第286話 うん、まあこれも総督のお仕事らしい(ナニカチガウ……)
「モーデル大将、その希望者達は”宗派の違い”をわかっていると思うか?」
「宗派の違い? というと?」
「サンクトペテルブルグの正教は、あくまで独立教会の”サンクトペテルブルグ正教”であって、ロシア正教
ああ、フォン・クルスだ。
なんか最近やたらとそこかしこでエンカウントする気がするハイドリヒが、南方軍集団の参謀長を連れ立ってやってきた。
戦争は良いのか?と聞きたくなったが、どうやらモーデル大将のお悩みは、その戦争がらみ……ソチを無血開城させたのはいいが、31万人のロシア人が信仰の自由を求めてドイツへ亡命、サンクトペテルブルグへの移住を希望しているらしいってことだった。
まあ、ドイツはユダヤ教しか(表向き)弾圧してることにしかなってないし、史実と違って別にカトリック、プロテスタント、正教会などに公的には特にこれといった手を出していない。
流石に戦争への協力は要請しているがそれはごく弱い圧力(ふんわりとした要求)で、断ったとしても「○○教会に断られたという事実」を公表するだけで、それ以上のペナルティはかしていない。
後の判断は官報以外の民間報道や国民の判断に任せるという感じだ。
んで暴力事件とかまで起こすのは大抵は思考が先鋭化し過ぎてつける薬の無くなったナチ党の下っ端か、古典的なナチズムの信奉者……ナチズム原理主義者みたいな輩だ。無論、そういうのは取り締まり対象になる。
ぶっちゃけ今のドイツの国家運営にとり、ナチズム過激派ってのは邪魔なだけだし、丁度良い口実にもなっているのだろう。
ドイツ政府としては、戦争しているのに国家に非協力的ってことで信者離れしようが知った事ではないというスタンスで、関係ないように聞こえるかもしれないが、今のドイツは「良心的兵役拒否」なんて物は存在しなく、教会での奉仕・福祉活動を兵役の代わりにするということもない。
まあ、つまりはドイツは「信仰の自由」を公言してるわけでは無い。かと言って別にそれを全否定しているって訳でもない。
(サンクトペテルブルグでは信仰の自由を明言しているが……)
他にもロシア人がドイツではなくわざわざサンクトペテルブルグを指定した心当たりもあるっちゃある。
無論、戦争してる最中のドイツじゃ居づらいってのもあるだろう。
だが、他にも……
・ドイツはロシア革命で反共産主義だったいわゆる”白系ロシア人”が確固たるコミュニティを築いてる
ってのがまず大きい。彼らは現役だけでなく
捕虜だけでなく亡命者も”一度でも赤化したロシア人”を受け入れようとはしていない。一種の近親憎悪に近い感情を拗らせている感じだ。
あと、白系ロシアンスキーってのは「自分達こそが”
俺に言わせれば”扱いにくくてしょうがない連中”なんだよ。
ほら、前にハイドリヒに「配下にするなら赤白どっちだ?」と聞かれたことあったろ?
