第11話 幼馴染みというには近すぎるんですよ!


 今日の夜ご飯は予定通り手羽元カレーを作った。

 それを二人で食べて、風呂に入った。もちろん別々だ。一緒に入るような関係ではまだないからな。

 ウチにはテレビがないから、たわいない話をして、そこそこに時間になったところで布団の中に入った。

 五稜さんが壁側でオレは床側だ。

 もともとはまだ見ぬ恋人とイチャラブするために無理して購入したダブルベッド。これまでは葵としか寝てこなかったが、ついに別の女の子と一緒に寝ることになる――と言ってもその子もオレの恋人というわけじゃない。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れた。


「あの、そっち狭いですか? こっちは余裕あるのでもう少し寄ってもらって大丈夫ですけど……」

「こっちも余裕はあるから大丈夫だ」


 葵と寝てても十分な広さを誇るダブルベッドだ。葵よりも小柄な五稜さん相手で狭いってことはまずない。そりゃ気を遣って多少間を広くとっているが、それでも問題ない。


「そうですか……なら、何でため息なんかするんですか? わたしと寝るとはそんなに嫌ですか?」

「うん? もしかしてため息の理由が気になったのか?」


 気を遣っていて天井を見上げるように仰向けに寝ているが、首を横に倒して五稜さんの方を向く。

 五稜さんは身体をこちら向きにしていたので、暗闇の中でも外灯の光が部屋の中に入り込んでいるので、視線が合ってしまった。


「はい。一緒に寝るのに横でされると気になります」

「そりゃ悪いことをしたな。でも、五稜さんが原因ってわけじゃない」

「だとしてもです」

「……ただこんなはずじゃなかったって思ったんだよ」


 やや不機嫌というか不満そうな顔をしているので、オレは素直に教えることにした。


「それはわたしの妊娠のことですか?」

「いや、このベッドにはさ、可愛い彼女と一緒に寝る、そんな童貞の願いがあったんだよ」

「童貞って大林さんですか?」


 そう言えばこの子には、オレが童貞だと教えていなかった。葵とそんなやり取りをしているのは聞いていたかもしれないが、ハッキリと話すのは今が初めてかもしれない。

 意外と言いたげに目を見開いていた。オレって五稜さんからしたら非童貞に見えていたのだろうか?


「そうだ。まぁ、キミとその……しちゃった以上はもう童貞じゃないんだろうが、記憶にない以上まだ感覚的には童貞のままだ」

「……そうだったんですか」

「ああ……女子高生にこんなこと聞くのはあれだとわかってるが、キミはどうだったんだ? その初めてだったり……したのか?」


 自分でしておきながら最低の質問だと思う。

 まさにセクハラの発言だ。

 それでも聞いておきたかった。


「わたし……ですか……わたしは……」


 五稜さんは言葉を途切らせながら、やや顔を伏せた。

 やっぱり女子高生に聞く質問じゃなかったのだろう。

 非常に言い難そうだ。


「どうでしょう……想像にお任せします」


 不思議なもので男がそう言うと、お前童貞だなって思うが、女性がそう言うと何だか経験済みのように感じてしまう。

 この違いって一体何なのだろうか?

