第283話 ノヴォロシスク、オリョールの戦い。おまけでメドヴェージェフの森とか




 さて、サンクトペテルブルグがまだ”レニングラード”と呼ばれていた頃、ソ連全来の電力の8割近くがレニングラードとその周辺の発電施設で賄われていたという逸話がある。

 そして、それらの発電設備の半分以上が稼働状態にある。

 その為、サンクトペテルブルグは非常に電力が豊富だ。

 なんで半分だけなのかって?

 都市攻略戦の時に破壊され、修復不可能と判断された……ってのもあるが、実際は設備が古すぎて非効率。耐用年数から考え解体して新たな発電用タービンを組んだ方が良いってのがままあったのだ。

 実際、その対象となったのは小規模発電所が多かったりするのだが。

 

 ああ、フォン・クルスだ。

 現在、サンクトペテルブルグの発電所関係で集中させているのは修復不可能とされた発電所の撤去と、それが終われば新しい火力発電プラントの設置だ。

 ゆくゆくはサンクトペテルブルグでも発電関連の機器を製造したい……ぶっちゃけ水資源豊富だし水力発電所とかガスタービン発電機とか作りたいが、今は軍需生産にかなりのリソースを割り振っている為、開発を行うにしてもおそらく戦後になるだろう。

 俺としては、サンクトペテルブルグを「軍需生産拠点」のままで終わらせたくないのが本音だ。

 戦時中は兵器のマーケットに事欠かないが、いつまでも戦争を続けられるほど国家というのは経済基盤が強くはない。

 永遠の闘争というのは、おとぎ話の中だけの話だ。

 何しろあの大国アメリカでさえ、戦費に音を上げるんだぞ?

 そういう訳で、今はドイツの電力インフラに一応の解決を見たシーメンスや友好関係のあるボルボに新規発電設備一式の見積もりを出してもらっている。

 

 とはいえ、現状でも復旧ないし拡大しつつある工業に対し、かつてソ連全域(特にモスクワ)に給電していた電力を全て”サンクトペテルブルグ特別行政区”で使えるために電力供給量自体は潤沢で、こうしてクリスマスまで1ヶ月ほどになったサンクトペテルブルグ市内にもどこか手作り感あふれた色とりどりの電飾が輝くようになっても影響は出ていない。

 しかし、電力というのは余剰があるに越したことはない戦略物資・・・・だ。

 特に現代の兵器製造には、非常に多くの電気を使う。その典型がアルミの精錬だ。

 

 さて、それはさておき……

 

「ノヴォロシスクとオリョールが陥落したか……良いペースだ」

 


















************************************















 史実においてノヴォロシスクは、戦後ソ連において”英雄都市”として認定された。

 その理由は、1942年にドイツ軍に街の大半が占領されるも、1943年にソ連軍に奪還されるまでの間、ソ連水兵の小部隊により225日にわたって街の一部が死守されたからであるらしい。

 だが、この世界線では……

 

「ハハハハハッ!! 防御陣地や抵抗拠点など街の区画ごとまとめて吹き飛ばせっ!!」


 ドイツ黒海艦隊第2部隊提督、フランス生まれのジャン=ジャック・ブーサン少将は本日も上機嫌だった。


「大将大将、あんま適当にぶっ放してると、帰ったら司令官殿よりお小言ですぜ」


 とまあ、史実では存在しなかった”ドイツ黒海艦隊”の元フランス戦艦4隻による釣る瓶打ち(撃ち)に始まり、空軍の爆撃と陸軍の重砲砲撃というこの時代では先進的な、ドイツ軍では珍しい陸海空のコンバインド・バトルによりノヴォロシスクは物理的に瓦解させられた。

 

 海軍の歩兵部隊が守りを固めていた街の一区画も、流石に半徹甲榴弾の前には意味をなさなかったらしい。

 結局、彼らは225日どころか、その10分の1にも満たない時間しか維持できなかった。

 それほどまでに史実のドイツ軍と比べ、火力が圧倒していたのだ。

 

 ちなみにノヴォロシスクは、史実ではソ連がプロパガンダででっち上げた”英雄都市”の一つに数えられている。

 ”英雄都市”というのは「大祖国戦争においてドイツ軍の侵略に対して激しく抵抗し、傑出した英雄的行為を見せたソビエト連邦の都市」という名目で12の都市が選出されたが、今生では1942年11月末日の時点でドイツ軍の手に落ちていないのは、12都市中3つだけだ。

 具体的にはモスクワ、スターリングラード、トゥーラだが……この3都市、いずれもドイツの地上侵攻は受けていない。

 モスクワは空爆でクレムリン宮殿と官庁街が物理的に大炎上したが、残る2都市は地上軍はおろか見たことあるドイツ軍機は時折飛んでくる偵察機ぐらいという有様だった。

 

 

 

