第5話 一緒に住みます!

 荷物を取ってくるので待っていてください――そう言って五稜さんはオレたちの前から一度いなくなった。

 昔実際に使われていた汽車が置かれてた、線路沿いにある公園でオレは頭を抱えた。


「どうしてこうなった……」


 責任をとる――そう言ったものの、覚悟なんてまだ全然できてないので、早くも現実に打ちのめされて心が折れそうになる。

 二十歳を超えたと言っても、オレはまだ学生で責任なんてとれるような大層な人間じゃない。

 親に支えてもらってようやく生きてるようなオレが、いきなり親になるなんて簡単に受け止められるわけがない。


「いつもセックスのことばっかり考えてるからでしょ、バカっ」


 葵が容赦なく罵倒してきた。


「というか簡単に責任とるなんて言ってどうするつもり? 大学は? おじさんやおばさんになんて言うつもりなのっ」

「そりゃ……大学はやめて、親には素直に言うしかないだろ、子供ができたって」

「お酒で酔って、見知らない女子高生を襲って妊娠させたって? あの子が警察にいかなくてもおじさんが警察に突き出すかもしれないわよ」

「うぅ……確かに親父ならあり得る」

「話にしてもあの子のことは恋人として紹介して、責任をとるって言わないと大変なことになるわよ」

「そうだな……事情を知ってるわけじゃないんだし、バカ正直に言うこともないか。幸いって言っていいのかわからないけど、あの子はオレを警察に突き出したいわけじゃないみたいだしな」


 あくまで責任をとってほしい――それが五稜さんの言い分だ。


「恋人できちゃうわけだ? 五十回告白したとかフラれたとか言ってたあんたに」

「……そう……なるのか?」


 責任をとることにしたからって、五稜さんを恋人とはすぐには思えないだろう。

 五稜さんもオレと結婚するつもりがあるわけじゃない。そもそも法律が変わって結婚は男女共に十八歳からになった。高校二年生と言っていから、まだ五稜さんは結婚できない。

 結婚もしないで出産なんて安易だと思うが、そこを責める資格はオレにはないんだよなぁ。


「脱童貞したいって言ってたのに、既に童貞じゃなかったと」

「そう……なるな……」

「なにそれバカにしてんのっ?」

「怒るなよ。オレだって記憶ねぇのにっ!」

「怒るわよ! だってあたしは――」


 また何かを言いかけるが、全てを言うことなく葵は言葉を飲み込んだ。

 オレを睨む目には薄っすらと涙が浮かんでいるように見える。


「そもそも本当にあんたの赤ちゃんなの? DNA鑑定とかで事実確認をしてからでも遅くないんじゃないの?」

「DNA鑑定か……いきなりだったから思いつかなかったな」


 果たして今の状態で赤ちゃんのDNA鑑定が可能なのかオレにはわからないが、確かに本当のことを知るには必要なことかもしれない。


「でも……もし親子関係が認められたとしたら、オレは強姦魔ってことだよな」


 正直言って、その事実を認めるのは怖い。

 知らなければ否定することができるが、知ってしまえば認めるしかなくなる。


「そんなこと言ったって、責任とるってことは認めるも同じことでしょ」

「そうかもしれないが、感情的に違うだろ、色々と」

「言おうとしてることはわかるけど、事実を認めないで責任をとるってのは無責任じゃないの?」


 葵の言うこともわかるが、それでも真実を知るのはやっぱり怖い。

 いつの間にか自分が犯罪者になっていたなんて、そんなの嫌だ。


「それに自分の赤ちゃんかもわからない子を、あんた人生かけて育てられるの? 結婚するかは知らないけど、あの子のことだって愛せるわけ?」

「それは……」


 無理だ。

 常にオレの子供かもわからず疑惑の目を向け、どうして自分の子供でもない子を育てなきゃいけないのかと、すぐに限界を迎えるかもしれない。

 その時になってDNA鑑定をしたとして、どのような結果になったとしてもいい未来になるとは思えない。


「悪いことは言わないから、まずは鑑定だけでもしないと、あんたの人生滅茶苦茶になるわよ」

「葵……お前はオレがあの子を襲ってないって信じてくれてるのか?」

「はぁ、そんなの当たり前でしょ。あんたは五十回も告白してフラれた童貞なのよ。いつだって真面目に好きになって本気で告白してきたのをあたしはちゃんと見てきた。それなのにぽっと出の高校生なんかレイプして妊娠させたなんて……可能性としてはゼロじゃないわね」

