第259話 殺伐として血腥く、そしてどこか牧歌的な情景




「噓だろ、ヲイ……」


 グリファダ海岸沿いの街道、待つこと1時間半。

 既に橋頭堡は築き終わり、大発による戦車隊第1陣の上陸も終わり、戦車数両は街道を塞ぐべく俺達の陣取る街道わきの簡易陣地の近く、街道を望める小高い丘に車体をハルダウン(車体を稜線の下に隠すようなポジショニング)させながら居座っていた。

 

 砂浜から少し奥まった所に入った場所に、臨時前線司令部が現在、急ピッチで構築中だ。

 ちなみに、ついさっき何事が起きたのかと現地の明らかに民間人と思わしき老人が様子見に来たが、どうやら近い村の村長だったようだ。

 すると、前衛部隊司令官の陸戦隊大佐が応対。

 ギリシャ国王の紋章の入った勅書の写しを見せながら、

 

『自分達はクレタ島で抵抗を続けるギリシャ国王グレゴリウスⅡ世陛下の要請を受け、日希の親善と友好の盟約に従い、王の代行としてこの地を正当な統治者の手に戻すべく馳せ参じた』


 と綺麗なギリシャ語で説明したら、大隊長によればその老人はその場で大号泣して泣き崩れ、司令官ををめっちゃ困惑させたらしい。

 落ち着かせるために、紅茶と茶菓子を提供したら、今度は「イタリア人がどんな酷い奴ら」かを熱弁し始めたとのこと。

 そして、「村へ戻ったら周辺の村々に早馬を出してこの慶事・・を知らせる」と息まいていたらしい。

 大佐は「戦場は危ないので近づかないように。鉄砲持って押しかけるのなんて以ての外」とちゃんと釘差しはしたらしいが……

 

 それが功を奏したのか、確かにやってくるのは民兵や便衣兵ではなく、イタリアの識別章を付けた正規軍人ばかりなんだが、

 

(緊張感ねぇ~~~っ!!)


 何というか三々五々というか……とにかく、まともに統制取れてないような部隊が、バラバラに大慌てで街道を南下してくるって感じだ。

 ぶっちゃけシューティング系のヌルゲーやってる気分だ。

 先ずは酷いのは戦場。

 いや、確かにイタリアの区分じゃ中戦車かもしれんが、


(15tにも満たない、装甲厚が最大4㎝のリベット止め戦車が、道路を直線で全力疾走したらアカンやろ!)


 お前のことだよ”M13/40”。

 皇国陸軍の区分じゃお前は軽戦車だ。ついでに最高速だってそう速い物じゃない。

 

 そして、我が軍の戦車は今年から配備が始まった”海兵九七式改”。

 九七式軽戦車をベースにしているが、主砲を砲塔ごと総取り替えし、主砲は英国由来の6ポンド砲(57㎜50口径長砲)。

 この世界線では、43口径長ではなく最初から50口径長で設計され、榴弾も用意されたんだが……こいつを少数生産だからできる、正面装甲厚75㎜のニセコ装甲板を傾斜させた全溶接砲塔に搭載している。

 この砲、性能的には一般的な徹甲榴弾(APCBC-HE)でも、2,000mの距離でM13の砲塔正面装甲貫けるからな? まあ、命中精度を上げたいのか1,500m程度まで接近させてから発砲してるみたいだけど。

 お陰でせっかく用意したロケランとかの対戦車兵器の出番なしだ。射程に入る前に、片っ端から戦車に喰われちまう。

 

 そして、結果は散々たる有様。

 街道上にはイタリア戦車の残骸が散らばり大渋滞。いや、あれも進軍を止めるバリケードにはなるのか? 

 あの程度の重量物なら、重機使えば直ぐに排除はできるが。

 どうやらギリシャには、陸戦隊の脅威になりうる最新のP40重戦車やセモベンテM41Mda90/53対戦車自走砲とかは配備されていないらしい。

 補給線が無茶苦茶だから、無理もないけどさ。


 後に続いていた非装甲っぽい兵員輸送トラックから、わらわらと歩兵たちが大慌てで飛び出してくる。

 タンクデサントさせない分、ソ連よりマシだが……

 

「一目散に逃げようとすんじゃねぇっ!!」


 俺たちが本来相対すんのは、こういう機動歩兵なんだが……どういう訳か、トラックから降りた途端に撤退しようとすんだよ。

 そして、その背中に短機関銃や拳銃以外の遠間合いの武器で一連射。バタバタと倒れる敵兵。

 まあ、無防備な背中晒してたら当然、こうなるわな。

 知らんのか? 撤退戦ってのは、一番被害が出るんだぜ?