 濁したのは恥ずかしいからなのか、それとも……。


「それよりも……朝顔さんとは本当に恋人じゃないんですか?」


 すぐに話題を逸らされてしまった。やっぱり女子高生には答え難い質問だったようだ。


「葵と? いや、本当に恋人じゃないぞ、あいつとは」


 ちゃんと否定したはずだが、どうやら五稜さんはまだオレたちの関係を疑っているらしい。


「一緒にベッドで寝るような仲なのにですか?」

「幼馴染みとして寝てただけだ」

「なら、セックスもしてないんですか?」

「だからオレは童貞だって」

「…………」


 まだ信じられないって顔をしている。


「あの……大林さんはどうして朝顔さんと付き合ってないんですか?」

「なんだ、その質問は」

「だって……恋人でもおかしくない距離感じゃないですか」

「確かにあいつとはこの歳になっても仲良くやってる自覚はあるが、それは恋人じゃなくて幼馴染みとしてだ」


 この説明をするのは一度や二度じゃない。

 オレはこれまで高校以降に知り合った、多くの学友たちに同じような説明を何度もしてきた。

 なぜかみんなオレと葵の関係を疑ってくるんだよな。


「恋愛感情は全くないんですか?」

「ああ、ないぞ」

「これまで一度も」

「それは……全くなかったわけじゃない」


 一度オレは言い淀んだ。ここで下手に言い訳しても五稜さんの疑いは深くなるだけだろう。そんな経験は何度もしている。隠さず真実を言っておくべきだ。

 葵は昔から綺麗な子だった。

 男女問わず憧れられて、言いよる男は無数にいた。

 幼馴染みといえど、そんなあいつに好意を抱かないわけがない。


「告白しなかったんですか?」

「……できなかった」

「どうしてですか?」

「する前にフラれたからだ」

「どういう意味ですか?」


 告白してないのにフラれたという状況が理解できないのか、五稜さんは寝たまま首を傾げた。


「別に特別なドラマなんてないし、つまらない話だ」

「それでも聞いてみたいです。何かあったんですか? お二人に?」


 何かあったと言われても何もなかった。

 何もないままにオレはフラれた。


「……寝物語にもならないが、それでもいいなら」

「聞いてみたいです。お二人の距離はただの恋人よりも近いのに、どうして付き合ってないのか」


 五稜さんにはオレたちの関係がそんな風に見えていたのか。

 そりゃ何度否定しても疑い続けるわけだ。


「オレはこれまで五十人の女性に告白して、五十人全員にフタれた非モテの童貞野郎なんだ」

「ご、五十人ですか……それは凄い数ですね」


 いきなりの告白に五稜さんは若干引き気味だった。

 普通五十人に告白なんてあり得ないだろう。

 それだけ心変わりしてるわけだから、この優柔不断野郎と誰もが思うに違いない。


「四月二八日、その五稜さんのことを襲ってしまった日がちょうど五十回目の失恋でな。その辛さっていうのか悲しさってやつを紛らわせるためにメチャクチャ酒を飲んだわけだ」


 その結果、記憶が吹っ飛び、女子高生を襲うなんて夢にも思っていなかった。

 いくら現実逃避をしたかったからって、安易にやけ酒なんてするべきじゃなかったと今では後悔しかない。


「あの酔い潰れにはそんな経緯があったんですね」

「五十回の失恋の始まりは中学一年生からだ。オレが初めて告白した相手は浅野志保っていうクラスメイトだった」

「え? 朝顔さんじゃないんですか?」


 そんな驚く必要はないだろ。オレは葵に告白はしてない、そう言ったはずだ。


「違う。オレが告白した五十人の中に葵は含まれてないぞ」


 どうしてですか? とでも言いたげな目をしている。


「初めて誰かに告白する前に、オレは葵にフラれたんだ」

「……意味がわかりません」

「単純な話だ。オレはかなり分かりやすかったんだと思う」

「わかりやすかった?」

「ああ、周りがわかるほどに葵のことが好きで、いつも側にいた。側にいようとし続けた」


 登校はほとんど毎日一緒、休み時間は常に話しかけ、下校も一緒。宿題が出ればどちらかの家でやり、予定がなければ休日は一緒に遊んでいた。

 それが当たり前だった。


「小学生の頃から多分葵のことは好きだったと思う。でも、まだ子供で付き合うとか恋人とかそういう考えは全くなかった。でも中学生になった時――」

「付き合いたいと思ったんですか?」

「ああ、制服姿のあいつを見た瞬間、惚れ直したっていうか、より一層好きって気持ちが強くなったんだ」


自分で葵のことが好きだと自覚したのは中学生になってからだった。

「大林さんは制服フェチってことですか?」

「そこに食いつくな。今までにない葵に姿が新鮮だっただけだ……と思う」


 断じて制服フェチなんかじゃない。

 中学生の頃からそんな性癖なんて持ってない。


「まぁ、それで時期を見計らって告白しようと思ってたんだが、ある日聞いたんだ」

「何をですか?」

「放課後の教室で女子同士の色恋の話だ」

「盗み聞きはよくないですよ」


 正論だがな。気になるだろ、同年代の異性の恋愛話なんて。それが気になり始めた相手なら尚更。

 万が一にでも葵の好きな人の名前が聞ければ、それがオレならって淡い期待を抱いて何が悪い!


「察するにそこで聞いてしまったわけですか?」

「ああ、クラスメイトが葵に『大林くんって絶対に葵のこと好きだよね? 告白とかされたらどうするの?』って感じに質問してるのをな」

「それは定番のネタですね」


 健全な年頃の子たちなら、当然のようにする恋バナだ。

 オレもドキドキしながら、陰から葵の返答に耳を傾けたことは今でも覚えてる。


「もうわかってると思うが葵は否定してた『ないない、あたしたちはただの幼馴染みよ。恋人とか絶対にないって』って割とガチなトーンで力一杯な」


 それが告白する前にフラれたと主張する理由だ。


「でも、それって朝顔さんの照れ隠しとかってことはなかったんですか? 中学生にもなれば好きな人の話って恥ずかしいものじゃないですか? 恥ずかしくて思わず否定したって可能性だってありますよね」

