第15話 産婦人科デビューです!
産婦人科で検査を受けることにした五稜さんとオレは、実家の最寄から二駅ほど先に移動して、駅から徒歩五分の所にある、オレが生まれた病院へとやって来た。たぶん規模としてば病院と言うよりはクリニックだろう。と言うか産婦人科クリニックとちゃんと書いてある。
「ここ……ですか」
「ここだな」
オレと五稜さんは二人でクリニックの建物を見上げた。周囲の住宅の約二倍程度の敷地に一般住宅よりは大きめの二階建ての白い建物だ。
家を出る時は気合十分って感じ立った五稜さんだったが、いざクリニックの前に来ると緊張しているのか、やや怖気づいたような印象を受ける。
「初診って、どういうことをするんですか?」
「いや、オレはここで診察したことないから知らないな」
産婦人科だからな。彼女がこれまでいなかったオレには縁のない所だ。いや、彼女がいても縁があったら問題だが。
「いきなり股を開かされたりするんですか?」
「う~ん……」
なんて答えればいいんだ?
女子高生から股を開かされるとか言われた時、大学生の男はどんな反応をするもんなんだ?
気楽に「オレがしたのと大差ないよ」って笑えばいいのか?
だから記憶がねぇって言ってんだろ!
オレは自分の妄想に全力でツッコミを入れた。
「まぁ、最初だし、簡単なことじゃないか? その最後の生理とか、性行為をしたのがいつだったとか、あと五稜さんが嫌いな注射とか?」
予想できる初診の内容をオレは適当に答えた。もちろん確証とかない。あくまで適当だ。
「…………大林さん、それはセクハラですよ」
「なんでっ!」
今の発言のどこにセクハラ要素があった?
「生理とか……エッチなことした日を聞くとか……セクハラですっ!」
「あー、まぁそうかもな。でも先生もそれが仕事だし」
「いえ、セクハラしたのは大林さんです」
「だからなんでっ!」
あくまでオレは想定できる内容を答えただけであって、オレに教えてくれって意味じゃないんだが。
そもそもキミが襲われたのは四月二八日なんだよね! オレも既に知ってるからねっ。
「ふふ、冗談です。おかげで少し緊張がとけました」
「……からかったのか」
「はい。そういう反応してくれると、面白くて気分が少し軽くなります」
オレはあくまで付き添いだから、緊張はほとんどない。そりゃ先生方にどんな目で見られるかと想像すると胃の辺りが痛むが、大したことじゃない。
でも、五稜さんは自分の身体を調べられたり、説明したりしなきゃいけないので、不安とかがあるのだろう。
この程度の冗談で気が楽になるなら、怒ることはない。
「そうか。じゃ行くか」
いつまでも建物を見上げてても仕方がない。
「はいっ。産婦人科デビューです!」
五稜さんは改めて気合を入れ直し、先に歩くオレの後についてきた。
そう言えば予約とか何もしてなかったが、いきなり来て見てくれるのだろうか?
ちゃんと診察してもらえるのか、そこが少し不安になってきた。
◇
結果を言えば、予約なしでも全然問題なかった。
たまたま今日は診察を受ける人が少なかったのか、それとも少子化の現代では産婦人科に来る人そのものが減っているのか、受付後に問診票を記入、すぐに診察してもらえることになった。
父親として一応ついていこうとしたオレだったが、五稜さんに拒まれたのでオレは待合室で待機することになった。しかし産婦人科と思うと妙に居心地が悪くなり、一度建物の外に出ることにした。
「はぁ……親父もお袋もあっさり受け入れてくれたし、大学卒業までの費用を工面してくれることになってかなり助かるけど、実感が全くねぇんだよなぁ~」
大学をやめずに済んだことは非常にありがたい。親父の言う通り、将来のことを考えるなら、きちんと大学を出て収入を安定させるのは大事なことだ。
殴られる覚悟をしてたが、一発も殴られないのは予想外だった。
きっとオレが赤ちゃんを見捨てるような発言をしてたら、間違いなく殴ってたな。父親として責任をとる姿勢を見せたから、親父も支援してくれる気になったんだと思う。
そのことは非常にありがたいが――やっぱりどこかまだ実感が薄い。
昨日、五稜さんが現れるまではただのモテない大学生だったオレが、今では女子高生を妊娠させ、これから父親になろうとしている、なんて簡単には受け入れられなかった。
妊娠検査薬も見せてもらったし、親にも紹介して、産婦人科にも来たわけだが、それでもオレはまだどこかで夢なのではないかと思ってしまっている。
やっぱりオレ自身に五稜さんとした時の記憶がないからだろうか。
オレの感覚ではまだ童貞なのに、あなたが赤ちゃんの父親と言われてもピンとこない。
「どうしてこうなったんだろうな」
五十回もフラれたせいか? それとも日々セックスがしたいと願望を垂れ流していたか
らか? それとも他に原因があるのだろうか?
