第275話 某Sリンの憤慨と野望、そして本日のサンクトペテルブルグの面々(ダークサイド付)




 あえて西部を切り捨て、コーカサス油田地帯とカスピ海の補給ルート、カスピ海からモスクワまで続くヴォルガ川の補給ルートの重防御という形にソ連はドクトリンを切り替えていた。だが、それ以外は落とさせない。

 クラスノダール、ノヴォロシスク、ソチが陥落するのは想定内。既に労働力確保も兼ねた集団疎開(住民の強制移動)も済ませた。何しろ独ソ戦が始まる前から強制移住は無数にやっているのだ。慣れた物なのだろう。

 ドイツ軍に街を追われ発生した国内戦争難民の徴兵による再戦力化も順調に進んでいる。

 米国のレンドリース品が届き始めた以上、奪われた街を取り戻すのは難しくないとソ連は考えていた。

 当然である。ドイツ以外、ソ連と正面から戦える国などユーラシア大陸に存在しないのだから。

 ウクライナ、ベラルーシ、ポーランド、バルト三国……一度圧倒し、赤く染め上げた国など恐るるに足らず。なぜならインフラを破壊し、反抗的な住人の間引きは済ませてあるのだ。

 ルーマニア? ハンガリー? ブルガリア? 所詮は小国の三流国。ドイツが劣勢になれば瞬く間に寝返るだろう。

 ドイツより西にある国は中立国かアメリカの管轄だ。今は放置で構わない。

 最優先はドイツ打倒、その一点だ。

 

 

 

 その為に解決しなければならない問題がいくつもある。。

 そしてソヴィエト連邦書記長、”イジョフ・・・・・スターリン”にとって目下、最大の問題点は、

 

「あの小癪な似非・・ドイツ人の日本人めっ!!」


 何より気に入らなかったのは、”ニンゼブラウ・フォン・クルス・デア・サンクトベルグ”を名乗るドイツ国籍の日本人だ。

 日本人にしてドイツ人、まずどっちも敵性民族というのが気に入らない。

 

 そして、ドイツ人に奪われた”レニングラード・・・・・・・”の支配者を気取ってるのも気に入らない。

 何よりも気に入らないのは、

 

「私の計画を台無しにしおってっ!!」


 史実もそうであったように、弾圧につぐ弾圧をロシア正教に対して行っていたスターリンだったが、当初は弾圧すればすぐに瓦解するだろうと思われた正教徒の信仰だったが、粛清された聖職者を致命者(殉教者)とすることで結束し、その連帯を崩しきれなかったのだ。

 むしろ地下礼拝堂カタコンペ派を生み出し、文字通りの”地下活動化”するなど、より対処を難しくしていた。

 そこで、隠しきれない敗北続きのため下降気味の人民の士気を鼓舞することも兼ねて、教会活動の一定の復興を認める融和策を打ち出す方針を固めたのだ。

 そこで起きたのが、例の”サンクトペテルブルグの信仰復活宣言”、いわゆる”蒼き聖なる花十字ミントブルー宣言”だ。

 

 そして、その直後からソ連の西側から”人が消える”現象が多発してるのだ。

 曰くある日、共産党員が隠れ信仰の疑いのある村へ向かってみると、忽然と村民が姿を消し、廃村になっていた。

 曰くとある部隊が暫定国境線の哨戒任務に向かったらそのまま帰ってこなかった。

 散発的に、されど断続的に、あるいは示し合せた訳でもなく自然発生的に発生してるのだ。

 消えた民がどこを目指してるのか、考えなくてもわかる。

 共産党員や政治委員に監視を強化するように言っても、下手をすれば弾圧要員であるはずの彼らごと姿を消すケースすら出てきた。

 つまり、急増しつつサンクトペテルブルグの人口の出元がここだった。

 そりゃあ、信仰の自由が、”皇帝の後継者”が約束するなら、信仰が否定され弾圧された者が目指すのも当然だった。

 実際、「住民の尊敬を(共産党員以上に)集めている」というだけの理由で、拷問やリンチの末に殺された聖職者も居るのだ。

 それを目の当たりにした住人は、どう思うか?という事である。

 

 

 

***




 明らかに自業自得なのだが、これでスターリンの「聖職者懐柔計画」は完全に出鼻を挫かれた。

 これでは劇的な宗教との和解につながるはずの画期的政策が、ただの”二番煎じ”になってしまい、効果は半減だ。

 しかもあの似非ドイツ人は、よりによって革命勢力が苦心惨憺の末に倒した”腐敗したブルジョワジーの象徴”、ニコライⅡ世に首を垂れたというだけではないかっ!!

 

 それは自らサンクトペテルブルグを帝都として復活させ、ロシア皇帝の後継であることの宣言に等しく、ソ連に対する明確な挑戦である!!


「ならば、その挑戦は受けようではないか……!!」


 だが、今は時期が悪い。

 モスクワの防備を固め、カスピ海からヴォルガ川を伝い、ヤロスラブリまでの防衛線の再構築を固めている最中なのだ。

 いくらレンドリースによるブルドーザーなどの重機支援があっても、戦線の再構築は来年まではかかる。

 そして、それまでは積極的な攻勢には出れない。

 逆に言えば、43年ならば大規模な構成が立てられるということになる。

 

 更に朗報が入ってきた。

 ドイツ軍が南方を攻めるのに兵力不足となり、ノブゴロドの防衛隊を引き抜き、その代行としてサンクトペテルブルグの防衛隊をあてがうというのだ。

 しかも都合が良いことに、その部隊は「祖国を裏切った人民の敵」で編成されるらしい。

 

(ならば、裏切りを不問とする温情を見せれば投降するだろう。内部から切り崩すことも十分に可能か……)

 