即決で赤って答えた理由がこれさ。
確かに俺は前世込みでアカは大嫌いだが、かと言ってシロなんて入れた日には、日々主導権巡って政治闘争になるのは目に見えていたからな。
そんな状況じゃ、出来る仕事もできなくなる。
(いつかは白系の有効利用法を見つけにゃならんのだろうけど……)
俺に敵意を向けてるくらいならば構わんが、不穏分子化して国内で討伐とか無駄以外の何物でもないからな。
加えて、ドイツ本国では正教会の信徒が少ないんだよ。
確か人口の2~3%くらいだと思った。
元々ルターの出身地がドイツだったせいか、他の欧州諸国よりもプロテスタント比率が高いのが特徴だな。
そう言えばアメリカの”ピューリタン”ってのもプロテスタントではあるんだが、ありゃ出所は英国国教会アンチのカルヴァン派、イギリスからの放逐組で広義な意味でのプロテスタントって感じだ。
そして、アメリカ以外ではあんま聞かないピューリタンの成れの果て”
そうなってくると、ロシア人がサンクトペテルブルグを目指すってのもわからなくはないが……
「モーデル大将、その亡命希望者達が”
「その、浅学ゆえによく理解できないのですが……」
あー、軍人さんにはそりゃ馴染みの薄い話だよな。
「まず、正教会ってのは”一国一教”の独立教会の原則ってのがある。そして、端折っちまうがロシア正教ってのは帝政ロシアの国教で、同時に帝政ロシアの消滅と同時に潰えたと、公式的にはそういう見解なのさ」
「えっ?」
「考えてもみてくれ。帝政ロシアの後釜は、神殺し宗教全否定の共産主義者国家のソ連だろ? 実際、現在進行形で聖職者や正教徒を弾圧してるし、結果として正教会としての機能は喪失している……」
少なくともそれが”公的な見解”で、
「そういう”建前”があったからこそ、サンクトペテルブルグ正教会は生まれたんだよ。ロシアが健在なら、サンクトペテルブルグ正教は生まれなかったのさ」
「それはつまり……」
理解してくれたようで何よりだ。
「帝政ロシアが既に滅びた以上、ロシア正教も公的には
これが本来のソ連のスタンスなんだよ。
「故にサンクトペテルブルグの正教徒は必然的にサンクトペテルブルグ正教徒になっちまうのさ。それを理解してるのかって話さ」
***
別に正教徒からカソリックに宗旨替えしろとかって話じゃない。
だが、見上げる十字架が八端十字架ではなく”蒼い花十字”になるってことだ。
あの長老たちが「滅んでしまった国の国教」の再興なんて認める訳はないし、それを認めると……
「サンクトペテルブルグ正教ってのは、既にギリシャ正教(東方正教会)からもコンスタンティノープル主教からも独立教会として承認されている」
今更だが、なんでドイツ正教ではなくサンクトペテルブルグ正教として申請して認められたんだろうな?
いや、コンスタンティノープルやアレクサンドリアみたいなケースもあるしなぁ。
(しかし、ギリシャとトルコとエジプトって、見事に日英に所縁のあるとこばっかだねぇ)
まあ、
「正教徒であることは何の問題もない。だが、”ロシア正教の復活”ってのは無理だ。その辺りを理解した上でサンクトペテルブルグへの移住というのなら、無論、可能だ」
「それを私から説明するとなると……」
ああっ、モーデル大将には難しいだろうな。
実直な軍人っぽいし。
宗教がらみの話ってのは厄介だったり、面倒だったり、生臭かったりする事が多いんだ。
宗教に限らず、哲学や思想なんかもその傾向があるが。
そして、拗らせるとどこまでも拗れていくのも特徴だ。
理性でなく感情が絡むと特に。
(そもそも理性的なら宗教テロなんて起きんだろうしなぁ~)
知ってるか?
狂信的宗教テロってのは、本質的には神へ近づく手段、信仰の一環なんだぜ?
例えば、自爆テロで死んだ人間を”殉教者”に仕立てちまう辺りにそれが現れているだろ?
(はぁ~、仕方ねぇ)
「モーデル大将、俺はサンクトペテルブルグから動けんからソチの政治面と宗教面の代表者、指導者か最低でもその代理人を連れて来てくれ」
「えっ?」
「これも総督の責務だ。四大聖堂主教をサンクトペテルブルグ正教の代表として交えた席で俺が状況を説明する」
四長老爺様たちに全部押し付けるのは、なんか違うしな。
「これで”また”、軍部に”貸し”を作れますな?」
「取り立てる予定のない貸しなんざ、いくら作っても仕方あるまいに」
というかハイドリヒ、なんでそんなに楽しそうなんだよ?
「この一件、頼みますよ。枢機卿猊下」
お前、そろそろ張り倒すぞ!
……いや、なんか確実に回避されそうな気がするが。
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