第2話 陽キャと陰キャとゴザルお姉さん
晒し。拡散。炎上。
嘲られるだけの学校生活に耐えられなくなった俺は、登校拒否からの引きこもり生活。そのままエスカレーターでニートへ。……ニートはいいな……。少しだけ憧れるな。……って、そんな馬鹿みたいなことを考えている場合じゃない。
高坂隼人。
思えばコイツとは一年から同じクラスだが、会話を交わした記憶はほぼない。陽キャと陰キャ、リア充とコミュ障。クラスのヒエラルキーの上位と底辺。会話以前に、交わるところがほぼない。そもそもお前、こんなコスプレイベントに来るような人種じゃないだろ? しかもここは京都だ。
「……高坂。なんで、こんなとこに」
「こっちで大学生やってる俺の姉ちゃんがコスプレイヤーでさ。昨日急に電話が来て、実家から衣裳を届けさせられたんだ」
人使い荒すぎじゃね? と高坂はイケメンに笑った。思えばコイツは教室でもいつも笑っている。よほど人生が楽しいのだろう。その辺も俺とは真逆だ。
「なあ三橋」
「人違いです。じゃあ……」
声色を作って会釈をして、ようやく動いた足を高坂の反対方向に出したらすかさず腕を握られた。
「いいステージだったな、ほら」
向けてきたスマホの画面。マイクを握って腕を振り上げ、満面の笑顔を振りまいている、どう見ても俺。
よく撮れている。……やっぱり可愛いな、俺。いや、違う。そうじゃない。
誰だこの能天気なバカは。同じクラスの奴が見ているとも知らず、バカみたいに笑いやがって。バカめ。
「いっぱい撮ったぞ。フォルダも作った」
高坂がスマホを操作すると、「三橋」というタイトルで、ステージでパフォーマンスをしている俺の画像のサムネイル一覧が出てきた。もう何も言う気が起きない。
「終わった」
身体中から力が抜けて、俺はその場に崩れ落ちた。
「大人しいヤツだと思ってたけど、意外な趣味があったんだな」
「違う……」
いや違わない。俺も認める、俺の趣味だ。でもこう言うしかないだろう?
「あれ、違うのか?」
「違いません」
駄目だもう、俺。支離滅裂だ。そんな俺に、高坂は納得したように頷いた。
「あー……そうか。大丈夫だよ三橋。俺姉ちゃんいるから、コスプレとか偏見ないから」
大丈夫なわけがない。高坂の言葉が嘘じゃなくても、女性のコスプレと女装コスプレにはサンタとサタンくらいの違いがある。「そっか、大丈夫か、良かった良かった」なんて言えるわけがない。
「せっかく会ったんだし、時間あったら茶でもしないか? あっちにコーヒーのワゴンがあったからさ」
絶対的な弱みを握られた俺にノーと言えるわけがない。
「……着替えてきてもいいかな……」
それが俺に言えるせいぜいだった。
「せっかく可愛いのに、なんか勿体ないな」
嫌味でもなく、本心で言っていそうな高坂が、恐怖を超えてむしろ不気味だった。ほとんど話したことのないクラスメイト(しかも男!)に、「可愛い」と言えるあたり、同じ人類とは思えない。
しかし、そう言われてまんざらでもない気がした俺自身が、一番理解に苦しむ相手かもしれない。
このままバックれたい気持ちを衣装と一緒に鞄に押し込んで、俺は断頭台か屠殺場に行く覚悟で高坂の待つ公園の南側に向かってトボトボと歩いた。キッチンカーや屋台のあるエリアだ。
「おー、いつもの三橋だ」
俺の姿を認めた高坂が笑顔で片手を挙げた。俺はごく僅かに頭を下げて会釈のような動きをした。俺の弱みを握ったのがそんなに楽しいのか、クソ。……もちろんこれは勝手な被害妄想だ。たぶん高坂のそれは、クラスメイトに向ける普段通りの笑顔だった。
「……この子がさっきの綾瀬アヤちゃん!? で、隼人のクラスメイト? え、ちょま! マジで? 超しんどいんだけど。やばいちょっと待って。待って、鼻血出そう」
唐突に言葉の散弾を食らって、初めて高坂に連れがいたことに気付いた。俺も知ってる異世界系アニメキャラの格好をした女性。この人がコスプレイヤーをしているという、高坂の姉だろう。目と口元がよく似ていた。
「……悪い、三橋。お前の話したら勝手についてきた。俺の姉ちゃん」
「姉でござる」
そう敬礼してみせたあとで、高坂の姉は「高坂ツバサ。よろしく、三橋くん」と歯を見せた。コロコロと変わる口調がいかにもオタクっぽいが、人当たりの良さと笑顔は高坂と同じ種類のものだった。
「アイスコーヒーで良かったか?」
俺とツバサさんが先に座って待っていると、プラカップを三つ乗せたトレーを持って高坂がやってきた。お金はツバサさんが出してくれた。申し訳ない。
「やー、何度見ても分かんないね。コレがアレかあ。キャラ全然違うじゃん」
「姉ちゃん、初対面でコレとかアレとか失礼だろ」
「いや、……別に」
確かに礼儀の欠けた発言ではあったけれども、嫌な感じはしなかった。口調にも視線にも隠す気のない好意と感激が満ちていたからだろう。「すごいすごい」と繰り返されて、照れと恥ずかしさで身が縮んだ。
更衣室で「陽」の部分を脱ぎ去ってきた俺はまさに陰キャオブ陰キャ。教科書に載りそうなほどの陰キャだった。
女顔で揶揄われた中学までのトラウマで、高校ではうざいくらい前髪を伸ばしている。さらに少しでも存在感が消えるように陰のオーラを身に纏って、気配を消し、教室じゃ呼吸すら控えて生きてきた。それでもクラスのごく少数は俺を認識して話しかけてくれる。それ以外は俺に気付きもしない。俺が思うに高坂もそっち側だったはずだ。
だからこそ、疑問だった。
「隼人はどうしてあのアヤちゃんが三橋くんだって気付いたの?」
ツバサさんの口から出た疑問。まさに、それだ。普段の俺を知っているなら尚更、ステージの俺を俺と見抜けるはずがない。
「……分かるだろ、見れば」
いや分からないだろ。分かったら困る。実際いま滅茶苦茶困っている。
俺とツバサさんの視線を受けて、高坂は不貞腐れたように「分かるさ」と呟き、手で口元を隠して横を向いた。これじゃ何も分からない。しかしツバサさんには思うところがあったらしい。「へえ……」と言ってニヤと口角を上げた。どういうことだろうか?
「ところで三橋くん、リョウくんでいっか。このあとの予定は?」
「え? あ、はい。……一六時過ぎの新幹線で帰ります、けど」
突然の質問に、俺は狼狽えつつ正直に答えた。
「新幹線、止まってるよ」
「え? ……はい?」
俺は慌ててスマホを取り出し、新幹線の運行情報を調べた。……岐阜と愛知で集中豪雨が発生して、架線故障。運休。……本日中の再開見込み……なし!?
「良かったら、ウチ泊まってく?」
「はい?」
「せっかく夏休みに京都来たんだから、ウチ泊まって明日観光してけば?」
驚いた。それ以上に高坂が驚いていた。
「何言い出すんだ、姉ちゃん?」
「あんたも泊まってくでしょ。二部屋しかないから、隼人と一緒になるけど。もしかして男の子と同じ部屋じゃ嫌?」
それは一体どういう意味か?
「それはないですけど……。あ、いや、そうじゃなくて」
「やったあ! じゃあ決まり。ご両親には私からちゃんと電話しておくから」
この押しの強さは、俺の苦手なリア充のそれだ。リア充とオタクのハイブリッド。とても俺の敵う相手じゃなかった。高坂の困り果てた、複雑な表情を初めて見た。きっと俺も同じ顔だったのだろう。
どうあれこの申し出は断固拒否するべきだった。
それが出来なかった結果、俺の人生は迷路に放り込まれることになる。
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