第278話 まあ、”そっち”に関しちゃ想定済みだよ。それにしても爺様たち嬉しそうだな?
「ところで、もう一つ案件があるんだが……」
まだあるんかーい。
「次はどんな厄介ごとだ?」
あるいは面倒事。
「……スターリンがノブゴロドを、いや正確にはサンクトペテルブルグの直接攻撃を画策しているらしい」
ああ。なんだ、そんなことか。
深刻な顔をしているから、何かと思ったが。
「ドイツはいつ頃だと見てる?」
「早くとも来年の春。ソ連の現状から逆算して、最低でもそれくらいはかかるだろう」
ああ、戦力が(前世より)摩耗している上に、生産拠点のレニングラード陥落とか政治中枢のクレムリンが物理炎上したりと色々あって戦線をヴォルガ川ラインで再構築してるもんな。
畑からは兵士が、アメリカからは兵器が収穫できるソ連でも、いくら攻めたくともすぐには無理ってこったな。
ふん。そういうことなら……
「なら、問題はない。それまでには、ノブゴロドの防衛準備は整えれば良いだけの話さ」
ああ、言うまでもなくフォン・クルスだ。
ぶっちゃけ、スターリンの阿呆がサンクトペテルブルグ狙うなんざ当然、織り込み済みだ。
むしろ、よくも今まで我慢したものだと思う。
(まあ、どうせ我慢したくてしたわけじゃないんだろうが)
なんせ、「信仰の自由の復活」なんざ、スターリンの性格考えれば、最大限の挑発もいいとこだろう。
アレの本質は臆病な小心者だが、人間としての器はスポイトより小さい。
苦心惨憺して散々殺して弾圧したのに、未だにしぶとく生き残る”ロシア正教
面子を潰されたアレが大人しくしてるはずもない。
「ざっと見積もって攻略軍は50万人程度ってとこか? 多くても100万、連中の残存兵力を考えれば150万にはまず届かなんだろうさ。ヴォルガ川防衛ラインに巨大な穴ができるからな」
資料を読み解く限り、敗北続きのソ連の動員可能な戦力は、現状ざっと残り500~600万ってとこだ。
既にソヴィエト連邦内中央アジアでの”人狩り”は、そろそろ限界に来てるだろう。
(モンゴル、中国大陸、朝鮮半島からの”義勇兵団”招集って手もあるが……)
スペイン内戦の時の”国際旅団”みたいな名目で。
知ってるか? あんときゃ世界55ヵ国から義勇兵が駆け付けた事を言ってるが、時期にもよるが総じて60~85%が各国の共産党員だったんだぜ?
ノブゴロド、あるいはサンクトペテルブルグに攻め寄せるとわかっている以上、大軍であればあるほど進軍路は限られる。
戦車ってのは見かけ以上に繊細で、その重量故に特に足回りが繊細だ。
実は道なき道を延々と進むってのが、難しい武器でもある。
分散合撃ってやり方もあるが、それにしたって限度ってもんがある。
(なら、根回しはしておいた方がいい)
「ハイドリヒ、何もサンクトペテルブルグ”だけ”の戦力で倒さなくても良いんだろ?」
************************************
「ほう。枢機卿猊下が大公殿下に? これはまた慶事ですのぉ」
「ほんに。これでますます、クリスマス・ミサに尽力せねばならぬという物ですじゃ」
本日は定例のお茶会。
週に1度、日曜ミサの労いもかねて、四長老(四大聖堂主教)を冬宮殿の客間に招き、茶会を開いて互いの近況報告をするって感じだ。
ほら、俺も「信仰の復活」を宣言した手前、全てを面倒見るつもりはないが、アフターフォローくらいはせんとな。
それに爺様達にはクリスマス・イベントにも協力してもらってるし。
「ところで、クリスマス・イベントに向けての進捗はどうだ?」
「これと言って
「そういうのはいいって。俺は市民が”良い思い出になるクリスマス”を過ごせて貰えれば、それで十分満足だ。特にクリスマスを知らない子供たちには、クリスマスは楽しいんだってのを知ってほしい。特にこれから生まれてくる子供たちには」
もしかした”戦争を知らない子供たち”ってなるかもしれんし。
できればそうなって欲しいもんだ。
「ふふっ、枢機卿猊下らしいですなあ。これで正教徒に改宗していただければ、万事丸く収まりますのに」
「ほんにほんに。これだけの徳のあるお方、すぐに大主教ですじゃ」
勘弁してくれ。
俺は政教分離ってのが好きなんだ。
「そういうのは、長老たちの中で、持ち回りでやってくれ。持ち回りなら角も立たんだろ?」
「枢機卿猊下を差し置いて、大主教など烏滸がましくて名乗れませぬぞ」
「然り。我らは皆、”蒼き聖なる花十字”の旗のもとに集まった者。その御旗になり変わらうとは思いませぬ」
そんな仰々しいものか?