 

 という訳で(どういう訳だ?)、残存イタリア軍はお決まりの地面に伏せて武器を放り出し、両手を頭に、先任は白旗を掲げる。

 いや、降伏早すぎんだろ。

 せめてちったぁ抵抗の意思示せ。心臓を捧げよ。

 この降伏兵の確保までがルーチンワーク。

 武器弾薬を節約できるのはありがたいが、これを何度も繰り返すと嫌気が出る。

 

 

 

 また、トラックに乗ったままアテネにUターンしようとする不心得者には、戦車砲の洗礼や更に後方に配された”海兵九七式88㎜自走砲”に搭載される同じく英国由来のQF25ポンド砲の曲射砲撃の見送りサービスが漏れなく付いてくる。

 

 仮にそれを逃げ切ったとしても、上空でロイタリングしている零戦三三型や彗星改が手薬煉引いて待ち構えてるんだけどな。

 一通りの制空任務や爆撃任務を終えた艦上機は、ローテーションを組んでエアカバーに勤しんでいるようだ。

 暇を持て余していないのは、大変に結構なこった。

 

 ついでに言えば、時折、見当違いの場所に砲弾が降っているようだが、沖合から轟音が響くとたちどころに静寂と沈黙が訪れる。

 司令部付きの前線砲撃統制官も中々に良い仕事をする。

 

「なあ軍曹、こういうのも牧歌的な風景というのかね?」


「こんな死臭漂う殺伐とした牧歌的風景なんざ御免ですがねぇ」


 いやでもさ、なんか仄々としてね?

 緊張感に欠けるとも言うが。

 















************************************















 夜明けから始まった揚陸作戦、昼過ぎには大分やってくる敵兵たちも少なくなってきた。というか、ついに0になった。

 待てども待てどもやって来ない敵軍。

 おかしいな。アテネ周辺には、敵兵10万は居ると聞いていたんだが。某有名童謡じゃあるまいし、待ち惚けとか冗談じゃない。確かに広義な意味で野良仕事(野外活動)だが、こちとら業種は軍人で、仕事内容は戦争だ。

 鉄砲を撃つだけの簡単なお仕事、アットホームな雰囲気な職場で、世界中へ行けます、あるいは世界中で逝けますってか?

 まあとにかく、相手が来ないならこっちから行くしかない。

 異常に気付いて航空偵察はもう行われてるだろうが、詳細は近距離から肉眼で確認しないと分からない事も多い。

 

「中隊長、威力偵察も兼ねてアテネ市外に浸透しようかと思うのですが? 幸い、うちの小隊は非対称戦・不正規戦・市街戦の訓練を受けていますので」


 噓ではない。

 海軍陸戦隊は規模が大きくないのでまだ独立した部隊になってるわけではないが……小隊単位で選抜され、自衛隊風に言うならレンジャー訓練、対ゲリコマ用の訓練を受けさせられる。

 おそらく将来的には、史実の”ネイビーシールズ”みたいな海軍特殊部隊を編成する腹積もりなのかもしれない。

 幸いというか俺の小隊はその選抜組で、都市での非対称戦でも普通に対応はできる。

 

「良いだろう。車両も出せるように大隊長に掛け合おう」


 と上官殿。

 話が早くていつも助かってます。

 だから、そんな「ああ、コイツ言い出したら聞かん奴だったわ」的な諦観の目で見るのはやめてつかぁさい。

 俺の心にそれは効く。

 えっ? そんな繊細じゃないだろうって?

 正解。よくわかったな。

 

 

 






 

 

 

 

 

 

 そして、俺達はギリシャ首都アテネで地獄を見ることになる。

 いや、俺たちにとってのではなく、イタ公にとってのだが……

 

 

 











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