第280話 アハトアハトはドイツの魂という概念




 それは、北方特有の短い秋が終わりの気配を見せ、そろそろ早く到来して長く続く厳しい冬の気配を感じるころ……

 

 

 

「えっ? 現行の”アハトアハト”の量産終了ってマジ?」


「ええ。”ランゲ・アハトアハト”への生産移行の準備が整いましたので、そちらにシフトすることが本決まりになりました」


 マジかぁ~。あっ、フォン・クルスだ。

 あー、ちょっと説明するな?

 ”アハトアハト”ってのはドイツ語で”88”、この場合は”口径88㎜の大砲って意味だ。

 そして、現在のドイツ軍でアハトアハトと言えば、普通は”FlaK18/36/37”系列の高射砲の事をさすんだ。

 史実では、バルバロッサ作戦発動時のドイツにはまだ長砲身75㎜砲搭載のIV号戦車やそれに匹敵する威力の野砲はなく、この高射砲の徹甲弾を用いた水平射撃だけが、T-34を正面から撃破できる唯一の方法だった。

 そのFlak36を戦車砲に転用しようとして、その車体として開発されたのが史実のVI号戦車s型”ティーガーI”ってわけ。

 もっとも前世のティーガーIってのは、開発自体はT-34ショック以前から始まっていて、対戦車戦より重防御陣地突破用のジャガーノートとしての役割を担わせる重戦車ってのが起源なんだけどな。

 

 だが、今生だとバルバロッサ作戦発動時にはT-34を正面から撃破できる長砲身75㎜砲搭載のIV号戦車や、それと砲弾を共用する長砲身75㎜の野砲(対戦車砲)や、IV号戦車と同じ主砲を持つ対戦車自走砲や突撃砲が必要数、大抵どの部隊でもT-34に対応できるよう配備されていた。

 その為、88㎜Flakの戦車砲への転用は消滅し、ドイツ軍の次期主力戦車のV号戦車には史実通りに75㎜70口径長砲が採用されたようだ。

 もっとも高射砲部隊の地上自衛用と称して、対戦車用の88㎜徹甲弾や高速徹甲弾がきっちり開発され、緊急用砲弾配備されているのは、如何にも今生のドイツらしい。

 実際にレアケースではあったが、KV-1やKV-2なんて重戦車と遭遇した場合は、アハトアハトにお出まし願うなんてこともあったようだ。

 

 

 

 さて、今生では今まで高射砲一本鎗で来たアハトアハトだけど、史実でもそうだった通り、そろそろ航空機の高性能化により性能不足が危惧されるようになっていた。

 そこでより長射程・高威力の88㎜砲が求められるようになった。

 いや実際、105㎜とか128㎜級のより長射程・高威力の高射砲は開発・生産されているんだけどさ、やはり大口径な分大きく重く、88㎜のような機動砲じみた運用や使い勝手とはなかったようなんだ。

 だから、ドイツは従来のアハトアハトの性能を強化した純粋な後継モデルを欲したって訳。

 それが”Flak41/88㎜高射砲”だ。

 シュペーア君が言った”ランゲ・アハトアハト(=長い88)”の通り、砲身が56口径長→74口径長と長砲身化されている上、より大きな薬莢を使うようになっていた。

 だが、この史実のFlak41がまた曲者で、後に同じ長砲身88㎜砲として開発されたティーガーⅡやPaK43の88㎜砲とは砲弾の互換性が無かった。

 わかり辛いから史実のデータをまとめてみるな?

