第277話 まあ、モノホンの封建貴族になるわけじゃねーってんならいいか




「”バルト海条約機構(Baltische Vertrags Organisation:BVO)”加盟国、特に王室連合がお前を”大公”にすべく動いている」


 いや、なんでさ?

 とにかく事情を聞かせろや。




 まあ、搔い摘んでしまえば、そう大した理由じゃなかった。

 まず、ノブゴロドって名前は、この辺一帯を収めた”ノブゴロド公国”に由来する地名だ。

 そして、その中には今のサンクトペテルブルグも入ってる。

 伝統を大事にする欧州王国のお歴々にしてみれば、

 

「旧帝都のサンクトペテルブルグに古都ノブゴロドの統治まで任され、しかもその守護まで担当するのに”特別行政区の総督”ってのがどうにも座りが悪いのさ。しかも、近日中にフィンランドの総人口越えは確実視されてるし、リガ・ミリティアも加えれば市民軍の規模は30万だろ? もはや、サンクトペテルブルグ特別行政区は”欧州の小国”って水準さえも超えつつあるのさ」


 いや、その言い分はわからんでもないが、

 

「それは分かったが、”大公(Erzherzog)”ってのは流石におかしいだろ? それってドイツ的に言えば、神聖ローマ帝国時代のオーストリア大公とかの称号だろ? 公爵の上のさ。ヴィルヘルムⅡ世帝の時代ならともかく、今のドイツは帝政でも君主制でもねーべさ」


「だから、”他国王族の連名・・・・・・・による名誉称号・・・・としての大公位・・・の授与”って体裁を取るのさ。要するに以前授与された”サンクトペテルブルグ総督の宝杖”、あれと同じようなもんだ」


 ああ、あれね。

 確かに総督職をやるのに不都合はないし、確かに式典以外では持ち出さないし、普段は執務室の飾りになってるが。


「実際、誰もお前に封建貴族、”本物の大公”をやれとは言わんさ。名誉称号の大公を受け、国際名称がサンクトペテルブルグ特別行政区から”サンクトペテルブルグ大公領・・・”って名称に変わり、行政区分が特別行政区からドイツの保護領って扱いに変わるだけだ」


 だけってお前なぁ……

 

「結構、大事じゃねぇか。一昔前の”ベーメン・メーレン保護領”とかと同じ扱いになるってこったろ?」


 実際、ベーメン・メーレン保護領ってのは実質的に無くなっていて、今はチェコ全域がドイツに併合されている。

 ぶっちゃけ旧チェコは大変優れた工業基盤を持っていたために、ドイツ併合後は随分と優遇されてる地域で、失業率がドイツ有数の低い地域……というか、常に労働力不足で悩んでるような地区だ。

 実はウチも旧チェコの企業には随分と世話になっている……というか、業務提携を結んでいる。

 タトラ社の自動車はよく見かける(俺も所有してる)し、シュコダ社やプラガ社のもだ。小火器の分野では元国営兵器工廠のブルーノ社とかズブロヨフカ社とかも。

 スロバキアはスロバキア共和国として独立国として残ってるが、正直、独立維持と引き換えにちょっと割を食ってる印象がある。

 ドイツに併合はされたが、途端に市場が拡大して金回りが良くなった旧チェコと、独立は勝ち取ったが下にはハンガリーって強国がいて、そこそこの経済のスロバキア……果たしてどっちが住民にとり暮らしやすいのか?

 東ポーランドが独立国として復活すれば、上からも圧迫されるだろうし。

 いやさ、最近の資料を読む限りドイツはケーニヒスベルクに繋がるバルト海沿岸のダンツィヒからウッチ→クラクフ→ザコパネ以東のワルシャワを含んだ地域をポーランドとして正式に再独立させようと画策してんのよ。

 んで、実はそれに反対してるのがドイツへの直結路が断たれる形になるウクライナと圧迫をもろに受けるスロバキアだ。

 ドイツ云々以前にあの辺は元々領土問題やら係争地が山積してるから。

 

(これは、答えの出ない問題なのかもしれないな……)


 財布の重さを取るかプライドを取るかって話になりかねない。

 ドイツに併合されたことで経済が活性化しているオーストリアやチェコは高みの見物だろう。

 

「アレともニュアンスが違うがな。名目的には”ドイツが保護する大公領”って感じだし」


「それもどうよ?」


 封建貴族認めてない国的にさ。

 

「正直、ドイツとしてもサンクトペテルブルグの扱いに困っているのさ。封建貴族を認められないのなら、せめて名目だけでもどうにかしろってバルト海沿岸の王国からの圧力でな。そもそも特別行政区ってのだって、本来は暫定措置だ。まあ、ドイツに責任があるとはいえ、フォン・クルス、お前さんは行政区長と呼ぶには力を持ちすぎてしまっている。他の管区指導者ガウライターからも『同じ区分にされても困る』とせっつかれてるしな」


「なら、俺の権限を削ればいいだろうに」


「それが国家戦略的にできんことぐらい、理解してるだろ? むしろ、お前さんの管轄する力を増大しないと都合が悪いまである。特に戦争激化すればするほどな」


 ったく。

 まあ、サンクトペテルブルグは兵器生産の一大拠点。特にフィンランドとか非ドイツ系装備……ぶっちゃけソ連系の武装を使ってる国への兵器供給源としちゃあ無理もないか。

 

