第16章:To 1943, For1943 (仮称)
第274話 日本人がギリシャで戦争やってる頃、一方○○では……的な話
さて、日本皇国がギリシャで混沌のどんちゃん騒ぎを開始した頃……
ドイツ、ベルリン、総統官邸
「”ロストフ・ナ・ドヌー”は無事に陥落したか。あっさりしたものだな」
アウグスト・ヒトラーは戦闘詳報を読みながら、そう独り言ちる。
後方支援で当面は大規模な陸戦の可能性が低いブルガリア・ルーマニアの精鋭を抽出し、ウクライナへ後方支援部隊(機甲予備)として張りつけ、ノブゴロドの守備隊の一部を始め、国内の予備部隊の大半を南方軍集団担当戦域に移動させ、ドイツ南方軍集団主力は西進あるいは南下し、”ロストフ・ナ・ドヌー”を一気呵成に陥落せしめた。
理由は、直ぐに判明した。
ソ連はまとまった軍勢を、スターリングラードを起点に集結させていたのだ。
いや、正確にはカスピ海北岸からスターリングラード→サラトフ→トリヤッチ→ウリヤノフスク→カザン→ニジニ・ノヴゴロド→ヤロスラブリの”カスピ海からヴォルガ川へ抜けモスクワに至る水上交通網”への兵力の集中配備だ。
特にドイツ南方軍集団に近いスターリングラードとサラトフ、北方軍集団やフィンランド軍に近いニジニ・ノヴゴロド、ヤロスラブリへの兵力集中が顕著だ。
理由は、考えるまでもなかった。
米国レンドリースの”ペルシャ湾ルート”、ペルシャ湾→ソ連の内海であるカスピ海→ヴォルガ川からモスクワへ連なるルートが機能し始めたのだ。
ニジニ・ノヴゴロドやヤロスラブリまで水路で運び、そこからモスクワへ物資を搬入するという感じだろう。
(おそらく、来年には米国製兵器を抱えたソ連農兵で溢れるだろう)
だからこそ、”ブラウ作戦”を前倒しして、余剰戦力の大半を動員してまで南方を攻めることにしたのだ。
配置勢力や米国製兵器が少ないうちに切り取ってしまおうという算段だった。
(できれば、その前にサラトフを攻略してしまいたかったが……)
レンドリースのバレンツ海ルートが塞がれた以上、シベリア鉄道による長距離鉄道輸送がボトルネックになってるようだが”太平洋ルート”と”ペルシャ湾ルート”が生命線だという事は、ソ連も自覚しているはず。
だからこそ、政府機能が十全と言えなくとも早急にこの配置を決めたのだ。
(おそらく、陣頭指揮をとって戦力の再配置を促したのはジェーコフあたりだろう。相変わらず抜け目の無い)
こうなってしまうと、多方面で作戦を展開してる以上、防御を固めたサラトフの早期攻略は難しい。
準備不足、あるいは不十分な戦力で下手に手を出せば、史実のスターリングラード攻防戦の二の舞になりかねない。
(おそらく、スターリンはドイツの投入可能限界戦力を見極めたうえで、黒海東岸防衛を実質的に放棄したのだろう……)
その考えはおおよそ正解だった、
スターリンは、「レンドリース品の備蓄が十分になり、狩り集めた兵たちが戦力として使えるようになった暁には、文字通り失地挽回できる」と踏んでいた。
(つまり、一時的に黒海方面はドイツの占領下におかれても後に奪還できると考えているのだろうな)
ソ連が重点防御箇所としているのはカスピ海西岸のコーカサスの油田地帯とヴォルガ川沿いのレンドリース品搬入ルート。
それ以外を一時的に切り捨てても良いというのなら、
「では、遠慮なく切り取らせてもらおう」
ドイツ南方軍集団へクラスノダール攻撃命令が下ったのだった。
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さて一方、その頃サンクトペテルブルグでは……
「よし、ウクライナを支援しよう」
総督閣下だか枢機卿猊下だかが、いつものように妙なことを言いだしていた。
今回はクルス目線でなく珍しく三人称で書いてゆくが……
「いきなり何言ってるんです? 猊下」
歴史的に見て、これほど敬意のこもっていない”猊下”呼びがあっただろうか? いや、ない(反語)
それはともかく、そう返したのはすっかり”サンクトペテルブルグ変人クラブ”の一員として定着した感があるオノデラ大佐だった。
「せめて閣下にしろっつーの」
復活宣言ぶちかまししたり、四長老(四大聖堂主教)とつるんで、むしろ率先して民衆慰撫の為に大規模なミサをはじめクリスマス・イベントを企画してる奴が何を言ってるのやら。
「いやさ、小野寺君。ウチで作ってるKSP-34/42って、T-43戦車の原型っぽいのを基にしたT-44モドキだろ? それでふと考えたんだが、サンクトペテルブルグでそれが作れるのなら、ウクライナでも設計図やら仕様書さえあれば、T-34/85のトランスミッションとかが改良された後期型とか作れるんじゃなかなってさ。あそこ、ソ連が無理やり重工業移植したから、工業基盤だけはあるだろ?」
どうやらクルスは、オリジナルのT-34/85(44ないし45年型)に近い物をイメ-ジしているらしい。
流石にドイツ製の無線機と照準器を推奨し、砲弾位置やら何やらのレイアウトは改善するだろうが……可能な限り既存のコンポーネントや製造設備を使えるように配慮するらしい。
となれば、カタログスペック自体はオリジナル(あるいはこの世界線のT-34/85)と大差ないことになるかもしれないが、少なくとも現状のピロシキ砲塔やナット砲塔のT34/76で戦い続けるよりはマシだろう。
いや、それ以前に上手くやればソ連のT-34/85とほぼ同時期にウクライナ製T-34/85が登場させられるかもしれない。
存外、それは意味があるかもしれないが……
「あー、そういう。ところで設計図や仕様書は?」
「もうアイデアノートを技術部の戦車科に渡して図面引いてもらってるよ。”T-34の簡易改修案”って感じで」
「相変わらずの脳内図面ですか? 猊下の頭ってどんな構造してるんだか」
「普通さ。少なくとも光ニューロチップの三次元ナノウェーハ―とかでは出来てないはずだ」
「どこのサイバーダインですか? それ」
ひとしきり笑った後、
「航空機も作れるなら、大戦末期型のソ連機の設計図も送ってやりたいとこだな。幸い、アルミはまともに手に入るし、戦車のエンジンを鋳鉄ブロックで作れるようになれば、航空機にアルミ回せるんじゃねーか?」
「んー、それならサンクトペテルブルグ製の高品質の奴じゃなく、ウクライナの工業水準を精査した上で作れそうな鋳鉄エンジンの設計図起こした方が良いかもしれないですね? あとトランスミッション周りも。ファイナルをヘリカルギアにして5速でシンクロメッシュならとりあえずは十分でしょう。後期型T-34もそんな感じでしたしね」
「シュペーア君と相談してみるか……シンプルにできる部分はシンプルにして、改良すべき部分は改良して」
これが契機となってウクライナで”救国の戦車”と呼ばれる「ウクライナ版T34/85」が生まれ、ウクライナどころか簡易化された設計や元がソ連の機密性の低い技術の延長線上にある為ドイツの同盟国を中心に各国で持て囃され、戦後に至るまでウクライナの財政改善に寄与することになるのだが……それはまた後の話である。
とりあえず、今日もサンクトペテルブルグは平和であった。
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