「あぉいぃぃ、そこは信じるって言いきってくれよ! あと童貞とか余計なこと言い過ぎだ!」

「ちょ、唾飛ばさないで童貞が移る!」

「童貞が女に移るか! そもそもお前だって処女――」

「あぁんっ」

「ごめんなさい、なんでもありません」


 逆鱗に触れたことを察知して、オレは身体を九十度綺麗に曲げて頭を下げる。

 葵はオレと違って彼氏が作れるのに、ずっと作らないで処女のままでいる。オレみたいに告白して惨敗のままの童貞とは違う。

 比べるのもおこがましいよな。


「はぁーとにかくDAN鑑定、あの子にも言ってちゃんとした方がいいって」

「そうだな。でも今の段階でできるのか? 昔なんかの本に羊水で鑑定とかって見た気がするけど、今の状況で羊水なんてあるわけないよな?」


 羊水がどれくらいの頃からできるものかは知らないが、イメージとしてはそこそこ赤ちゃんの形ができた頃だと思う。もしそこまで育ってしまえば、脱胎も不可能な時期になっているかもしれない。

 そんな時期になってからやっぱりオレの子じゃないから――なんて無責任なことオレにできるだろうか?

 

「ちょっと待って…………最近の技術だと妊娠八週から十週程度で母体の血液から赤ちゃんのDNAが採取できて、その配列から父親を判別できるみたい」


 オレがあやふやな知識で首を傾げてる間に、葵がスマホでパパっと調べてしまった。


「もしあの子の言う通りの日がきっかけなら、今は妊娠六週目くらいよね。ならあと二週間、ちゃんと採取できるように四週間は待った方がいいとして、それから結果が出るのが長くても二週間みたいだから、うん、遅くとも六週間後には結論が出るわね」


 葵は独り言のように状況をまとめて、勝手に結論を出してくれた。

 六週間、それでオレが犯罪者かそうじゃないか結論が出る。

 それは嬉しい報告だが、同時に同じくらい気になることを言っていた。


「ちょっと待ってくれ、四月二八日は一ヵ月前だぞ。どうして今が妊娠六週目なんだ? 四週目だろ」

「はあぁぁ、ホント男子ってこういうこと何も知らないのね。セックスがしたいセックスがしたいセックスがしたいって言う割りには、それで生じることを何も理解してない。だからあんたみたいなのは万年童貞なのよ、この童貞っ!」

「ど、童貞を悪口みたいに言うな!」

「悪口よバカ!」


 葵は呆れてしまったのか額に手を当てた。

 なんだ? オレは何か間違ってることを言ったか?

 一ヵ月は四週だよな? そりゃ綺麗にちょうど四週ってことはないだろうが、絶対に六週ってことはないだろ。


「その辺のことは保健体育でも勉強し直しなさい。あんた好きでしょ性授業」

「そりゃ好きか嫌いかって言われたら好きだが……なんで今更」

「妊娠の仕組みを全く理解してないからでしょ、この童貞!」

「こ、このっ、また童貞って言いやがって」


 もし五稜さんの相手が本当にオレならもう童貞じゃないけどな! なんて強がりはさすがに言う気にはなれなかった。

 オレの認識では、まだオレは童貞だし。ここは無意味に強がる場面じゃない。


「あの~公共の場である公園で童貞童貞叫ばない方がいいと思いますよ? さっきから子連れの奥様があなたたちのことを睨んでます」


 背後から急に五稜さんの声がしてきたので、オレたちはビクッと驚いた。

 それから指摘されたので周囲を見渡すと、確かに子連れの奥さんたちがいる。


「……葵、外では慎みを持て、お前みたいなやつでも一応は女だろ」


 オレは気まずくなって逃げるように葵に視線を戻す。


「なにそれ! あたしはどこからどう見ても女よ。知らないわけじゃないでしょ、あたしが告白された回数を!」

「知ってるけどさぁー」

「お二人は仲がいいんですね。確か幼馴染みでしたっけ?」

「あぁ、うん、そうだよ」

「いいですね。わたしも一人だけ仲のいい幼馴染みがいます。姉妹同然に育ってきて親友なんですけど……」


 そこまで言って五稜さんは言い淀んだ。

 気になって顔を向けると、悲しいことでもあったのか複雑そうな表情をしていた。


「……あれ? そのスーツケースはなに?」


 表情を曇らせている理由を尋ねていいのわからなかったので、オレは五稜さんが手にしているスーツケースについて尋ねた。荷物を取りに行くと言っていたので、取りに行ったものがそのケースだということはわかるが、なぜスーツケース? 旅行帰りが何かだろうか?


