第4話 産みたいんです!

「う、産むってそれって……」

「あ、あなた襲われたって主張しておいて、その相手の子を産むつもりなの……っ」


 二発目の核爆弾級の発言にオレと葵は声を詰まらせた。


「はい、産みます」


 決意を表明するように、五稜さんは再度ハッキリと宣言する。

 その顔には一切の迷いがない。既に考えて結論を出してから、オレの前に現れたのだろう。


「ふ、ふざけないで! なんでそんなことになるの! あなた仮にも被害者を主張する立場でどうしてそんな結論が出せるわけ! 普通堕すでしょ!」


 バンっと机を叩いて、葵が激怒した。

 オレと五稜さんはその怒鳴り声と机を叩いた音にビクッと身体を震わせたが、五稜さんはその後は全く動じる様子を見せずに、葵を睨みつける。


「命を何だと思ってるんですか? あなたは」

「はぁ、命?」

「そうです。望んで授かったわけじゃありませんけど、ここにいる子は間違いなく一つの命です。それを見殺しにしろって言うんですか?」


 五稜さんは大事そうにお腹を抱きしめる。

 まだ見た目でわかるほどにお腹は膨らんでいないが、確かにそこにいるのだろう。新しい命が。


「見殺しって……好きでもない男に妊娠させられて、産むよりは現実的な意見よ。あなたこそなにを考えてるのっ」

「命を大事にしたい、それだけです」

「それが強姦魔の子でも!」

「それが強姦魔の子でもです!」


 二人の美女が互いに睨み合う。

 これがオレを取り合っての光景ならとても誇らしいけど、そういうわけじゃないので肩身が狭い……というか胃が痛い。

 でもこのままヒートアップさせるわけにもいかない。

 幸い他に客はいないようだが、オーナーに迷惑がかかる。


「二人とも少し落ち着いて……葵、五稜さんは一応身持ちなんだから、興奮させないで」

「なに冷静なフリしてるわけ大和!」

「いや、めっちゃ動揺してるよ。二日酔い以上に頭ぐらぐらだし、悪寒だってする。今にも吐きそうだし、正直帰りたい」

「男の人ってこういう時貧弱ですよね。実際に妊娠してるのは女性なのに、無責任です」

「ええ、全く」


 あれ? 対立してたはずなのに、何か急に意気投合し始めたぞ?


「そもそもあんたが彼女欲しい、セックスがしたいって願望垂れ流してるから、酔ってる間に女の子を襲ったりしたんでしょ!」

「待て、それについてはまだ認めてねぇよ。オレは童貞だ!」


 童貞のはずだ……仮に五稜さんの言う通りだとしたら……なんで覚えてないんだよ、オレ! こんな美少女で脱童貞できたのにもったいなねぇ!

 年下は好みじゃないと言っても、五稜さんほど可愛い子なら全然構わないと思ってしまう。

 その結果がこれじゃ素直に喜べないが。


「まあまあ落ち着きなさい三人とも。事情は知らないが感情的にならないで。ほら、コーヒーをお飲み、キミはミルクティーだ」


 過熱するオレたちの元に盆を持ったオーナーがやってきて、優しい声音と共にオレと葵の前にコーヒーを五稜さんの前にミルクティーを差し出した。

 そう言えばまだ注文してなかったが、これは?

 オーナーはニッコリと笑う。

 サービスってことか? ありがたく飲ませてもらおう。


「……ふぅー、二人とも少し落ち着こう」


 オレはコーヒーを一口含み、ゆっくりと息を吐いた。

 興奮した状況で言い合っても好転するとは思えない。まずは落ち着いて話し合うことが大切だ。


「……そうね」

「…………」


 葵と五稜さんもそれぞれ出されたコーヒーとミルクティーを飲む。

 過熱していた空気が少し静まるのを見て、オーナーは静かに去っていった。


「それで五稜さん、その……赤ちゃんの父親がオレだとして、どうして産むって結論になるのか教えてくれないか? キミはまだ高校生だし、オレもまだ大学生だ。とてもじゃないけどまず子育てなんて満足にできないだろ?」


 産むつもりで責任をとってくださいって、つまりはそういう意味で言ってるわけだよな?

 あまりの急展開にいくらなんでもそんな覚悟はすぐにできない。脱胎の費用を出すならバイトの回数を増やして準備することはできるだろうけど、子育てとなれば話は別だ。


「……わかりました。わたしごとになりますけど、聞いてくれるのであればお話します」

「ええ、聞かせてちょうだい」


 ◇


 わたしは生まれてすぐに施設に捨てられました。

 赤ちゃんポスト、聞いたことありますよね? 育てられない我が子を匿名で捨てることを容認した施設です。

 もちろん育てられないことを理由に、殺したり遺棄するよりはマシだと思いますから、そういう施設があることは大切です。そのおかげでわたしも生きてこられたわけですから。

 生まれてすぐに捨てられたわたしは当然親の顔を知りません。

 血の繋がりを感じる家族が一人もいません。

 もちろん施設のスタッフが親の代わりで、他の児童が兄弟姉妹のようなものでしたが、それでも結局は赤の他人です。中には本物の姉妹のように仲良くしてた子もいますが……。

 それでも捨てられた子供として、家族のいない寂しい日々をわたしは生きてきました。

 そんなわたしに初めて血の繋がった家族ができるんです。

 まだ小さくて、命として認められていないかもしれませんけど、わたしのお腹の中には赤ちゃんがいるんです。

 生まれてすぐに親に捨てられて、まるで最初からいらない子として見捨てられたわたしには、宿ってしまったこの命を見捨てることなんて、見殺しにすることなんてできないんです。

 それが望まずにできてしまった赤ちゃんだとしても。

 好きでもない男の人の赤ちゃんだとしても。

 この子はわたしの赤ちゃんでわたしが血をわける我が子なんです。

 どうして見捨てることができますか?

