ちょっとは元気でた?」

「出た!出たからいい加減離れてくれ!」

「ん、分かったもう良いよ」


 伊井野はパッと僕の体から離れ、何故か満足気な顔をしている。


「……疲れた」

「さ、早く教室に戻ろうよ。授業とっくに始まってるよ?」

「そうだな。ごめん」

「ふふっ、伏見君が謝るとか変なの」


 僕らは揃って空き教室を出た。

 隣を歩く伊井野は無表情で一体何を考えているのかさっぱり分からない。


 ──伊井野瑠衣。

 彼女はクラスでは少し浮いた存在と言うか、やや変わった人物だ。

 クラスでも友達は一人だけみたいで、そいつと以外話してる所を見たことがない。


 ただ男子からの人気は凄まじく、まぁ主にその体つきのせいだろうが。

 何故僕なんかを気に掛けるのかも分からない。


 急に抱き付いてきたり……本当訳の分からない奴だ。


 だけど──


「伊井野、ありがとな」

「急に何?」

「いや、何でもない!」

「? 変なの」


 彼女の少しクレバーな反応が、ささくれそうな僕の心には心地良い。


 だが、僕が呑気にそんな風に思っていられるのも今だけだった。

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