 そして、更なる悲劇がソ連を襲う。

 モスクワ南部にある”オリョール”がドイツ軍の奇襲で陥落したのだ。

 ソ連はドイツは黒海沿岸に全力を傾注していると考えていた。

 確かにそれは間違いない。

 何しろノブゴロドの守備隊や国内の機甲予備兵力を抽出して攻め込んだのだ。ただし、”ドイツ南方・・軍集団”が、である。

 だが、スモレンスク(史実ではここも英雄都市だった)の防衛戦で、ソ連軍の被害に比べれば微々たるものだが、それなりの出血を強いられた”ドイツ中央・・軍集団”だが、別に侵攻を自重するほどのダメージを受けたわけでは無い。

 

 加えて、確かにベラルーシはソ連のシンパや共産ゲリラの巣窟じみた場所ではあるし、サボタージュやテロを企てるものが後を絶たない危険地帯ではあるのだが……ゲリコマ対策部隊と正規の侵攻作戦用の機甲部隊が同じである筈はない。

 そもそもゲリコマ狩りで一番活躍してるのはNSRのスコルツェニーなどに代表される各種特殊任務群、パンヴィッツ将軍率いる第1コサック騎兵団、クラスノフ率いる”ドン・コサック騎兵軍”だ。

 あと加えるとすれば憲兵隊だろうか?

 彼らは職業柄、あるいは歴史背景的に非正規戦・非対称戦の対応が妙にうまかった。

 そして、治安活動を彼らに任せる形でブリャンスク方面の西方、そしてクルスクを迂回しての南方の2方面から完全装甲化された正規軍が攻め込んだのだ。

 如何にヴォルガ川ラインに防衛線を下げたと言っても、モスクワへ直接つながる要所にしてはあまりにあっけない戦いの幕切れだった。

 いや、それを言うならノヴォロシスクも同じかもしれない。

 ノヴォロシスクは本来、軍港としての機能も有していた(だから海軍歩兵が陣取っていたのであるが)ので、本来なら強固な防衛を固めるべきなのだが……

 

 

 

 実はドイツ人が知らない事実ではあるのだが……こうもあっさりノヴォロシスクもオリョールも陥落した遠因は、「スモレンスク防衛戦」におけるソ連の大消耗とクレムリン炎上による政治的混乱が尾を引いていたのだ。

 確かに兵員の数自体はいたのだ。無論、国内戦争難民で慌てて穴埋めしたような部分はあるからお世辞にも練度は褒められた物では無かったが……

 だが、不足していたのは兵隊の練度だけではなく、武器・弾薬・食料が全体的にそうだった。

 

 そう、本来なら運び込まれ、備蓄されていなければならないはずの物資が届いていなかったのだ。

 特にノヴォロシスクではそれが顕著だったようだ。

 

 

 

***




 だが、オリョールが陥落した事で、後に政治的影響を残す事件が発覚する。

 オリョール近郊の”メドヴェージェフの森”で、200体近い無造作に埋められていた遺体が発見されたのだ。

 ソ連、いやスターリンは「たかが・・・200名を粛清」なぞとっくに忘れていた。大粛清で殺した数を統計学と言い切る男らしい話である。

 

 だが、これはドイツ人も流石に罪を問うことはなかった。

 なぜか?

 それは、「ロシア人がロシア人を殺した」という事実だけにとどまらない。

 そこで死体になっていたのは、ただの市民ではなかったのだ。

 その主だった者はオリョールにあった刑務所の囚人、「反革命犯罪などで服役していたはずの政治犯・・・」だったのだ。

 そこには、トロツキーの妹やスターリンの同胞であるが、最終的に”政敵になるかもしれない・・・・・”著名な共産主義者、社会主義革命党中央委員会の元メンバーや大学教授、開業医なども含まれていた。

 その罪状は、「敗北主義的扇動を行い、破壊活動を再開するために逃亡を準備しようとしていた」……完全に濡れ衣である。

 ちなみに提案したのは、またしてもベリヤだったりする。スターリンといいエジョフといい、ホントに粛清と称して自国民殺すのが好きな連中である。

 つまり、彼らはドイツ人が「オリョールに攻め込んでくる」という事象にかこつけて、”粛清”されたのだ。

 いわゆる同胞殺しの”メドヴェージェフの森の虐殺”が世に晒された瞬間であった。

 



 もっとも”虐殺”と銘打ったところで、ソ連が「政治犯を法に基づき前倒し処刑しただけだが、何か?」と開き直ってしまえば所詮は内政の問題なので、わざわざ他国民であるポーランド人を連行して殺した”カティンの森”と違い杉浦千景率いる戦争犯罪調査チームが出張ってくるような話ではなく、専らドイツがソ連の国内向けにばら撒くビラに記載するプロパガンダのネタが一つ増えた程度の話であるが。


 事実、犠牲者の質が問題なだけであり、量は「ソ連の粛正にしては少ない。いつもの”面倒だから皆殺し”ではなく、一応は選んだのか」程度の認識であり、影響があったのは犠牲者の支持者がいたソ連だけで、戦後も含めてこの一件を非難する他国政府は無かった。

 

 
















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