 幼少期から寂しい思いをずっとしてきたわたしが、赤ちゃんを見捨てるなんて選択できるはずがありません。

 この子はちゃんと産んで家族になるんです。

 血の繋がりのある本物の家族に。


 ◇


「「…………」」


 それほど長い話ではなかったが、とてつもなく重い話にオレと葵はどんな言葉を失った。

 なんて言うか、言葉がでない。

 当然、世の中に親に捨てられる子供たちがいることは理解しているつもりだ。だが、こうしてそういう子が目の前に現れるのは初めてのことだ。

 短い話ではあったが、五稜さんが血の繋がりのある家族に飢えているのはすぐに理解できた。

 それが望んでいなかった命であっても、好きでもないオレの赤ちゃんだとしても、自分を捨てた親のようにはなりたくない――そういう強い意思が確りと伝わってきた。

 痛いほどに、苦しいほどに。

 オレは長いこと彼女を作ってセックスをしたいと思っていたが、セックスは本来新しい命を作る大事な行為だ。

 もちろん今の時代には赤ちゃんを作らないための避妊具があり、快楽のためのセックスをする輩は大勢いる。オレもそれを求めていた一人だ。それを間違いだとは思わないが、覚悟もなく気軽に求めるべきものじゃないのかもしれない。


「わたしはこの子を見殺しにすることも見捨てることもしたくありません」


 五稜さんの瞳は一度も揺るがない。

 誰がなんと言おうとも、けして覆すことのできない決意がある。


「産みたいんです! 絶対に!」

「……つまり、キミの言う責任って言うのは」

「はい、大林大和さん、一緒に赤ちゃんを育ててください」


 まぁ、そういうことだよな、やっぱり。


「それって大和と結婚するってことっ!」

「結婚……とまでは考えてませんけど」


 初めて五稜さんの顔に動揺というか困惑したような色が浮かんだ。

 赤ちゃんは産みたい。でも、それ以外のことはそれほど考えていない様子だ。

 赤ちゃんを一緒に育てるってことはつまりは夫婦ってことだよな?


「でも赤ちゃんを一緒に育てるってそういうことでしょ? 大和に男として責任をとってもらいたいなら」

「けど……わたしは大林さんのこと好きでもなんでもないですし」


 そりゃそうだろう。オレには自覚がないけど、五稜さんからすれば無理矢理襲ってきた強姦魔だ。

 そんな相手を好きになるはずがない。

 本来ならそんな相手の赤ちゃんを産むべきじゃない。


「でも産みたいのよね?」

「はい……」

「…………」


 葵が黙る。

 オレも黙ってる。


「あぁーどうしてこうなったの! あの時大和を一人にしないであたしも一緒にいるべきだったっ? それとももっと早く大和に――」


 葵は頭を抱えて唸り始めたが、何か言いかけたところでまた黙り込む。


「因みにオレが認知しなかったらどうするつもりだ? 実際に記憶がないわけだが」

「レイプされたと警察に被害届を出します。その上で損害賠償と育児費諸々をもらってこの子のことは育てていきます」


 仮にオレが責任をとらなくても、この子は赤ちゃんを産むことに変わりはないらしい。


「警察は……困るな」


 女の子一人を妊娠させといて警察は困るなんて言える立場じゃないことはわかってる。でも、もし本当に赤ちゃんの父親がオレだった場合、オレは性犯罪者として捕まるだろうし、大学は当然退学、どれくらいの罪になるかはわからないがオレに明るい未来が待っているとは思えない。

 そして何よりも親に迷惑がかかる。

 大学まで通わせてくれた親を不幸にするような未来は、オレの人生がダメになったとしてもしちゃいけないことだ。


「覚悟を決めなきゃダメってことか」

「大和……あんたまさか……」

「葵悪いな。こんなダメダメなオレで」

「待って! まだ本当にこの子の赤ちゃんが本当にあんたの子って決まったわけじゃ、そもそも本当に妊娠なんて――」


 葵の言いたいことはわかる。

 オレだって信じたわけじゃない。正直に言えば大分疑っている。

 でもあの日記憶が無くなるほど、泥酔しきっていたことは事実で、漫喫でこの子が隣のブースにいたことは疑いようがない。

 もし全て五稜さんの言うことが本当のことで、警察に被害届を出されたら、オレは言い逃れすることはできないだろう。

 酔っていたから責任能力がない――そう否認したところで通用しないだろう。


「妊娠してるのは本当だろ。慰謝料を請求してくるんじゃなくて責任をとってくださいなんだから」


 もし妊娠してなかったら、そのウソはすぐにばれてしまう。


「五稜さん、酒で何にも覚えてないオレだけど、そんなオレでよければ責任をとらせてくれないか?」


 これが最善だと思う。

 誰にも迷惑をかけることもなく、事を収めるにはこれしかない。


「――はい。よろしくお願いします」


 五稜さんは一瞬驚きと戸惑いの表情を浮かべたが、静かに頭を下げてオレを受け入れてくれた。

 あぁ、大学はやめて働くしかないか。

 さすがに親には申し訳ないが、息子が犯罪者として捕まるよりはマシな選択のはずだ。

 大学をやめること、五稜さんを妊娠させたこと、報告にいかなきゃいけないが……ハッキリ言って気が重い! マジで今にも吐きそう!

 童貞のはずなのに、どうしてこんなことにっ!

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