第12話 ご挨拶に行きます!
「……寝顔、可愛いな」
朝目を覚ましたら、可愛い女の子が安らかな様子で眠っていた。
この子曰くお腹にはオレの赤ちゃんがいるらしい。つまりオレとこの子はセックスをしたというわけなのだが、残念なことにオレにはその記憶がない。
本当にオレが妊娠させてしまったのか? と疑問に思いつつも、現状で確認する術はないので、確証を得られるまでは五稜さんと共同生活をするしかないわけだが――
「悪くないな……こんな朝なら」
――こんなにも可愛い子と朝を迎えられるなら、それはけして悪いことじゃない。
「これが彼女なら……いや、責任をとるならもう彼女も同じなのか?」
今のオレたちの関係って一体なんだんだ?
まだ五稜さんに対して恋愛感情は全然ないわけだが、赤ちゃんがオレの子であると判明すれば、オレは責任をとるために五稜さんと結婚……するのだろうか?
「……そりゃ五稜さんは可愛いからオレとしては文句ないが……う~ん、年下かぁ~」
これまでオレは年下を恋愛対象にしたことがない。
年下が好きと言うと、ロリコンと思われそうだからずっと敬遠してきた。
「年下はダメなんですか?」
ロリコン認定を受けるか、少し真面目に悩んでいると、ボソッと小さな声が聞こえてきた。
それは目の前の少女の口からで、閉じていた瞼がゆっくりと開かれる。
「起こしちゃったか?」
「いいえ、実は結構前から起きてました」
「そうなのか?」
「はい」
「そっか……おはよう」
「おはようございます」
オレたちは寝転がった状態で軽くお辞儀をして朝の挨拶を交わす。
「「…………」」
それから何を話したらいいのかわからず、お互いに黙り込んでしまった。
とりあえず何か話題を振って、間を持たせないと気まずくなりそうだ。
「あぁー、何で寝たふりなんてしてたんだ?」
起きてたなら起きればよかっただろうに――と思い問いかけた。
「寝たふりのつもりはないんですけど、大林さんがわたしになにかいたずらしてくる
のかな? って思ったので、試してみました」
そう言って、五稜さんはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
今日最初の笑顔だ。
おかしい、太陽は部屋の中にないはずなのに、眩しいっ!
「いたずら……してよかったと?」
「そう言うわけじゃないです。ただわたしはまだ大林さんのことをよく知らないので、どういう人なのかって確認したくて」
「……どういうことだ?」
「目の前で可愛い女の子が寝てて、いたずらするような人なのかってことです。わたしを襲ったのは本当に酔っていたからだけなのか、それとも根っからそういう人なのかどうか見極めようと思ったんです」
つまり、もし五稜さんの寝顔に釣られて、頬をツンツンしたり、若干胸元が開いたパジャマの中に手を入れたりしたら、女子高生を襲っても不思議がない変態畜生認定をされてたってことか? あぶなっ!
「そんなことするわけないだろ」
即座に口調をやや強めて、否定しておく。
そりゃ襲われた被害者である五稜さんからすれば、オレは信用できないクソ野郎だろうが、あれはあくまで酒のせいであって……いや、それは加害者の言い訳でしかないな。
「はぁ……仮にいたずらされたらどうするつもりなんだ」
確かめるにしたって、自分の身体をエサにしたやり方はどうかと思い、ため息を漏らす。
もっと自分の身体を大事にしてください。もう一人だけの身体じゃないんだから。
「え? あぁ~それは仕方ないかなって思ってます。大林さんは男の人ですし、女の子の身体に興味があるのは当たり前です。それに泊まらせてもらってるんで、多少のことなら、その……」
何だ、その家出少女みたいな考え――って五稜さん家出少女か?
そういえば施設の人は心配してないのだろうか? まさか捜索届けとか出てないよな?
