第260話 もしかしたら、”史上最低の作戦”かも?




 贅沢なことに、アテナ市街を偵察する俺の小隊にあてがわれたのは海兵仕様の日本版ハーフトラック、”一式半装軌装甲兵車”だ。

 これに基本分隊単位で分乗し、これを守るのは従来型の海兵九七式戦車に、分厚い傾斜装甲の戦闘室に一式中戦車と同じ75㎜45口径長砲を半固定搭載した海兵九七式突撃砲がそれぞれ2両づつ。

 ぶっちゃけ装甲護衛が手厚すぎますな。

 

 


***




「あー、こりゃ道理でイタ公が海岸に来れなくなるわけだわ」


 郊外の小高い丘からアテネ市街の様子を一望し、妙に納得してしまう俺、舩坂弘之であった。

 

 ”アテネに着いたら内戦が始まっていた”


 ラノベのタイトルっぽいが、端的に言えばそういうことだ。

 アテネ市内は魔女の巨釜カルデロン状態、マカロニ共が盛大に茹であがっていた。

 

(何となく読めて来たな……)


 先に言っておくが、文化事業ならともかく、軍だけではなく日本皇国は道義として決して共産主義者と手を結んで戦争はしない。

 ”やんごとなき”御方を全否定する勢力と手を結べるはずもない。

 共産主義者ってのは、今の日本皇国では結党の自由すら許されていないのだ。

 むしろ、共産主義者というだけで公安の監視対象になる。

 「頭の中で何を考えるのも自由だが、現実世界で行動を起こしたらわかってるよな?」という扱いだ。

 

 ましてや共産パルチザンなどテロリスト扱いの便衣兵とかと協力関係を結ぶなど以ての外だ。

 もし、それを言いだす皇国軍人が居たとしたら不名誉除隊まっしぐらだろう。

 それが如何に状況的に有効的な手だとしても、取ってはいけない”禁じ手”という奴だな。

 

「どうやら、イタ公相手にドンパチやってるのは、ELAS(ギリシャ人民解放軍)っぽいですなぁ」


「それしかないだろうな」


 一応、共産パルチザンの最大手、ギリシャ共産党(KKE)の軍事部門って位置づけだし。

 

「オチは見えたな。大方、我が軍の攻撃に乗じた”漁夫の利”を狙ったんだろうさ」


 アテネ近郊の軍事施設が、日の丸付けた爆撃機に大規模襲撃されれば、何が起きてるか馬鹿でも分かる。

 大方、それを好機とみてアテナに潜んでいたELASのゲリコマが一斉蜂起したんだろう。

 名目は、

 

『日本人が王様を連れて戻る前に、首都を制圧してしまえ! そうすれば共産主義政権が先に樹立、建国宣言できる!』


 あたりかな?

 

「小隊長、どうするので?」


「どうするもこうするも……」


 双眼鏡の先では、ゲリコマにリンチにあったらしいイタリア兵が、”奇妙な果実”となって吊るされていた。

 いつか見た光景……って奴かな?

 前世の1945年のベルリンとかで。

 

「すぐに連絡入れて詳細を説明。判断を仰ぐしかねぇんだが……」


 こりゃ一介の小隊長でどうにかできるって問題じゃねーって。

 

「だが、こんな無法を……地獄を、上が放っておくってことはせんだろう」


 まあ、そのあたりは信用できるんだよ。

 わが祖国ってのは。














************************************















 大変不幸なことに……誰にとっての不幸かは明言しないが、舩坂の予想は的中していた。

 だが、間違っていたのはその規模だ。

 蜂起はアテネだけでなく、ギリシャ全域で起きていた事だろう。いわゆる”一斉蜂起”だ。

 そう、ギリシャは事実上、日本皇国が恐れた”内戦・・”状態となっていたのだ。

 

 しかし、日本皇国が直ちに把握できるのはアテネ周辺のみ。

 であるならば、”暁の女神作戦”海軍側総司令官の小沢又三郎は迷うことはなかった。

 

「直ちに海軍陸戦隊は陸軍・空軍の受け入れの為の港と空港の確保を最優先としつつ、それ以外の動かせる可能な限りの部隊をアテナ市内へと移動! 作戦目的を”治安出動・・・・”へと切り替える!!」