「まあ、その辺は好きにしてくれ。手間をかけさせてしまうが結局、宗教に関しては長老たちに丸投げするしかないんだ。その分、聖堂の修復やバックアップはやらせてもらうさ」
「枢機卿猊下に復活させて頂いた信仰、どうか我らにお任せ下され」
「もちろんだ。大いに期待している」
すると、
「枢機卿猊下におかれましては、今更な事と存じますが、此度”コンスタンティノープル”から書簡が届きまして、我らが”サンクトペテルブルグ正教会”を正式に独立教会として承認する旨を知らせて参りました。近日中、使者が来訪する予定ですので枢機卿猊下に拝謁願えればと」
あー、自治正教会とか独立正教会とかその辺の格付け? 番付? 区分?ってのが東方正教会系はややこしいんだよな。
現状だと、うちはギリシャ正教からの独立教会としての承認は得ているから、今度はコンスタンティノープルからもってことでおk?
「構わんよ。期日が決まったら知らせてくれ。スケジュールは調整するから」
「ありがたきに」
いや、そんなに恭しくしなくていいって。
「他に教会関係で何か申し入れたい事案とかあるか?」
「まだ具体的なには決まっておらず、お知らせするには尚早かと思いましたが……近日中に予定されているウクライナよりの使節団に、ウクライナでの正教会復活を目指す有志が同行する可能性があると」
「使節団? ああっ、あの”戦車設計図のお礼と更なる技術提携の強化”を申し出てる奴ね」
確かシュペーア君とシェレンベルクが言ってたな。
ほら、ウクライナ支援の一環で”ウクライナでも手っ取り早く製造できそうななんちゃってT-34/85”の設計図書いて送るって話は以前したろ?
実際にそれが完成してNSRが直に速達(航空便)で送ってくれるっていうから任せたんだが、その返信が先日届いたんだ。
確か、クリスマスの後、新年早々に来る手筈だったと思ったな。
俺としちゃあ戦時下の忙しい時なんだし、技術提携程度の話なら使節団でなくとも技官や文官を何名か送ってくれれば良かったんだが、シェレンベルクに言わせればそういう訳にもいかんそうだ。
「それで間違いありません。それで”正教会復活委員(仮称)”の同行が本決まりになれば、その際は同じく拝謁願えればと」
「そりゃいいけど……なんでまた俺? 一応、枢機卿を名乗っちゃいるが、俺に自治教会やら独立教会やらの承認権はないぜ?」
「ほっほっほ。猊下、そういう問題ではござらん。猊下は”信仰復活の象徴”、そして此度は大公殿下におなりになられるのでしょう?」
ああ、そっちね。
「つまり、権威付けの箔付けね」
「然り」
***
さて、やはり今回も「フォン・クルスの壊滅的な外交センスの無さ」を追求せねばならない。
・使節団は、”クリスマス以後に来る”
・「俺としちゃあ戦時下の忙しい時なんだし、技術提携程度の話なら使節団でなくとも技官や文官を何名か送ってくれれば良かったんだが、シェレンベルクに言わせればそういう訳にもいかんそうだ」という意見
クルスの認識は、「サンクトペテルブルグって自治領だけどドイツの一部じゃん」という認識に基づいている。
それは法的には間違いない。
間違いないが……クリスマスに何が起こるかは、以前本人自身がスケジューリングしていた通り、
・
・同時にサンクトペテルブルグは特別行政区から”サンクトペテルブルグ
うん。ウクライナに限らず普通に使節団が編成される”
何しろ各国の認識は、クリスマスを境に”準国家”になるのだから。
おそらくクルスは、
『前世の幕末薩摩じゃあるまいし、一地方が国家無視して外交するわきゃないだろ?』
とか思っている事だろう。
そして、内々にウクライナ暫定政府に”大公就任”を伝え、使節団のスケジュール調整を行ったのはシェレンベルクの所属するNSRであり、その舞台背景を四大聖堂主教はしっかりと把握していた。
ハイドリヒやバルト海沿岸諸国もだが、四長老も随分とクルスの扱いが上手くなったもんである。流石は共産主義者の目をかいくぐり大粛清を生き延びた海千山千の強者というべきか?
「ほっほっほ。全ては我らが”蒼き聖なる花十字”様の御身の為に」
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