想いからくる亀裂

花火大会の会場は、人でごった返していた。

「九薬。」

「椎菜。」

浴衣を期待したが、私服だった。

別に構わないけど、けど。

本当は少しだけ残念だ。

長谷野が聞いたら同情してくれるだろうか?

「結構、クラスメイト来てるな。」

「え、そうなの?」

「ああ。」

椎菜は、屋台でりんご飴を買っていた。

「どこで見ようか。」

「俺、いい場所知ってるよ。」

少しだけ足場は悪いが、花火がよく観える高台に連れて行った。

ちょうど、最初の花火が打ち上がる。

「よくこんな穴場知っているな。」

「まあね。」

今日のためだけにどれだけリサーチしたことか。

地図で調べて現地を歩き回って、天候も考えて……その苦労がやっと報われた。

しばらく花火を鑑賞していた。

「夏が終わったら、長谷野さんの知り合いたちに会いに行こうと思うんだ。」

「ああ。ついていってもいい?」

「まだ、付き合ってくれるのか?」

椎菜は、意外そうな顔をする。

「うん、別にいいよ。」

「いつも悪いな。」

「あのさ。椎菜。」

今言わなければいけないような気がした。

「何?」

「好きだ。」

椎菜は固まっていた。

それと同時に、何か腑に落ちたような様子だった。

いたたまれなくなって、

「……ごめん、今言うことじゃなかった。」

どんな気持ちであったとしても、こんなことは椎菜は負担でしかない。

間違えてはいけない選択をした。

でも、後の祭りだ。

「母さんは一般的な親ではなかった。」

椎菜は話し始めた。

「本当に幼いときは私のことを外に出してくれなくなった。」

椎菜は潤んだ目をしている。

「それどころか、私と父さんを関わらせようとしなかった。」 

「……。」

俺はどう反応していいかわからなかった。

ただ、静かに話を聞くことにした。

「最低限との周りの関わりしかなかったんだ。」

「うん。」

「小学生の途中で、母さんに言った。『私も普通に暮らしたい』って。」

あのときそういわなかったから、学校通えなかったかもと笑っていた。

「それ以降、母さんは『普通』にしようと頑張ってたよ。」

「父さんとも話しても怒らないし、友達を家に呼んでも歓迎してくれるし、外泊だってしていい。」

花火の音が遠くに聞こえた。

「父さんも一般的な親じゃなかった。」

「うん。」

「私は母さんの気を引くための道具だった。

 母さんは父さんとは会話をしたがらないし、金にも物にもなびかない。

 私の教育や友人関係のこと、それくらいなら話すんだ。

 父さんはなぜかわからないけど、母さんのことが大好きでたまらなかった。」

椎菜が家族のことを話し始めた時点で、結論はわかっていた。

耳を塞ぎたいが、そんなわけにもいかない。

「……私にとって恋愛は、『重荷』でしかないな。」

椎菜の笑った顔は相変わらず俺にとって魅力的で、それがつらくて仕方なかった。

そういえば、誰かが告白は確認作業って言っていたな。

告白は、想いを通じ合った相手同士がやるものだって。

だとすれば、

「忘れてほしい。」

「……それでいいのか。」

気まずかった。

椎菜は俺のことを心底心配そうにしていた。

「俺は君の親とも長谷野さんとも違う。」

「どういう意味だ?」

「椎菜のだよ。俺は、。」

「わかった。ああ。」

恋愛の本質ってどこにあるんだろうか? 

相手にとって居心地の良い存在であることじゃないか?

俺にとっては、それで間違いじゃない。

椎菜が肩を震わせていたの見ていた。

でも、何もしなかった。

それが、椎菜への気持ちだった。

椎菜のことを誰かに気に入られるための貢物にしたり、理想を押し付けたり、思い通りにいかないことを裏切りと騒ぐ身勝手な人とは違う。

俺は、椎菜に何があったとしても味方でいる存在でいいんじゃないか。

椎菜が背負うものをちょっとでも助けれたらそれでいい。

ただそれだけを願った。









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