 

 既に状況は混沌としており、海軍と空軍だけでどうにかなる段階をとっくに過ぎていた。

 小沢は聡い。

 故に「ギリシャに展開するイタリア軍を実力をもって排除する」という単純明快な作戦目的が、「ギリシャ王国の治安回復」というよりシビアで達成難易度の高い状況へとシフトしたことに気づいていた。

 

 だからこそ、ピレウス港(アテネの主要港。欧州屈指の港)と、大型機に離発着が可能なエリニコン国際空港の確保と機能回復が最優先とされた。

 陸軍を運ぶ輸送船と空軍の運用する輸送機の受け入れを早急に効率的に行わなければならない。

 橋頭堡の確保というような作戦、あるいはアテナ市のようなピンポイントの制圧だけなら海軍陸戦隊でも抑えられるかもしれない。

 だが、ギリシャ全域に混乱と戦乱が拡大しているとなれば、それを収束できるのは巨大な陸上制圧力であり、それを支える補給線の構築は必須だった。

 

「海軍陸戦隊に通達! 治安出動における重要事項は、市民の安全の確保! よいか! 王国民の命を無駄に散らせてはならぬぞっ!!」


 この手の状況は、時間をかければかけるほど被害が広がり状況が加速度的に悪化することを小沢は知っていた。

 曖昧な優先順序も、中途半端な介入も悪化要因になることも。史実の”イラン革命”とかその好例だろう。

 だから、手が届く範囲にある鎮火できそうな火種は踏み潰せるうちに潰すべく迅速さを、明確さを重視した命令を飛ばす。


「間違えるな! 深追いは無用! 敵対勢力のこの場の殲滅よりもアテネ市内の治安回復を優先せよ!!」


 ……なおこの姿は、ばっちり海軍映像記録班に撮影されていたりする。

 

 

 

***




「ほいじゃあ軍曹、”地獄巡り・・・・”と洒落こもうか」


 上からのお墨付きは出た。

 後続も続々とアテナに集結している。

 ならば、躊躇する必要はない。

 

「差し詰め、気分はファウスト博士ですなあ」


「誰がメフィストフェレスだよ」


 相変わらず学があるのは結構だが、人を悪魔呼ばわりするのはやめれ。

 それにしても……

 

(強襲上陸のはずが、奇襲上陸になり、イタリア軍の駆逐によるアテナ制圧の筈が……)


「イタ公叩きだす筈が、最後は”治安出動”かよ」


 これ、下手しなくても降伏したイタ公も保護対象だぞ?

 日本皇国がハーグ陸戦条約とジュネーブ条約に調印してる以上は。

 

「こんなにコロコロ色々と作戦が変わるんじゃあ、後年の歴史家から《b》”史上最低の作戦”《/b》とかってウチの上層部、叩かれるんじゃねぇか? 見通しが甘いとか」


「ありえますな。十分に」

 

 


 いや、叩かれるのはむしろイタ公かな?

 

 

 











************************************















 一方、「アテネが血生臭い混沌化」の一報を受けた帝都東京、永田町では……

 

 

 

「42年でもう”ギリシャ内戦”かよ……いくら何でも前倒しすぎんだろ。はしゃぎ過ぎだバカアカどもめ」


 と日本皇国首相の近衛公麿はため息をつくと、

 

「広田サン(官房長官)、時間が空き次第、野村サン(野村外相)に俺のところに来るように伝えてくれ」


「どのような用件で?」


「トルコとの緊急交渉だ」

 

 近衛はそう端的に答えると、

 

「ギリシャがこうなっちまった以上、この先、どんな形であれ確実に”アルバニア”も絡んでくるだろうさ。クレタ島で保護してる”ゾグー国王”の後ろ盾は、トルコだろう? アルバニアの出方がわからん以上、打てる手は打っておくに限る」

 

 

 

 世界は再び、より面倒な混迷の方向へ舵を切り出していた。

 いや、むしろクラウチングスタートを切っていた……か?

 

 

 

 

 

 

 








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