 ”レニングラード”に仕込んだ草とは音信不通となり、新たに送り込んだ工作員は何故かことごとくが消息不明となってしまう……実際、つい先日もフォン・クルス暗殺の命を受けた選りすぐりの特殊作戦チームが侵入を図ったが、今は連絡が取れなくなっていた。

 

 しかし、”レニングラード”を実力をもって取り戻すのなら何の問題もない。

 その為には、

 

「まずは春にノブゴロドを陥落せしめる……それが”大祖国戦争”における転換点! 反撃たる”| Белорусская операция《バグラチオン作戦》”の狼煙となろうっ!!」




 自分のプランに酔っている……自らの勝利に疑いを持たないスターリンに代わってあえて言おう。

 結局、無神論者の彼には、「宗教の本当の恐ろしさ」という物が分かっていなかったのだ。

 そう、自らが散々殺しておいても、今なお”ロシア国内で宗教として生息する”しぶとさを……


 加えて、彼は大きな認識違いをしている。

 ソ連が一度は屈服させた国や有象無象の小国風情に負ける訳はないと、本気で思っていた。

 スターリンの認識にあったのは、ドイツ以外なら冬戦争で痛い目に合わされた小癪なフィンランドくらいだろう。

 つまり、未だに親ソの不穏な空気漂うベラルーシはともかくとしても……ソ連は東欧諸国とバルト三国の戦力を、ほとんど計算に入れてなかったのだった……

 

 そう、ソ連が「脅威として認識していない国々」を全て合わせれば、その最大動員兵力は300万人を軽く超えることを、スターリンは完全に忘却していたのだ。















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「こ、これは素晴らしいっ!!」


 居並ぶ戦車に装甲化された兵員輸送車に牽引トラクターに連結された重砲、自走化されたロケット砲……我が欲する装備の全てがそろっていた!!

 それとドヤ顔というのか?をする閣下がちょっとお可愛らしい。

 

 うむ。ニコラス・ヴァトゥーチンである。

 私は今、フォン・クルス総督閣下に案内され、此度編成される”サンクトペテルブルグ市民軍ミリシャ”の演習場へと赴いていた。

 驚いたことに、規模こそ小さい物の演習場には私が防衛指揮官として欲する装備の全てが揃っていた。


 上空には見慣れないが中々に高性能なフランス製の戦闘機(VG39と言ったか?)が舞い、フランス人の教官に新兵たちが操縦訓練を受けていた。

 投降した(できた)パイロットが少ないため、そしてドイツ本国もパイロットが余ってると言えない状況もあり”外人部隊”としてフランス人教官を雇い充当することにしたようだ。

 確かに制空権を奪われなければ、防御戦闘なら倍程度の相手までなら、そうそう不利になることはないだろう。

 加えて、85㎜高射砲も随分と様変わりしているという。

 高射砲自体は大きく変わらないが、電波による探知装置と連動するような改造が為され、また理屈はよくわからないが、直撃でなくとも航空機のそばを通り過ぎるだけで炸裂する信管が搭載されているのだそうだ。

 

「お前さんに、来年の春までに最低でも10万の兵力を預けることになる」


 なんとありがたい!

 

「ヴァトゥーチン将軍・・、これなら”戦える”か?」


「無論ですとも!」


 気がつけば、私は自然と敬礼していた。

 だが、無理もないと自分でも思う。

 在りし日、いつか建軍したいとウォッカ片手に亡きトハチェフスキー閣下と語り合った”機械化された将来の軍勢”が、今ここに、自分の目の前あるのだから!!

 

 不思議なほど、私には祖国と戦うことに躊躇いはなかった。

 そして、フォン・クルス閣下に”将軍”と呼ばれた時、なるほどと理解し納得する。

 それはかつてトハチェフスキー閣下に仕えていた時と同じ感覚……

 

(私は将としてこの方を支え、行く先を見てみたいのか……)


 その気持ちを押さえられなかったのだ。

















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 さて、とある日の深夜。”冬宮殿”の何処か

 

 

 

「これで全部かな?」


 フォン・クルスの側小姓三少年のリーダー格、アインザッツは、消音装置サイレンサー付きのワルサーPPK拳銃を片手に、そう油断なく周囲を確認する。


「ん。怪しい気配はもう無いけど……」


「これでパパを狙うの何人目?」


 そう応えるツヴェルクとドラッヘン。

 

「汚物の数なんて一々数えてないよ。パパのお膝に座った数なら覚えてるけど」


「あっ、それボクも♪」


「でも、あっさりお城に侵入許すなんて、”土蜘蛛”も結構だらしないね~。鍛えなおした方がいいんじゃない?」


「それも一考に値するけど今回は未発見の隠し通路が使われた臭いから、コイツらの仲間を生け捕りにでき、情報を吐かせられたら不問でいいよ。むしろ叱責するとしたら、城を調査した連中かな?」


「相変わらずアインザッツは優しいね~。ボクだったら絶対、パパを危険にさらすこんな失態ユルサナイケド」


 そうヒュッとナイフを振るって血を振り落とすドラッヘンに、

 

「別に優しくはないさ。僕たちは全員殺してしまうから、情報収集は苦手だ。機能分与の問題だよ」


「まあ、パパに手を出そうとするなら殺して当然だよね♪ だって世界中でボクたちをボクたちとして愛してくれるのはパパだけなんだからぁ♡」




 以上、スターリンが送り込んだ”選りすぐりの濡れ仕事チーム”の末路である。

 宮殿の潜入に運よく成功した実行犯の彼らはこうなったが、バックアップチームの一部は捕縛され、”NSR流尋問・・術”にかけられた後、存在が抹消されたようだ。

 ヒトラーユーゲントという触れ込みで、シェレンベルクが連れて来たこの三人の美少年……存外に闇が深そうである。


















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