第1話 この町に伝わる噂話
「おはよ!誠君!」
僕の名前は花園誠(はなぞのまこと)。朝、僕は登校をするために家を出る。そして、家の前には毎日のように登下校を共にしている少女がいた。その少女は僕を見るや否や元気な声でそう言った。対する僕は、少しだけ苦笑しながらも、朝の挨拶を口にした。
「おはよ。雫。」
彼女の名前は琴乃葉雫(ことのはしずく)。挨拶を済ませる、そうしてお互いに肩を並べて学校までの道を歩き出す。僕たちは男女だ。そして二人で並んで登校していることから、良くカップルかと間違われるが、そんなことはない。雫は僕に対して恋愛感情など抱いていないが、僕は違う。この気持ちは、僕の片思いだ。
一ヶ月ほど前だろうか。僕は学校の屋上で、この少女に出会った。
僕は人生に絶望していた。だから、死のうとした。屋上に行き、腐り切った人生を終わらせようとした。こんなクソみたいな人生の幕を閉じようとした。だが、屋上に彼女がいた。屋上のベンチに座り、うたた寝をしていた。そんな彼女に僕は惚れた。一目惚れというやつだ。
僕はその時、彼女に話しかけた。なぜ話しかけたのかはわからない。つい声をかけてしまったのか、彼女と仲良くなりたいと思ったからなのか。
「あの…こんなとこで寝てたら風邪引くよ。」
肩をトントンと叩いて彼女を起こす。
「んにゅ…」
謎の言語と共に彼女は起きた。しばらく焦点が合っていない感じでキョロキョロと辺りを身をし、僕と目があった。
「あれ?…私…寝てたんだっけ?」
独り言のように呟く彼女に、僕は言った。
「寝てたよ。そりゃもう、気持ちよさそうにグースカと。」
刹那、顔を真っ赤にする彼女。寝顔を見られたのがそんなにも恥ずかしかったのか、僕から顔を背けた。
「み、見てないで起こしてよ〜。」
「いや、あんまり見るもんじゃないと思ったから起こしたんだよ。…………で、なんでこんなところで寝てたの?」
すると小首を傾げる彼女。僕は何か変な質問をしたのだろうか。
「暇だったから座ったら寝ちゃっただけたよ?…そういうあなたはなんでこんなところに?」
僕は少し動揺した。僕は嘘をつくのが得意ではないため、本当のことを言えない時などは動揺してしまう。だからといって今から自殺しようとしていたなんて言えるわけがない。そんなことを言ったら引いてしまうだろうし、余計な心配をさせてしまうかもしれない。だから僕は多少おどおどしつつも、こう答えた。
「す、少し景色を見にきただけだよ…」
別に嘘は言っていなかった。なぜ飛び降り自殺をしようとしたのか、苦しみが続かないということも理由のうちの一つだが、死ぬ前に綺麗な景色を見たかったというのも理由の一つだ。結果は死ぬ気なんて失せてしまったわけだけど。
「そっか!綺麗だもんね!」
彼女は疑うという言葉を知らないかの如く、輝かしい笑顔を浮かべそう答えた。ドキッとした。
そこから僕と彼女が仲良くなるのは早かった。僕はクラスの中の所謂陰キャと呼ばれる存在で、休み時間などはいつも一人で寝るか本を読むかをして過ごしていた。友達なんて一人もいない。コミュ障な僕が知らない人に話せるわけがなかった。だから不思議だった。突然とはいえ、彼女に話しかけることのできた自分が。
そして彼女も人との関わりがなかった。あまりに可愛らしすぎる顔ゆえか、クラスで浮いていた。本人にその自覚はないらしいが、良く見ると嫉妬の視線を感じる。
お互い学校では一人だという共通点があり、僕たちは一緒に登校をするほど仲が良くなった。最終的に彼女と恋人になる目的がある僕にとっては、大きな進歩だった。
そんなことを思い出しながらも、僕たちは歩く。すると彼女、雫が話題を切り出してきた。
「願いの神社あるじゃん。」
「あるな。」
