第273話 エーゲ海、波穏やかで空は快晴。そして、肉を焼く




 さて、炊き出しの時間だ。

 ギリシャ首都、いや王都・・アテネでは急ピッチで都市生活インフラの復旧が行われているが、まあ市民の生活再建にはしばらくの時間がかかるだろう。

 

 ああ、舩坂弘之だ。

 ギリシャでのイタリア軍・共産パルチザンに対する掃討作戦には、国王自らが終息宣言を出していた。

 完了と言いださないあたりは、まだ現実的だ。

 おそらく本当に根絶やしにできていたとしても、この先もソ連があろうがなかろうがこの手の連中はいつでもどこでも湧いて出る。

 

(結局は、現状に対する不満のはけ口として、”共産主義思想”ってのは都合が良いってだけなんだよな)

 

 『俺が不幸なのは世の中が悪い』、『神様にいくら祈っても幸せになれない』……ロシア革命にあった根本は、そんなもんだ。

 そこに出てきたのが共産主義。

 『生まれに貴賎は無い』、『民族にも貴賎はない』、『人は平等公平でなければならない』

 実に「自分達が権力者に虐げられてる」と思ってる階層には耳心地良かったろう。

 

 そして、『富の公平分配』。

 共産主義を作った連中の性根が知れる。

 これって権力者が一番富を集めやすい方法なんだぜ?

 人間の欲望を加味してなかったのが共産主義の失敗の原因と言われるが、俺には最初から『権力者が必要なだけ分捕った残りを公平分配する』ように最初から設計されたように思えてならない。

 富の集中は権力の集中を呼ぶ。

 

(そして、どんな王侯貴族よりも権力集中が激しい、中央集権国家の出来上がりだ)


 一党独裁の共産党が、ソ連でどういう立ち位置なのか考えればわかる。

 そして、富の公平分配とか人の平等性とかちゃんちゃら可笑しい。

 

 そもそも人は生まれながらに平等じゃねーんだわ。

 いや、むしろ種としてそういう風に最初から出来ているのさ。

 家柄とか生まれだけの話じゃない。

 先天的に持っている能力も、後天的に伸びる能力も個体差があり過ぎる。例えば、”転生者”ってのも突き詰めてしまえば所詮は個体差に過ぎない。

 努力とか訓練でどうにもならない部分もあるし、人間には向き不向きもある。

 明確な能力と適性の差があるのに、どこのパラメータを見て平等にできるんだって話さ。

 個の能力が不均一だからこそ、人は優劣や序列をつけたがる。

 そうしないと、「自分がどの位置にいるのか、どこに立っているのか」がわからなくなるからだ。

 それってかなり怖いモンなんだぜ?

 

(そこを無理やり是正しようとするから、社会そのものが歪んじまうんだろうなぁ~)


 まあ、難しい話は今は良い。

 俺は黙って肉を焼く。

 

 周辺の国はイスラム圏が多く、買い付けたくても豚肉は宗教上の理由で手に入らない。牛、特に食肉用なんてのは、この辺じゃ少数だ。

 現在のギリシャでは、国民に食わせられるほどの牛や豚は飼育されていない。

 必然的に羊肉、ただし仔羊ラム肉は量が限られるので、必然的にマトンになる。

 

 ジンギスカンを食ったことのある人間ならわかるだろうが、コイツぁ独特の”臭み(獣肉臭)”がある。

 ギリシャ料理ってのは、香辛料をあまり使わずシンプルな味付けで、塩コショウとオリーブオイル、少しのハーブで喰っちまうが、正直、日本人としては勘弁だ。

 

 だから、クレタ島にいた頃の糧食班の頑張りで、それも調理法の一応の解決を見た。

 ギリシャでも簡単に手に入るヨーグルトに、これまたギリシャでも市場で手に入るローズマリー、タイム、コリアンダーなんかのハーブを適量混ぜ込んだ「下拵え液」の中に羊肉を1時間ほど漬け込んでから、ギリシャ人向けには塩コショウを塗し、オリーブオイルと地産の(農民から買い取った)おろしショウガ、おろし玉ねぎ、おろしニンニクを混ぜて作ったシンプルなバーベキューソースを絡めて焼く。仕上げにギリシャ産の赤ワインを一振りしてフランベ。

 そして、これを軍曹が焼いたピタ(ギリシャのピザ生地みたいなパン)と野菜とザジキ(ギリシャ風ヨーグルトソース)と一緒に包めば、ご当地ファーストフード風の”なんちゃってギロピタ”の出来上がりだ。

 後は魚介と野菜のスープだな。

 