もし警察にこんな場面見られたら、オレ誘拐犯として捕まったり……。
今更ながら嫌な考えが過ぎる。
「それにコンドーム買ってましたから、覚悟は……してました」
「……いや、まってくれ、あれは最終的に五稜さんが後押しして買ったんだろ」
オレは棚に戻そうとしたからな。
「そうですけど、女としてそれなりに覚悟は……」
「しなくていい! オレはこれまで彼女がいなくて童貞だ。セックスしたいと思ってるが相手は誰だっていいわけじゃない。ちゃんと好きな相手じゃないと」
「これまで五十人も好きになってる優柔不断でもですか?」
「言葉選びを間違えてるぞ、五稜さんや」
意外にこの子ストレートなんだよな。
昨日もお願いしたが変化球を混ぜてほしいだが。
「すみません、つい」
「……オレは優柔不断かもしれない。だがな、それでもこれまで告白した五十人全員のことはそれなりに好きになって告白したわけであって、適当な女性を選んだことは一度もない」
周りからは手当たり次第と思われてるかもしれないが、それでもオレは胸を張ってそう言える。
「つまり、大林さんはわたしには手を出さないってことですか?」
「それは……どうだろう」
「何で自信無さ気になるんですか」
「そりゃ五稜さんは可愛いから、これから好きになる可能性はゼロじゃないだろ」
「でも、さっき年下はって悩んでましたよね?」
「それは女子高生に手を出して、ロリコンって思われたくないだけであってだな」
「わたしもうロリって歳じゃないんですけど」
女子高生は確かにロリって年齢ではないだろう。でも、大学生からするとロリ扱いになったりするんだよ、高校生でも!
「それは大学生の事情だ。理解してくれ」
いや、別にしなくていいけどさ。
「って、こんな話はどうでもいい。朝ご飯にしよう」
「そうですね。朝ご飯は一日を始めるための大事なエネルギーです。ちゃんと食べましょう」
オレが身体を起こすと、五稜さんもその後に続いて身体を起こす。
ピンク色のパジャマが少しはだけていて、わずかだが胸の谷間が見えた。
「…………」
「あの~大林さん?」
「さぁ、準備準備!」
何やら非難するような視線を感じたが、気にせず伸びをして、オレはベッドを降りた。
いやね、色々言ってても無防備な姿が見えちゃうと、そりゃねぇー。
◇
「今日は実家に行こうと思う」
我が家の朝食は基本的なパンだ。
トースターで焼き目がつくまでこんがり焼き、その後マーガリンやジャムを塗って食べる。たまに目玉焼きなんかを焼くこともあるが、基本はマーガリン&ジャム。
朝ご飯を食べ終えたオレは、勉強机の椅子に座り、床に正座する五稜さんに切り出した。
「大林さんのご実家ですか?」
「ああ、正直かなり気乗りはしないんだが……五稜さんのことは早めに親に報告しておかないと、後が怖い」
本心を言えば行きたくない。でも、そんなことを言える状況ではない。
これから赤ちゃんが生まれてこようとしているのに、親に隠せるはずがない。
そりゃ五稜さんを紹介しないこともできるが、赤ちゃんを育てるには当然金がかかる。ちゃんと育てるには大学を辞めて就職する必要があるだろう。
当然大学を辞めるなんて言い出せば、親に理由を聞かれるだろうし、その時に説明したら報告が遅いと怒られるに決まってる。
「報告……つまりはご挨拶ですか?」
「五稜さんからすればそうだな」
「女子高生を酔った勢いで襲って妊娠させたから責任をとるってことを報告するんですか?」
簡潔にまとめるとそれで間違いないが……そんなこと報告できるかっ!