願の神社。噂話だが、名の通り、願いを叶えることができる神社。だが、ただで願いを叶えることができるわけじゃない。自分に干渉するような願いは叶えられないらしいのだ。例えばの話だが、極端なことを言うと、あの人が幸せになれますようにのような、そんな他人を対象とした願いしか叶えられないのだ。それに、100日間、毎日休むことなくその神社に行き、願わなければならないのだ。別に難しくなんてない。そう言う人も多いだろう。だが、なんで簡単に嘘か真実か検証できそうなそんな噂が、いまだに噂として一人歩きしているのか、それには理由があった。
その神社はある山の頂上にあり、それまでの道のりが険しすぎるのだ。普通に登ろうとしたら何時間かかるかわかったものじゃない。
SNSで50日間続けて登って人がいたが、結局は体力的に限界が来てしまい、その人もやめてしまっていた。興味はあるし、真実を確かめたい気持ちもあったが、生憎と僕にそんな根性は無かった。それに、今の僕の願いは一つ。雫と恋仲になることだ。だが、そんな良くわからない力に頼って付き合えたとしても、それは偽りだ。虚しいだけだろう。だからこそ、僕はそんな噂に頼らないのだ。
「願いの神社がどうかしたのか?」
僕がそう問い返すと、う〜むと唸りながらも、雫は僕に問いかけてきた。
「もしそれが本当だったらどんなことを願うの?」
それの問いに僕は思案した。恋仲になることを願わないのだとしたら、僕は何を望むのだろう。大切た人の幸せやお金か、自由か、または名声だったりするのだろうか。
少し考えたが、僕には何も思い浮かばなかった。
「何も思いつかないなぁ。そう言う雫はどうなんだ?」
すると輝かしい笑顔を浮かべながら、雫は言った。
「私は誠君がお金持ちになるようにって願った後にそのお金をもらうよ!」
「欲に忠実なやつだな。」
「誠君が無欲すぎるだけだよ!」
確かに、僕は無欲なのかもしれないと心の中で呟く。実際に欲を感じる余裕などなかったのだ。一ヶ月前までは。だが、今は違う。余裕があるわけではないが、つまらなかった生活を楽しく感じるようになった。少しくらい欲と言うものが出てきても良いのかもしれない。
「まぁ、強いて言うなら僕も金かなぁ。生活余裕無いし。」
「そっか。生活を余裕ないんだったね。私で良いんだったら全然手伝うよ?」
僕は少しだけ家庭の事情を雫に伝えている。大変出会えないことがあることを知ってもらうためだ。だが、全てを伝えたわけではない。両親が死んだことや妹が出ていったことは伝えていない。
「いや、申し訳ないし僕の問題なんだ。雫に頼るわけにはいかない。気持ちだけでも嬉しいよ。」
「誠君がそう言うなら良いけどさぁ。」
少しだけ不服そうな表情をする雫。可愛い。思わず見惚れてしまっていた。そんな僕の視線に気がついたのか、雫は僕に目を合わせてきた。
「どしたの?なんか顔についてた?」
「あ、いやえっと…なんでもない。」
焦ってしまった。男として情けない。まぁ、雫は僕が焦ったことなんてマイペースすぎる雫は気づいていないのだろうけど。
「な、なんで焦ってるの?」
前言撤回。バリバリバレてた。
「あ、焦ってなななんて無いよ!」
アカン。自分がダサすぎて悲しくなってきた。羞恥心でいっぱいになった僕は、急いで走り出した。
「ちょちょ、待ってよ〜!」
急いで追いかけてくる雫。僕は男で雫は女だ。ゆえに体力や足の速さなんて僕の方が絶対に速い。だが、結果は少し違かった。拮抗していた。距離が縮まるわけでもなく、開くわけでも無い。
ここのところ足が遅くなった感じと体力がなくなった感じがする。バイトのやりすぎで疲れが溜まってるのかな?
そんなこんなで、僕と雫は追いかけっこを繰り広げながらも、学校に到着するのだった。
息をこれでもかと言うほど切らしたし、恥ずかしかったし情けなかったが、登校中に思っていたことがある。
「こんな日常がずっと続けば良いなぁ。」
僕はそう呟くのだった。
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