 このメニューは安く手早く大量に作れるから、こういう炊き出しに向いていた。

 地元の経済も少しは潤うだろうし。

 

 

 

***

 

 

 

 街角から銃声が聞こえてくることも滅多になくなり、アテネ市民には生活と呼べるものが戻ってきた。

 だから、治安を担当する部隊もこうして持ち回りで炊き出しが回ってくる。

 

 配給所には、日本皇国とギリシャ王国の国旗と「皇国海軍陸戦隊配給所」の看板。

 余程の阿呆じゃない限り無茶な事はせんだろうが……まあ、一定数の阿呆が居るのもまた事実だ。

 共産主義の理念に従い襲撃ってのは流石に無かったが、転売目的も含めて食料を強奪しようとした阿呆や、一人で大量にせしめようとする阿呆ならいた。

 まあ、そういう場合は遠慮なく実力行使、”生きていれば”ギリシャ当局に引き渡す。武装してるなら手加減はいらん。

 今のギリシャ王国は、未だに戒厳令も特別時限立法も解除してないんだ。

 つまり、皇国以上に簡単に死刑になる。

 言っておくが、戦時下だからってのも加味せにゃならんが、「武装した犯人は即時射殺」が原則の”悪・即・斬!”じみた現代国家としてはマジにぎりぎりの法体系ラインの皇国以上って相当だからな?

 要するに日々、”行動を起こしちまった危険分子”の処刑が行われているって感じだ。

 罪状認否や裁判でテロリスト認定されてるなら、皇国としても特に言う事は無いからな。

 

 

 

 今回の戦い、”オペレーション・イオス”のギリシャ国内の最終的な死者・行方不明者は最終的には5万人を超えることは確実視されている。

 これはほぼ、史実のギリシャ内戦における軍人の戦死者に等しい。

 皇国軍の被害は500人にも満たないが、一連の巻き込まれた民間人の死者は1万人を下回ることはないだろう。

 救いと言っていいかわからないが……残る死者の大半は、民間人に該当されないKKEの党員やELASの民兵、そしてイタリア軍人だ。

 

 正直に言えば、反省点は上から下まで多いだろうな。

 皇国軍の被害が少なかったのは、ドイツとの戦争のせいで、ELASがまともな支援を受けられなかったからだ。

 実際、俺が前に使ったPPSh-41バラライカを含め、鹵獲されたソ連製武器の大半が刻印から”バルバロッサ作戦”以前に製造され、ギリシャに持ち込まれた物と判明した。

 もしかしたら、元々ギリシャで武装蜂起を起こし、共産国化するつもりだったのかもしれない。

 

 ソ連の思惑はともかく、それでも”ギリシャ王国の国土回復”って作戦目的は達成したが、作戦全体を見れば腰砕けというか……なんか、最後はgdgdになった感が否めない。

 俺自身は大半が共産パルチザンが相手だったが存分に非対称戦ができたし、不満も不完全燃焼感もないが……作戦としては、完璧とは程遠いだろう。

 最後は、トルコの介入で、アルバニア王国の解放が成った後は、後詰め含めてケツ持ちを丸投げする形になったし。

 

(まあ、チトーと不可侵の約束結べたのはファインプレーだとは思うが)


 アレとユーゴスラヴィアで”継続戦争”なんてゾッとしない。泥沼化する未来しか見えん。

 

「小隊長、もうすぐピタが焼きあがりますぜ」


「ああ、こっちももうすぐだ」


 最後に隠し味でフェタチーズを散らす。

 本日の俺たちの賄いも同じく”なんちゃってギロピタ”だが、肉の味付けが違う。強いて言うなら”下町系ガッツリ和風”だ。

 マトンは下拵えのヨーグルトに付け込んだ後、酒とみりんと醬油とおろしニンニクの特製ダレに漬け込んだ肉をごま油を引いて玉ねぎのみじん切りと七味唐辛子と絡めて焼くガツンとパンチの効いた味だ。正直、ピタより米の飯に合いそうだ。

 まあ、ギリシャ人の舌には合わんと思う。当然、付け合わせの汁物は味噌汁だ。

 

 

 

 一先ず戦いは過ぎて、砲声は去り。街には平穏と喧騒が徐々に戻ってきた。

 季節は秋。空は快晴、エーゲ海を吹き抜ける風が心地良い。

 問題は山積みかもしれないが、とりあえず今はギリシャ人がクリスマスを祝えるようになったことを喜ぶとしよう。

 

 もっとも、俺たちの戦争は、当分は終わらないだろうが。

 少なくともイタリアが陥落するその時まで。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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