 

 ・FlaK18/36/37;88㎜56口径長砲、薬莢長571㎜(ティーガーIの主砲弾と共通)

 ・Flak41/88㎜74口径長砲、薬莢長855㎜

 ・Pak43/88㎜71口径長砲、薬莢長822㎜(ティーガーⅡの主砲弾と共通)

 

 とまあこんな具合だ。

 ただ、シュペーア君によると今生のヒトラーは、長砲身75㎜砲の時もそうだったように「同じような性質の砲弾を複数用意する無駄」を嫌い、長砲身88㎜砲の薬莢は、822㎜のそれに統一するそうだ。

 というか史実の88㎜Flak36同様に高射砲、戦車砲、野砲は砲としての基本部分は可能な限り共通にし、周辺装置でバリエーションを加える、形式的には「開発が先行していた高射砲をベースに戦車砲や野砲を開発する」って感じになるらしい。

 まあ、実際には並行開発っぽいが、これも総統閣下はお得意の「製造の合理化」の一環であるらしい。まあ、1門の高性能砲より100門の標準的な砲という発想はよく理解できる。

 という訳で今生のFlak41は史実のクルップ案(Gerät58)に近い、822㎜薬莢の71口径長砲として完成することになる。つまりそれは、現行の571㎜サイズ薬莢のアハトアハト薬莢は時代遅れになっちまったという訳だが……

 

(勿体ないな……)


 あれ、戦車砲に転用するとかなり使い勝手が良いのに……んん?

 

「シュペーア君、たしかイタリアから来た90㎜高射砲の開発チームって、持ち込んでた高射砲の戦車砲への改造はできたけど、製造設備の確保で頭抱えてたって言ってたよな?」

 

 そうなのだ。

 試作砲は完成して、リグに固定しての試射では中々の性能を叩きだしたのだが、いかんせんイタリアから完成品である高射砲や治具の持ち出しはできたが、当然、製造設備自体の持ち出しは移動不可能で出来なかった。

 Mc205Bみたいな戦闘機開発の場合は、エンジンやら何やらの主要部品がドイツ製(オリジナルもドイツのライセンス生産品)であるために問題なかったし、そもそも航空機用アルミ合金の超ジュラルミンとかはドイツの方が品質が高い物が入手できる+似たような液冷エンジンの戦闘機作ってた”メッサーシュミット・スキャンダル”で冷や飯ぐらいになっていた旧メッサーシュミット社のレシプロ戦闘機開発チームや製造マネージメントグループの合流があったから、スムーズに開発から生産まで移行できただけだ。

 実際、旧メッサーシュミット社が保有していたレシプロ戦闘機用の一部の製造機材なんかも分解してサンクトペテルブルグに運び込まれたってのも大きい。

 

「なあ、シュペーア君……余剰になる現行アハトアハトの製造装置一式とか治具とかをサンクトペテルブルグに移設することは可能か?」


「可能不可能であれば、可能ですね。実際、一部の高射砲製造施設はランゲ・アハトアハトに生産を移行してますし」


 ふ~ん、なるほど……

 

「シュペーア君、イタリア人の高射砲……いや、”戦車砲研究開発チームスクアドラ・カッロ・カノーネ”に臨時招集を伝えてくれないか?」




***




 集めたイタリア人のグルッペ・カッロ・カノーネ、戦車砲開発チームに事情を説明する。

 ボトルネックになっていた生産に関して目途が立ったが、その製造機材は現行88㎜Flakの物だという事。

 無論、メリットはある基本的な製造設備はすぐに入手できるし、前出の野砲やIV号戦車で十分に対処できたために(前世に比べて)あまり使用例はないらしいが、88㎜砲用の対装甲砲弾、徹甲弾(APCBC)や高速徹甲弾(APCR)が開発され、さほど数は多くないが非常用砲弾として高射砲部隊に配備されていた。

 その為、近々に量産できるのはドイツの88㎜高射砲を改設計した物か、あるいは別のプランとしては88㎜高射砲の製造機材を設定を変更して現在の90㎜砲を製造できるよう改修する方法もある……その旨を伝えると、

 

枢機卿猊下Cardinale(カルディナーレ)、何を悩む必要があるのです? 一番手っ取り早いのは、ドイツ製のアハトアハトを戦車砲に作り変えることでしょう。誰がどう考えても」


 イタリアはカソリックの総本山だけあって、総督というより馴染みが深いらしい枢機卿(枢機卿とは本来、カソリック独自の役職だったし)という呼び名が定着してしまった。


「いや、しかしな……せっかく諸君らが努力し、イタリア製のDa90/53高射砲の戦車砲転用を研究開発してもらったというのに、それを考えるとな……」


 なんか努力を不意にするようでさ。


「何を言ってるんです? そんなこと気にする必要はありません」


 と開発チームリーダー。

 