「そういうのはドイツで抑えてくれよ。マジで」


「無茶言うなよ。戦争で正面からぶん殴るならともかく、権威がらみの話で仮にも王族が庶民の言う事聞くと思うか?」


 ……流石に俺の名誉称号ごときで戦争しろとは言えんしな。

 

「止められんか?」


「止められんな」


「そうか」


 俺は盛大に溜息を突き、

 

「特別行政区総督ときて枢機卿、そして今度は大公か? 属性てんこ盛りの大渋滞だろうに。いや、総督は無くなるのか?」


 するとハイドリヒは首を左右に振り、

 

「大公はあくまで名誉称号で、それ自体に権威はあっても付随する権限はなく何度も言うが実際に封建貴族になるわけじゃない。お前の預かってる土地の名称と区分が変わるだけで、統治権限の根拠として総督位は必要だ」


 マジかい。

 

「仕事的には今まで通りってのはありがたいが、ただでさえ閣下と猊下が入り混じってるってのに、これで大公殿下・・まで加わるんかい」


 大公殿下ねぇ。太閤殿下なら秀吉だな。

 敬称の三冠とか全く嬉しくないんだが?

 

「まあ、そいつは我慢してくれとしか……で、受けてくれるか?」


「ここまで事情を聴かされて、嫌とは言えんだろ?」


 Noと言える(元)日本人のつもりだが、状況が状況だ。

 それに王族に恥をかかせると、後々面倒そうだしな。

 

Dankeダンケ。正直、助かる」


「んで、式典とかってBVOでやるのか……?」


「それはまだ未定だと思うが……」


 そっか。なら、

 

「んな格式ばった物じゃなくて良いってんなら……うちのクリスマス・イベントに組み込むか?」


「……いいのか?」


「王侯貴族のお偉いさんが納得してくれるか知らんが、今年は戦争の憂さ晴らしも兼ねて、それなりに派手に……復興途中ではあるけど四大聖堂をライトアップして、四長老のクリスマス・ミサを行う予定なんだよ」


 年中行事とお祭り大好きな日本人の血が騒ぐぜ♪

 

「民衆慰撫も兼ねるから、クリスマス・マーケットも盛大に開くつもりだし、まあ、そこで俺も冬宮殿をバックに何か一席ぶってくれって長老たちに頼まれててな」


 毎度バカバカしいお話をって調子だな。

 俺の与太話、いや与太演説か?を聞きたいなんて物好きな事だ。


「今だったら、そこに大公就任イベント(?)も組み込めるぞ?」


「一応、各国の確認はとるが……その路線で調整を頼む」


「言っておくが、戦争の重苦しい空気を一時だけでも市民に忘れてもらう為のイベントだ。かたっ苦しいのはNGだからな?」


「心得た」















************************************















 さて、共産圏もソ連も詳しいはずのクルスが、状況をなぁーーーーーーーーんにも”分かって”なさそうなので、少しだけフォローを。

 まず、スターリン政権下のソ連では聖職者だけでなくクリスマスやイースターなどのキリスト教にまつわる宗教行事も、またそれに参加する人々さえも史実でも今生でも粛清や弾圧の対象になった。

 教会でミサができないから、家族だけでひっそりクリスマスを祝おうと思ったら、密告されて家族全員が強制収容所送りになった、あるいはクリスマスの日に村の広場でパーティーを開いただけで、クリスマスという名目でもないのに村が”消えた”。

 そんな話がざらにある。

 

 そんな中、信仰の自由の復活ブルーミント宣言をし、四大聖堂主教の先頭に立って盛大にクリスマス・イベントを開催しようとする……

 その本質は、単純な年中行事を楽しみたがる日本人の気質とか、あるいは本当に一時だけでも戦争を忘れて欲しいガス抜きを兼ねた民衆慰撫なのかもしれない。

 だが、四大聖堂主教、四長老から見たらどう映るか?

 

「「「「正教徒でないにもかかわらず、率先して熱心に聖誕祭クリスマスを祝い、民を慰めんとする枢機卿猊下のなんと敬虔で慈悲深き事か……」」」」


 となるのだ。

 そして、これを積極的に聖堂に集まる信徒たちに聞かせる。

 無論、クルスに頼まれたからではない。

 自発的に……というか、黙ってなどいられないのだ。この感動を胸の内に秘めていたら、そのうち信仰心が鼻から溢れ出る。ご老体にそれは如何にも健康に悪いだろう。

 

 

 

 そして、ハイドリヒ。

 当然、この時にまで決まっていたクリスマス・イベントの全容を知っていた。

 というかコイツ、しれっと話してるが”例の大公が決まったお偉いさん秘密会議”に居たような……?

 それはともかく趣旨まで知っていたからこそ、「いいのか?」と聞いたのだ。

 だが、クルスは「かまわん」と答えた。

 こんな宗教学的、あるいは信仰的メルトダウンを起こしそうなイベントで、「大公になる」と。

 

(これが、天然物の恐ろしさか……)


 自分もヒトラーもどこか「演じて」いる。

 それは人間として当然の行動であり、自衛反応でもある。

 

(だが、フォン・クルス、お前は……)

 













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