「わたしの全財産、全私物です」

「随分身軽ね」

「さっき話した通り施設育ちなんで、もともとあまり私物ってないんですよ。一般家庭みたいに好きな物を気軽に買ってもらえる環境ではないので」


 施設がどういう環境か正確なことを何も知らないオレは、そんなもんなのか? と思う程度だった。


「それでどうして全私物を持ち歩いてるんだ?」

「それは……妊娠の件がバレて、親友と喧嘩になってただいま家出中だからです」

「な、なるほど、そりゃ大変だな」

「はい。だから今までは夜は漫喫で過ごしていたんですけど、これからは大林さんのところでお世話になろうかと思いまして」

「なるほど、なるほどな、なる……ほど?」


 うぅん、つまりどういうことだ?


「あなたまさか――」


 オレが理解に苦しんでいると、葵が驚いたように目を見開いた。

 五稜さんは少し恥ずかしそうにはにかんでオレを見上げると――


「大林さんの家に一緒に住みます!」


――とまるで決定事項のように宣言した。


「ちょっとあなた、いくらなんでも色々と急すぎるでしょ! 少しはこっちのことも考えて――」

「幼馴染みのあなたの許可がいることですか? わたしは大林さんの赤ちゃんを妊娠してて、大林さんに責任をとってもらいたいんです。それにいつまでも漫喫生活なんで経済的じゃありませんし、正直長く続けられる余裕はないんです。一日、いえ一時間でも早くやめたいくらいですから」


 漫喫はパック料金を利用すれば宿泊施設と比べると大分安く泊まることができる。だが、高校生の五稜さんからすればバカにならない出費だろう。

 大学生のオレだって、一晩宿泊しただけで数千円と支払った。家で寝ればタダなのにと涙をのんだくらいだ。


「だからって、こいつは一人暮らしなのよ!」

「なら、尚更好都合ですね。親御さんがいたら説明が面倒ですけど、親の目がないなら、それは自由でしょ? あぁ、なんて素晴らしいフリーダム! 施設育ちの子供の憧れですよ!」


 五稜さんは両手を広げ、嬉しそうにクルクルと回る。

 なんていうか、可愛いなぁ。

 これでお腹に赤ちゃんがいるなんて信じられない。


「まぁ、色々爆弾投下されたから今更一緒に住むって言われたくらいじゃ驚かないが」

「あんたそうやって受け身でなんでも頷いてたら、すぐにこの子のお尻に敷かれるわよ」

「尻に敷かれる――」


 葵がそんなことを言うので、思わず五稜さんのお尻に視線が向いた。

 回っているのでワンピースのスカート部分がぶわっと広がっている。


「実際のお尻に敷かれるって意味じゃないからっ!」

「も、もちろんわかってるぞ」


 想像なんてしてないからな。五稜さんのお尻が四つん這いになったオレの背中に乗っている光景なんて一ミリもっ。


「本当に?」


 疑いの目にオレは「ホントホント」と答える

「……とりあえず六週間、DNA鑑定の結果が出るまでの辛抱よ。あたしはあんたのこと信じてるから」

「葵……お前ってやつはホント最高の幼馴染みだぜ」


 オレは思わず葵に抱き着いた。

 もし葵が隣にいなかったら、オレは考えることを放棄して五稜さんが言うことだけを信じて、責任をとろうとして罪悪感に押し潰されていたかもしれない。

 ちょいちょいバカにしてくるが、所々でフォローしてくれているから、何とか思考停止せずに向き合うことができている。


「ちょ、あんたやめなさいよ! これまでこんなことしたことないくせにっ!」

「大林さん、妊娠させた相手をそっちのけで別の女性と抱き合うなんていい御身分ですね。いきなり浮気ですか? まぁ、わたしはいいですけど、責任さえとってくれれば」

「ああ、悪い。ちょっとこれまでにないくらい幼馴染みに感激してな。浮気オッケーなの?」

「変なところに食いつくな!」


 葵が無防備なお腹に拳を叩きこんできた。

 ツッコミがいつも以上に容赦なかった。いつも暴力的なツッコミをしてるわけじゃないが。

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