「高射砲を仕立て直すノウハウやメソッドは得た。なら同じ方法でドイツ製の高射砲を戦車砲に仕立て直せるんじゃないですか? しかも、対装甲用の高性能砲弾まで開発済みとは至れり尽くせりだ」


 リーダーはニヤリと笑うと、

 

「それにドイツ製のアハトアハトには前から興味があったんでさぁ。それを弄れるなんざぁ実に技術的興味をそそられる。なあ、みんな!」


 そして、同意を示す開発チームの面々。

 

「枢機卿猊下、結局、間に合わない兵器なんざぁ意味がありません。ご配慮いただいたのは大変嬉しいですが、俺たちの心情なんかどうでもよろしい。現実的にすぐに生産できる強力な戦車砲候補があるのなら、そっちに開発を集中すべきでさぁ」


 ……国籍を問わず、俺は良い部下に恵まれているな。つくづくそう思う。

 

「分かった。諸君らがそう言うなら、一日も早くアハトアハトの実物、生産機材、治具を搬入できるように手配しよう」




***




 シュペーア君と共に軍需省のトート博士と掛け合い、驚いた事に42年の11月中旬に早くも88㎜高射砲の現物2ダースと砲弾、高射砲と砲弾の製造に必要な機材一式、治具などがサンクトペテルブルグに運び込まれた。

 やはりもう余剰分があった……というより”ランゲ・アハトアハト”のFlak41の製造場所を確保したいので、割と真剣に軍需省は現行アハトアハトの製造機材の引取先を探していたらしい。

 まさに俺の提案は渡りに船で、Win-Winな状況だったようだ。

 

 本当にタイミングにまで恵まれた。

 こうしてイタリア系の90㎜戦車砲は廃案となり、「史実を再現するように」88㎜高射砲が戦車砲に設計変更され転用されることになった。

 ちょっと「もしや歴史の修正力か?」と思わなくもないが、実際にはサンクトペテルブルグでKSP-34/42の85㎜砲に続く、大戦末期でも有益な次世代戦車砲の製造能力を確保できたことは地味に大きい。

 

 85㎜砲と88㎜砲、口径は3㎜しか違わないし、大して威力も変わらないと思われがちだが……存外に威力が違う。

 例えば、通常の徹甲弾を撃った場合、射程1000mの垂直鋼板に対する貫通力は2㎝違う。無論、威力が高いのは88㎜の方だ。これだと大差ないように思えるかもしれない。

 だが、高速徹甲弾を用いた場合においては更に顕著となり、射程1000mで”傾斜装甲”を相手にした場合の貫通力は85㎜が99㎜厚、88㎜が138㎜と倍の4㎝近く貫通力の差が付くのだ。この差は無視できない程度には大きい。

 具体的に言えば、高射砲改造の88㎜56口径長戦車砲でも、”スターリン戦車を除くほぼすべてのソ連戦車をアウトレンジで撃破可能”であり、よほど駄目な車体に乗せない限りはT-34/85やシャーマンの後期型相手なら十分優位に戦える。時期的にエンカウントする可能性が高いパーシングやT-44が出てきても、まあ互角にやり合えるだろう。

 照準器と主砲を連動させる”オートスレイブ撃発装置”の製造目途も立ったし、

 

(電気油圧式の砲塔旋回装置も何とか間に合いそうだしな。パワーパック化は間に合わなくても、駆動系は最悪V号戦車のを流用すればよい。計算上は重量は似たようなものか少し重いぐらい収まるだろうし、まあ大丈夫だろう。重量の増大はエンジンの出力強化でどうにでもなる)


 遅延しそうな主砲製造もこれで解決した。

 どうやら、次の戦車……コンセプト的に「史実のティーガーIと同等の攻撃力とそれ以上の防御力、そしてそれを遥かに上回る機動力を備える”主力戦車・・・・”」は、計画通りに44年には生産開始できそうだな。





















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