訪問
自室に掃除機をかけて、ゴミ箱を空にして、窓を拭いた。
「あんた何やってるの?」
ノックもせずに姉が入ってきた。
「掃除だよ、掃除!」
「そうじぃ?あんたが?」
わざとらしく訝しむ姉。
「今日の午後、友達が来るんだよ。」
「ふーん?それにしてはすごく念入りにしてるね?」
「……悪いかよ。」
「掃除するなら、窓とサッシもしたほうがいいよ。1階に専用シート置いてあるから。」
「そうか、ありがとう。」
「あんたが女の子呼ぶ日が来るなんて思わなかった。」
「……何でわかる?」
姉は笑う。
「念入りに掃除してるから、そうかなって思っただけ。身内の勘。じゃ、頑張って。」
「へいへい。」
その後も姉のアドバイス通り、掃除を終えて椎菜の来る時間になった。
座ったり立ったりと落ち着かない。
インターフォンが鳴り、俺が玄関に行くより先に姉が出ていた。
「こんにちは。あなたが弟の友達?」
「あっ、えっと、はじめまして。これお土産です。」
紙袋を姉に渡していた。
「わ!駅前の有名店じゃない!このケーキ好きなのよね。」
結構、話をしている。
「椎菜。」
「九薬……。」
「じゃ、私切り分けて来るから。」
姉がリビングへ引っ込んだので、部屋に案内することにした。
「さっき人は兄弟?」
「俺の2番目の姉。他にもあと3人兄弟がいるよ。」
「たくさんいるんだな。想像つかない。」
階段を登って俺の部屋に入り、小さなソファーに案内した。
ふかふかなのが気に入ったのか、手で押して遊んでいた。
「それでーー話したいことって?」
「ああ、事件に関わっている人の住所を手に入れたんだ。長谷野さん家で。」
「あ?えっ?また行ったの?」
仮にも首を締めた男が住んだ家に1人で行ったのか?
「そうだよ、手帳を見つけた。この人がチバノさんっていう共犯の居場所もわかるかもしれん。」
椎菜は、印刷した地図を取り出した。
「ここから電車で3時間くらいだし、日帰りで行けそうなんだ。」
「じゃあ、今度の日曜日でも行く?」
指をさす椎菜の顔が近い。
「そうだな。」
髪から花や果物の香りがする。
胸の高鳴りを感じると同時に、何だか椎菜が暗い表情をしていることを気がついた。
「……椎菜、大丈夫?」
「何がだ?」
「暗い顔してるから。」
「そうか?」
自覚がないのかもしれない。
今は、長谷野を失ってしまった寂しさは埋めようがない。
「ケーキ、切り分けたから食べる?」
いきなり姉が部屋に入ると、テーブルにケーキと紅茶、つまめるような菓子を置く。
椎菜は反射的に地図をしまった。
「ありがとうございます。すみません色々と。」
頭を下げる椎菜に対して姉は
「いいの、いいの。ごめんね、急に入って。今から出かけるから。」
「あ、ああ。ありがとう。」
内心、すぐに出て行ってほしかった。
俺の耳元で姉が俺にささやく。
「他の兄弟と母さんもいなくなるから、数時間は2人きりよ。」
「……!」
どうして俺の周りはそんな気を使うんだ?
でも、椎菜にとっては安心だろう。
「じゃ、行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
姉は部屋から出ていった後、椎菜の前にケーキを置いた。
「これ、椎菜が持ってきてくれたよね。食べようよ。」
「ああ。」
二人で無言で食べる。
「美味しい。」
「よかった。」
「九薬は、お姉さんそっくりなんだな。」
「そう?」
顔や容姿は似るんだろうか?
「気を使うところ、とか。」
どうやら姉の耳打ちは聞こえていたらしい。
椎菜がちょっと笑って見せて俺は恥ずかしかった。
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