天使はあんこトッピングソフトクリーム好き男子に恋してる

堀井菖蒲

第1話 空の散歩を楽しんでいたら

「あー、地味っ!」

水溜りに映る姿に溜息をつく。


 デビューと同時に頂いた姿が気にくわない。


 紺色のミニワンピに白いエプロン。これは新米天使のユニフォームだから仕方ないとして、真っ黒な髪が嫌。抵抗に付けたローズピンクのリボンも何か様にならなくて。担当地区がヨーロッパだったらいいのに!


 いじけて胸元に下げた銀の鏡を弄くる。


 これは補助具。先の満月でデビューしたばかりだから、まだ力が安定しない。鏡に映した物にしか力を発揮できないのだ。


 目の前に広がる田圃にはまだ雪が残っている。当分はこの僻地で修行の身。……地味だわ、マジで。


 溜息交じりに空を見上げると、真っ白な鳥が数羽旋回していた。ゆったりと舞う姿に見とれる。


 空を飛ぶって気持ちがよさそう。


 ムクムク湧いた好奇心に、警告が出される。


 だめだめ、今夜は明けの三日月。月の力が弱いから、元の姿に戻れなくなるかも。


「ちょっとだけなら、大丈夫よ!」

 頭に浮んだ警告を無視し、縮れ模様を表に返し鏡面に白鳥の姿を捉える。すると身体の内側にぽんとはじける感覚があり、次の瞬間には両手が翼になっていた。変身成功!そのまま、大きく空気を捉えて羽ばたく。


 阿蘇岩山に日が沈み、代わるように現われた細い月に向かう。


 風が心地よい。ああ、空を飛ぶって最高。しかも飛んでいるのは私だけ。空を独り占めしている。気持ちいい。


 ゆったりと空の散歩を楽しんでいたけれど、ふっと翼が重たくなった。


 ああ、まずい。そろそろ元の姿に戻らなければ。


 旋回しながら地上へ降りていく。安全に降りられる場所を探す。変身するところを誰かに見られてはいけない。


 暫く旋回していたら、小川の傍に大きな岩を見付けた。その影なら、身を隠せる。安堵の息を吐いて地面に近付き、両足を伸ばした時だった。


 無数の刃が背に刺さり強い力で地面に押しつけられた。岩に伸びた影は二つの耳を持っていた。ピンと伸びた三角形の耳。狐だ。背中に刺さっているのはこいつの爪なのだろう。


「ちょっと!何してんのよ!私は天使よ!神様の使いよ!」


 叫んだつもりだったが、けたたましい白鳥の鳴声にしかならなかった。まずい。もう力が残っていない。このままでは白鳥の姿で息の根を止められてしまう。死んでしまった者は蘇ることは出来ない。命が一つしか無いのは、地上の者も天空の者も等しく同じだ。


 力の限りを尽くし、翼を広げ鋭い爪から逃れようともがく。


「お母様、助けて!」


 空に向けた声は、水鳥の断末魔の叫びでしか無い。狐の影がすっと首を伸ばす。その牙で、長い首を噛み切ろうとしている。思わずぎゅっと目を閉じた。


「こらあ!やめろ!」


 野太い男の声にはっと我に返った。キラリと胸元の鏡が光った。そこに、若い男が映る。最後の力を振り絞り、人の姿に戻ることを願う。だが途中で意識が途絶えた。


 

 


 

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