『幼馴染みというには近すぎるんですよ』
意識したわけじゃないが、ふと昨日五稜さんと話したことを思い出した。
中学の時、葵の本心を探るために始めた恋愛相談。
もしそんなことをしないで直接葵に告白していたら、オレの未来は変わっていたのだろうか?
五十回もフラれず、中学生で彼女が出来て、高校生で脱童貞して、大学生で同棲して、卒業と同時に結婚――なんて未来があったのだろうか?
いや、葵がオレに好意を寄せてたなんて、五稜さんの勘違いだ。
葵は本当にオレのことなんてただの幼馴染みとしか思っていないはずだ。
もしオレに好意があったら、五十回も恋愛相談に乗ってくれるはずがないし、どこかの時点で葵から告白してきてもおかしくない。
それがなかったってことは、やっぱり葵はオレのことを恋愛対象とは見てないのだろう。
そう考えている時だった。ポケットの中に入れていたスマホが振動を刻む。
取り出してみると、まさに考えていた相手、葵からの着信だ。
すぐに通話ボタンをタッチして、耳元にスマホをかざす。
「何か用か?」
『今日は講義休むの?』
そう言えばもうそろそろ受けなきゃいけない講義の時間だった。
五稜さんは産婦人科に連れてこなきゃいけなくなったから、すっかり失念していた。
「あぁー、さすがに昨日の今日だとな。色々やることがあってさ」
『おじさんとおばさんにあの子のこと紹介したんでしょ?』
「……聞いたのか?」
『ううん。たぶんそうかなぁーって思っただけ』
どうやらカマをかけられたらしい。別にそんなことしなくても聞かれれば素直に答えたぞ。
もう葵も知ってることだし、早々に親に紹介することも話しているわけだから、今更隠す必要はない。
『どう紹介したの? まさかバカ正直に襲ったかもなんて言ってないでしょうね?』
「言うわけないだろ。葵のアドバイス通り恋人として紹介したよ」
『ふ~ん、それで?』
どうやら葵は五稜さんを親に紹介した時の話が聞きたいらしい。
今後も色々と相談に乗ってくれるかもしれない葵だ。オレは包み隠さず全てを教えた。
『はぁー、おじさんの考えは立派だと思うけど、だいぶ甘いわよね。大学卒業までお金だしてくれるなんて』
「それな。殴り飛ばされる覚悟はしてたけど、それもなかったし。正直今日ほど親父を偉大と感じたことはねぇよ」
『でしょうね。で、大学をやめずにすんだ大和くんは講義をサボって今何をしてるわけ? まさかあの子と乳繰り合ってたりしないわよね?』
「そんなことしてたら電話にでねぇって。五稜さんまだ産婦人科に行ってなかったみたいだから、連れてきたところ」
『産婦人科……で、結果は? 本当に妊娠してるの?』
「妊娠は本当にしてると思うぞ。あっさり来し、妊娠検査薬も見せてもらったから」
『あ、疑ってると思った? そうじゃなくて、あの子の勘違いってことはないのかってことなんだけど』
「……今の妊娠検査薬の精度ってどれくらいなんだ?」
『線が出ればほとんど確実。九九%って書いてあった、昨日調べたら』
「なら、間違いないんじゃないか? 何回も調べたって言ってたし」
それに決定的な結果はそのうちわかる。今五稜さんはそれを検査してるわけだ。
『そっか……』
「ああ……」
オレたちは短く頷き合って、しばらく沈黙する。
間違いなく五稜さんは妊娠しているだろう。それは受け入れなければならないことだ。問題は本当に父親がオレであるかどうかだ。
『DNA鑑定はする気になったの?』
「ないだろうなぁー」
『ちょっと、あんたのこれからの人生に関わることよ。ちゃんと説得したの?』
「いや、無理に言ったって余計に意固地になりそうだから、あまりその話はしてない」
葵が帰った後は一度しただけだ。
軽く話しただけでも明確な拒絶を示していたし、今は説得の時じゃないというのがオレの判断だ。
『一番大事なことよ。あんたにあの子を襲った記憶がない以上は、あの子の言い分でしかないんだから』
「襲ったって証明されるのは、それはそれで怖いけどな」
女子高校生を襲ったなんてことが事実であれば、オレは一生そのことを負い目に感じながら生きていくことになるだろう。
もちろん五稜さんの言い分を全て受け入れて、責任をとるってことは認めたも同然のことだが、それでももしかしたらと自分に言い訳することはできる。
その言い訳のために好きでもない子と子育てして、将来的に結婚するのは間違っていると思うが。
そもそも五稜さんはそれでいいのだろうか?
