スペア
「椎菜は、椎菜は殺されるために生まれてきた……?」
俺は怒りで震えた。
「まあ、落ち着いてよ。続きがある。」
長谷野はため息をつく、
「大きな誤算がふたつ。1つは柊は藍蘭に惚れてしまったこと。」
「……?」
「柊が藍蘭といる間に何があったのか、俺はよく知らないけどとにかく藍欄のことを気に入ってしまってな。」
長谷野は思い出話をするように言う。
「5年間借金返さなかったくせに、利子分含めて金持ってきてこれで藍蘭を売ってくれと言ってきた。」
長谷野はため息をつく、
「子供がいるなら藍蘭がこの家にいる理由はないだろって、俺はともかくチバノは賛成して藍蘭を柊に渡した。
さすがに藍蘭を勝手に渡したのは許せなかったけど。まあ、終わったことは仕方がない。」
「……。」
「その後、藍蘭を振り向かせるためだけに椎菜を取り返しに来る始末だった。」
「振り向かせるため?」
「そ、柊は藍蘭のことを愛しすぎてる。ゆえに藍蘭以外は邪魔な存在ーーそれが実の娘であってもだよ。」
呆れた顔をしている。
「柊に取って椎菜は藍欄を振り向かせるためだけの道具。」
嘲笑する。
「ま、当然藍蘭は柊を許さないけどね。」
「もう1つは、俺は椎菜に興味が持てなかったこと。」
「……え。」
「藍蘭は3歳になるまでこの家で育ててたんだ。その間俺は椎菜にはノータッチでいた。」
パラパラとアルバムをめくる。そこには庭の手入れをする藍蘭とその横で遊ぶ椎菜がいた。
「藍蘭は椎菜と引き離されるまで、ずっと面倒を見てたし俺がいないところでは笑うことも多かったらしい。」
事実を淡々と述べる長谷野。
「椎菜は結局5歳ここから完全に去った。それからはずっと会ってない。」
お茶を一口すすると、
「2年前のある日、椎菜が一人でうちに来た。」
「それまでは関わらなかったのか?」
「柊との約束で、藍欄とは関わらないことはもちろん椎菜のことも詮索しないことが約束だった。」
「そう、か。」
「椎菜は家にあった写真2枚からここまで辿り着いたらしい。相当苦労したんだと思うよ。」
長谷野は椎菜から受け取った写真を見せてくれた。
幼い椎菜が道路の前で猫と遊んでいる写真と屋敷の前で笑っている写真があった。
「椎菜は君と同じ質問してきたよ。自分の父親は俺なのかってーーもちろん、今した内容を説明したけどね。」
「椎菜は納得したのか?」
「話自体はね。それから藍蘭や柊のことを聞くために定期的にうちに来るようになった。」
「そこで色々と教えた?」
「うん。柊の借金のこと、藍蘭の足のことーーなぜ藍蘭を監禁していたのか、事件自体の動機以外は大体話したよ。」
「……樋井一家放火事件のこと、ですか?」
そういえばお茶なかったねと、長谷野は立ち上がりケトルに水を入れた。
「珈琲と紅茶どっちがいい?緑茶もあるけど。」
「緑茶で。」
渋いねーといいながら急須にお湯を注ぐ。
「はい、熱いから気をつけて。」
長谷野はそういうと自分も飲み始める。
「美味しいですね、これ」
「いいところのやつだからね。ーーで、なんの話だっけ?」
「樋井一家放火殺人事件のこと。」
「あーうん、主な実行犯は俺とチバノ。直接、間接問わず手伝ってくれた人らが何人か。」
「……椎菜の母親がここに監禁されることになった事件?」
「そ、あのとき誘拐してからずっとここにいる。」
穏やかな口調ではあるが、力がこもっていた。
「殺したはいいんだけど、藍蘭だけ隠れてたもんだから……引きずって連れて帰って。バラすつもりだった。」
多分、ここでのバラすは藍蘭のことを刃物か何がで両手両足を切り捨てるつもりだったんだろう。
「持って帰ってみて思ったんだよね、俺コイツ殺したあとどうしようって。」
「どうしようとは?」
「10代からずっと復讐することだけしか考えなかったんだ、今更どう生きればいいんだって思って。まー、俺もハタチになったばっかりだったしね。」
「……。」
20になったばかりであんな事件起こせるんだ。
「藍蘭は、俺のことは知らなかったし関わりもなかった。でも、アイツを痛めつければつけるほど安心するんだ。ーー藍蘭の両親を殺したときの高揚感とか」
椎菜の母親は完全に無関係だったにも関わらず酷いことをされていたのか。
「お茶、もう一口いる?」
自分の湯呑に注ぎながらたずねる。
「あ、はい。」
こんな話をしているのに、長谷野は至って普通だった。
会話をしながら俺にお茶を勧める、会話の内容は異常だったが、それ以上何もわからない。
一体何がこの人を歪ませたんだろう。
「あれっ?」
視界が揺らぐ。
目の前がぐらぐらと歪んでいく。急激な眠気のせいでおかしくなりそうだ。
「話は変わるんだけど、君は学校で『怪しい高校生バイトには気をつけましょう』って聞いたことがないの?」
「あっ……。」
長谷野は俺の様子に気がついてーー。
「うちの湯呑はさ、食器棚の1番左にあるものだけ特別な薬を塗ってるんだよね。ちょっと眠くなるだけなんだけど。」
にっこりと笑ったのを見て、俺は倒れた。
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