「もちろんその可能性は考えた。だから試したんだ」

「試した? 何を?」

「葵に恋愛相談してみた」


 もしオレのことが好きなら、態度が少し変わったり、嫉妬したりそういう変化があるかもしれない。

 そう期待してオレはクラスの中でも大人しくて可愛い子が好きになったと、葵にウソを伝えたわけだ。


「もし大林さんのことを好きなら、何らかのリアクションがあると期待したんですね?」

「ああ、でも結果は笑顔で応援されたよ。『幼馴染みの初恋だからね。全力でサポートするから』って」


 実際に葵のサポートの力は凄かった。

 それまであまり話したことのない浅野さんとオレは瞬く間に距離が近づき、すぐに友達と呼べるような関係にまでなった。


「それで朝顔さんはどうだったんですか?」

「浅野さんとの仲介って役割を除けば、何も変わらなかったな」


 不機嫌になることも、疎遠になるようなことは何一つなかった。


「で、流れるように告白して、初めての失恋をした」

「それを失恋と言うんですか?」

「まぁ、初めはウソだったが、話してみると浅野さんマジでいい子で案外可愛い性格してたんだ。普段は言葉数が少ないからわからなかったけど、親しくなった人だけに見せる顔ってのがあってな……割とガチで好きになってた」

「大林さんって優柔不断ですね。好きな人の本心を探るための恋愛相談だったのに本気になるなんて」


 浅野さんがオッケーしてくれたら、当初の目的を忘れて、そのまま付き合っていたかもしれないな。


「ごもっとも。で、ショックで泣いたわけなんだけど、葵は『他にもいい子はいるよ。次頑張ろ』なんて慰めるわけだ」

「それはきついですね。次まで応援されちゃ……」

「だからオレは傷ついた心を癒すために次の恋をすることにした」

「何となくわかりました。それで無限ループに陥ったわけですね」

「まぁ、そういうことだ」

「それでも朝顔さんに変化はなかったと」

「ああ、だから中学を卒業する頃には葵のことは幼馴染みとしかみなくなった」

「それって三年間は様子を見てたってことですか?」


 他の子に告白しながら?――と若干軽蔑気味の視線を向けられる。

 確かにオレのやってたことって女の敵みたいなことかもしれないが、そんな目で見ないでくれ!


「こう言ったらあれかもしれませんけど……フラれて当然です」

「ぐはぁっ……五稜さんストレートすぎ。もう少し変化球でお願いしたいんだが」

「あ、すみません。でも女の子としてはそんな男の人お断りというか、絶対嫌っていうか」

「ぐぅ……だから、ストレートすぎだって」

「本命がすぐ側にいる状況で言い寄られてきても、なんだこいつとしか思いません」

「いや、だから葵のことは――」

「大林さんの本心がどうかなんて関係ないんです。周囲にそう思われた時点でアウトです!」

「……つまりオレがフラれて続けたのは、葵のせいと?」

「全部がってことはないでしょうが、何割かは可能性があると思います。でもそれは朝顔さんのせいではなく、あくまで朝顔さんとの距離感のせいです。幼馴染みというには近すぎるんですよ!」


 オレたちにとっては今の距離感はもう普通というか当たり前のものになっているから、正直そう指摘されてもピンとこない。


「自分に置き換えてみればいいです。大林さんはとある可愛い子に告白されました」

「残念だが、今まで告白された経験は皆無だ」


 いつでもする側だった。


「仮定の話です。現実はどうでもいいんです」

「…………」

「でも、告白してきた子にはとても仲のいい幼馴染みがいて、その人とは手料理を振る舞ったり、一緒のベッドで寝るような関係です」


 まさにオレと葵に関係だ。


「さて、大林さんはどう思いますか?」

「本気なわけねぇだろ。バカするんな!」


 絶対にヤってるだろ!


「それです! それが大林さんに告白された方たちが抱いた感情です!」

「っ……な、なるほど」


 すげぇ、わかりやすかったな。

 え、自分に置き換えるだけで長年フラれてた理由ってこんなに簡単にわかるのか?


「でも、葵とは本当に――」

「それはウソじゃないんだと思います。でも、お二人の距離感はわたしから見ても異常です。なんで付き合ってないのか不思議なくらいに」


 それを説明したつもりなんだけどな。

 確かにオレは葵のことを好きだった時期がある。でも葵にとってオレはただの幼馴染みでしかなかった。

 それを痛感したから、幼馴染みの関係を続けているわけだが。


「オレは葵との付き合い方を間違えたってことか?」

「お二人の関係を間違いだとは思いません。でも、他の女の子と付き合おうと思っていたのなら、悪手だったと思います」


 恋人と勘違いされるほど仲のいい異性が側にいるくせに、何を言っているんだ、こいつは? とオレはずっと思われていたのか。

 二十歳になってようやくオレは五十回もフラれ続けた理由を知ることができた。


「でも、葵はオレの一部っていうか切っても切り離せないっていうか」

「そんな風に思っていながら、なんで告白しないんですか? 正直に言って垂れ流しにしか見えません」

「そんなことは……」

「口でどれだけ否定しても、大林さんは朝顔さんのことがずっと好きっだったんじゃないんですか?」

「…………」


 オレは言葉を無くした。

 とうの昔に葵のことは諦めたつもりでいた。なのに五稜さんにそう言われて否定することができなかった。


 オレが葵のことをまだ好き?

 そんなバカな。あいつのことはもう本当に幼馴染みとしか思ってないはずだ……。


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