お袋の「結婚するの?」問いにあっさり頷いていたが。
『あんたまさかそんな理由でDNA鑑定受けさせないつもりじゃないわよね?』
「……五稜さん次第だろ」
『あんたの人生かかってるのよ。多少無理矢理にでもさせるべきでしょうがっ』
スマホの向こう側で葵が声を張り上げた。
どこで電話しているのかは知らないが、周りの人が驚いたんじゃないか?
『それともあんた、あんな可愛い子なら結婚もアリとか考えてるわけじゃないでしょうね?』
「それは……まだはっきりとは、どっちとも言えないって」
『あんたが優柔不断なのは知ってるけど、そこまで見境ないとさすがに引くわよ』
「まだどっちとも言えないと言ってますけどっ!」
『悩んでる時点でアウトよ。それってちょっとはアリって考えもあるってことでしょ』
そりゃ五稜さんは滅茶苦茶可愛い。オレが告白した五十人の女性の中でも一番と言っても過言じゃない。
そんな子から将来的には結婚を考えてると言われれば、悩むのは男の性だろ。
まぁ、葵は女だからわからないかもしれないかもな!
もちろん女子高生相手というのは抵抗があるが、それは時間が解決してくれる問題だ。
「でもさ、本当にオレが父親だったら、どうするんだよ」
『……それは責任とりなさいよ』
葵の声音が若干下がったように聞こえた。
『女の子、妊娠させたなら責任とるのが男よ』
まぁ、そうだよな。
本当に父親がオレなら責任をとるしかない。
もう半分以上はそのつもりで親にも紹介したわけだしな。
『でもあんたが父親じゃなければ、あんたが責任とる必要なんかない』
「でもそんなことあるのか? もしオレが父親じゃなかったとしたら、どうして五稜さんはオレの所にきたんだ? オレの所にこれたんだから、本当の父親の所に行けただろ」
『そんなの知らないわよ』
「だろ? だから本当にオレが父親なのかもしれない。なのに疑ってDNA鑑定なんてしたら、オレたちの関係にヒビが入るかも」
『オレたちの関係ねぇー。ふ~ん昨日初めて会った子との関係が壊したくないくらい大事なわけだぁー』
「大事っていうか……今後のことを考えたら、波風立てたくないっていうか」
狭いワンルームでこれから共同生活していくのに、ギスギスしたくないって考えるのは当然のことだろ。
『あたしとの関係よりもあの子を選ぶの?』
はっきりと葵の声の質が変わった。
弱々しく、ボソッと呟かれ、聞き逃しそうになる。
「……どういう意味だよ」
オレと葵の関係はただの幼馴染みだ。それ以上でもそれ以下でもない。
周囲に恋人以上に距離が近いと思われようと、オレたちの関係はずっと変わらずに今日まで来ている。
なのにそんなこと言われたら……。
『……講義の時間だから切るわ』
「あ、ちょ……」
まだ話は終わってないだろ――と思っても、葵はそれ以上何も言わずに通話を切った。
「何だよ……今更……まだ時間じゃねぇだろ」
スマホに表示された時間を確認すると、まだ講義まで二十分くらい時間がある。
移動を考慮してもあと十分は話すことができたはずだ。
葵がどんなつもりで自分との関係と言ったのか、オレはその本心を知ることができなかった。
◇あとがき的な?◇
かなり駆け足で進んでおります。
あらすじでちらっと書いた通り20話程度、多くても25話で終わらせるつもりで書いております。そこそこ読んでくれる人が増えたらもう少し丁寧に書くつもりでしたが、残念なことにそうはならなかったので、あまり話は広げずに完結させると思います
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