「……それについてキミにウソをついてもらいたい」
「ウソですか? 一体どんな?」
「馬鹿正直にそんなことを言ったら、ウチの親父ならオレをそのまま警察のところに連れて行きかねない。それはさすがに困るから、五稜さんは元々オレの恋人で、そういうことをしたらデキちゃったってことにしてほしいんだ」
かなり都合のいいことを言っている自覚はある。だが、襲ったなんて言ったら本当に捕まるかもしれない。
彼女なら……情状酌量の余地くらいは残ると思う。
「それは、まぁ……大林さんが捕まるのはわたしとしても困ります。でも、子供を警察に突き出すような親なんですか?」
「ああ、親父自身が警察なんだよ」
一般人を守る正義の味方だ。中でも親父は絵に描いたような堅物。
不正しようものなら、子供だった親族だって容赦しない。
「警察ですか。それはご立派ですね」
「ああ、立派過ぎてオレはガキの頃から親父が苦手だ。誰かと喧嘩しようものなら、相手の家にまで行って謝罪させられるし、イジメの放任すればオレが親父に無視される」
苦くて嫌な思い出が脳裏に過る。
あれは小学三年生の頃、これは六年生の頃か? で、これが中二で……。
「犯罪を犯せば?」
「法の裁きを受けることになるだろうな」
普通親は子供を守るものだと思うが、職業が警察なだけあって親父は身内でも悪事を見逃せない質だ。
いや、仮に警察じゃなかったとしても、あの人ならきっと同じことをする。
因みに昔聞いた話では、警察がダメだったら自衛官になるつもりだったと言っていた。
やっぱり元から正義マンなんだろうな、親父って。
「わかりました。わたしは大林さんの彼女さん、そういう設定ですね」
「ああ、悪いな。その……ウソでもオレなんかの彼女なんて言いたくないよな」
襲ってきた相手の彼女を装うなんて、嫌で仕方がないはずだ。
「別にそんなことないですよ?」
「…………」
気を遣って……くれているわけではなさそうだ。
五稜さんは小さく小首を傾げている。
改めて思うが、この子の倫理観はどうなっているんだ?
認めたくないが、強姦魔になってしまったかもしれないオレの赤ちゃんを産むと言ったり、彼女のふりを承諾してくれたり……普通じゃない。
施設で育つとこんなにも歪んで育ってしまうのだろうか?
いや、きっと同じ環境で育ったとしても、こんな感性の子は二人としていないだろう。
「それで改めて確認しておくが……五稜さん、キミは本当に妊娠してるんだよな?」
正直言うと確認したかった内容は、そのお腹の子は本当にオレの子なのか? だったが、何度も疑って最終的に本当に自分の子でした、なんて結果になったら目も当たられない。直前で若干質問の内容を変えた。確認している内容は全く別ものだが。
「してますよ。まだ全然お腹は大きくないので実感はないですけど」
五稜さんは背筋を伸ばして、パジャマを捲り上げた。下にはシャツを着ているので素肌じゃない。
とてもじゃないが、そのほっそりとした身体の中に新しい命があるなんて想像もできない――と言っても、オレが五稜さんを襲ってしまった日が約一ヶ月前だから、見た目でわからないのは当たり前だ。寧ろわかるくらいにお腹で出てきてたら恐ろしい話だ。
「これじゃわからないですね……そうだ、少し待っててください」
五稜さんは苦笑いを浮かべると、何か思いついたような表情をし、それから勢いよく立ち上がると、寝室の入り口に置いておるスーツケースの所まで移動する。
そのスーツケースは五稜さんの全財産、全私物が入っているらしい。
慣れた手つきでケースを開けると、中からポーチのような物を取り出し、もう一度
「待っててください」と言うと、部屋を出ていった。
一体何をするつもりだ? とオレは首を傾げて、言われた通り少し待つことにした。
時間にして大体三分経っただろうか。トイレの水を流す音がして、それから間もなく五稜さんが戻って来た。
「これが証拠です」
そう言ってオレの前まで近づいて来ると、何から体温計のような物を差し出してきた。
実物を見たことはない。でも知識として当然知っている。恐らく――間違いなくこれは妊娠検査薬だ。
表面には判定、終了と書かれおり、その枠の中には一本ずつ濃い線が走っていた。
「これって……」
「はい。妊娠検査薬です。今使ってきました」
つまりおしっこ……いや、考えまい。考えませんとも!
「もう何度か使いましたけど、陰性判定は一度もありません」
「陽性だと線が出るのか?」
「はい」
念のために一応確認する。
「陰性だと線は無し」
「はい」
陽性で線が出るなら、陰性だと線は無しだよな。
「陽性ってことは妊娠してるんだよな?」
「はい」
インフルエンザでも陽性なら感染だしな。
「そっか……」
「はい」
オレの質問に五稜さんは全て一瞬の迷いも見せずに頷いた。
しかもにこやかに。
もう疑う余地はない。
五稜さんは本当に妊娠しているんだ!
「じゃ、行くか。実家に」
「はいっ! ご挨拶に行きます!」
なぜか五稜さんは胸の前で拳を握って、やる気満々というか少しウキウキの様子だ。
オレはこんなにも気が重いってのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます