第2話 私の得意技
パチッパチッと何かがはぜる音がする。
重たい瞼をこじ開けると、光が目に飛び込んできた。眩しい。何度か瞼をしばたたかせて、光が朝のものだと気付く。
意識がはっきりするにつれ、背中がじくじくと痛みだした。頬に当たる毛布の感触が救いだ。手を顔の前に持ってきて人の姿であることを確認し、ほっと息を吐く。
柔らかく温もった空気が心地よい。壁際に黒いストーブが見えた。パチパチ音を立てているのは燃える薪であるらしい。
額に冷たい物が乗せられた。驚いて身じろぎをしたら、白いタオルが目を塞いだ。濡れていてひんやりと冷たい。ああ、どうやら自分の身体はほてっているようだ。背中に受けた傷のせいだろうか。
「起きたの、かい?」
男の声が頭の上から聞こえた。鏡に映った男の姿を思い出す。がっちりとした体つきで、短い髪に白いタオルを巻いていた。カーキ色のつなぎを着ていたような気がする。あの格好をしているということは、田畑を耕す者に違いない。自然の声を良く聞く好ましい部類の人間達だ。
「助けてくださったのですか」
問いかけると男が顔をのぞき込んできた。人の良さそうな四角い顔に、困惑の色が浮んでいる。
「白鳥から、人の姿に変わったんだけど、君は一体……」
その言葉に身体が凍り付く。
いや、あの状況ならそうなるのは当然だろう。一番やってはいけないことをしてしまった。人間に力を使うところを見られてしまった。まずい。
お母様に、叱られる……。
***
「つまりリリカさんは『天使』という人で、色んなものに変身できると」
俊助と名乗る男は額に汗を滲ませている。何とか話を理解しようとしているようだ。「天使という人」という表現が気になるが、努力を認めて受け流すことにした。
「天使は神であるお母様の使いで、善行を行なった人間に対して褒美を与えるのが仕事なの。因みにお父様は悪魔で、息子達はお父様の使いとなって悪人に罰を与えます」
「え、じゃあ神様と悪魔はご夫婦だと……」
「人間の世界のイメージで言えばね」
色々訂正したいことはあるのだが、ある程度分かってくれたら良いと自分に言い聞かせる。
「ご褒美ってのは御利益で、罰ってのは罰が当たるって事かい」
「まあ、そう言う理解で良いでしょう」
「すげー……。御利益を下さるなんて神様みたいだ」
俊助は尊敬の眼差しを向けてきた。思わず「んん」と咳払いをする。
「た、正し、与えられるご褒美は経験値によって変わります。私はその……。まだ新米なのでそれほど大きなご褒美はあげられません」
ふんふん、と頷きながら俊助が身を乗り出す。
「例えば、どんなことが出来るんっすか?」
おお、敬語になっているではないか。その変化に多少居心地の悪さを感じながら、人差し指を立てる。
「茶柱を立てるのが得意です」
「へ?」
俊助は口を半開きにして固まった。気まずい空気が二人の間に流れる。
「100個のクローバーのうち一つを四つ葉に変えることが出来ます」
「はあ……」
これは結構練習したのだが。反応の薄さに腹が立ってきた。
「では、これはとっておき!時計なんかの数字がぞろ目に揃った時にそこへ目が行くように仕向けることが出来るんですよ!」
人に影響を与える一番初歩の技である。どうだ、と胸を張ったが、俊助はぷっと吹き出し大きな声で笑い出した。
「何がおかしいの!」
いずれお姉様達のように、物や天候や時間を操り、大きな災いを遠ざけるような技だって、身につけることが出来るはず。新人だからって、天使を舐めるな。拳を握って振り回していたら、急にお腹の真ん中が痛くなった。何だろう、この感じ。生まれて初めての感覚に蹲る。
「ちょ、だ、大丈夫!?リリカさん!」
俊助の手が肩に触れた。大きくて、温かい手だと思った。その時。
グググググーキュウルキュルキュルキュルー!とお腹が大きな音を立てた。なんだ!?身体の中に何かいるのか!?と慌てたが、俊助は大きな声で笑った。
「今、なんか美味いもん作るね、天使さん」
美味いもの……。ということは、これが「腹が減る」という感覚か。初めての感じた「腹が減る」という感覚はもの凄く不快だった。
人間って大変だな。
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