第2話 キャベツとヤル気はフレッシュなのが良き
「適当な時に来るから、肩の力抜いて、適当に書け! じゃあな!」
そう言い残し、煙と共に消えた、謎のオッサン。
「あれから十日経つけど……あれ、嘘だったんかな……」
一応、話の続き、書いたんだけど……
男は、キッチンでキャベツを刻みながら、ぼんやりと考えていた。
今日は日曜で、会社は休みだ。
昼食にお好み焼きでも作ろうと、男はキッチンに立っていた。
「えっと、粉……お好み焼き用の粉……どこだっけな……あ、あったあった……」
棚の引き出しから、目当てのお好み焼き粉を取ろうとしたその瞬間、背後でモシャッモシャッモシャッという音がする。
「な、なんの音……」
恐る恐る振り返ると、刻んだキャベツの入ったボウルを抱え、そのキャベツを貪り食うオッサンが立っていた。
角刈りの頭にねじり鉢巻を巻き、白い半袖シャツ、ペラペラの白い生地の短かいパンツに、茶色い腹巻き。
肩に掛けた白地のタスキには、赤い文字でこう書かれている。
面白い作家は成敗する。
オレの、お好み焼きが……
男の体から、力がどっと抜けていく。
「オイ、このキャベツ、パッサパサだぞぉ……あ、言い忘れた……生み出すものよ……」
「……順番が、おかしいです」
「仕方ねぇだろ。これ言わねぇと、ピリッとしねぇんだからよ」
言いながらも、オッサンはキャベツをモシャッモシャッと食べている。
「あの、そのキャベツ……お好み焼きにしようと思って、オレが刻んだやつなんですけど……」
「あん? パッサパサだぞ、これ」
「……それ、見切り品だから……」
どうしてくれるんだ、オレのお好み焼き……せっかく粉を見つけたのに、意味ないじゃないか……
「あのなぁ、キャベツとヤル気は、フレッシュなのが一番だぜ」
「はい?」
「だからよ、ヤル気がある時を逃すなってことだよ」
はい、とオッサンは空になったボウルを男に渡した。
……もう、お好み焼きは諦めよう。
「それよりさあ、書けたかよぅ、ハナシの続き」
「書きましたよ、まったく……もう、こないかと思ってましたよ」
「どれどれ……」
……いつのまに移動したんだよ……
オッサンはテーブルに置いてあったスマートフォンを、勝手に操作している。
「匂う、匂うぞぉお……あ、あった……」
オッサンの顔が、ぱあっと明るくなる。
それを見ると、なんだか男は嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。
ぐぅう、と鳴る腹を鎮めるため、仕方なくレトルトカレーを電子レンジに放り込む。
「……ど、どうですか……」
スマートフォンの画面を、目を見開いて見つめ続けるオッサンに、男は訊ねる。
「おい、これ……」
画面から顔を上げたオッサンは、泣きそうな表情をしていた。
「これ! こんなんじゃ、この娘があんまりにも可哀想じゃねぇか! ふざけんなよ!」
「あ、いや、そんなに? でも、まだこの続きがあるんで……」
「なんだと! それを早く言え! で、どこにあるんだ?」
この展開、この間と同じだ……
「……すみません、オレの頭の中です……」
「なんだと! 馬鹿野郎、早く続きを書け!」
「……あの、来週の日曜の十五時にきてもらえませんか?」
「なにぃ?」
オッサンは、渋い表情でねじり鉢巻からペンとメモ用紙を取り出した。
「あぁ、まあ、十五時十分なら空いてる」
「……もしかして、お忙しいですか?」
「オメェみてぇな馬鹿野郎がよ、いるんだわ、いっぱい」
……あ、やっぱりか……
「……あの、無理して来なくても……」
「なんだと! 続きが読みてぇんだから、来るに決まってんだろうが! じゃあ、来週の日曜、十五時十分な!」
ボワン、と白い煙がオッサンを包んだ。
「げほっ、ごほっ、あっ、カレー……」
レトルトカレーは、すっかり温まっていた。
男は、それをホカホカの白米にかけながら、頭の中に続きのストーリーを思い浮かべていたのだった。
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