第256話 二つの三三型、ギリシャ上空にて




 1942年9月17日、払暁

 

 

 確認されていたアテネ周辺に点在していたあらゆるイタリア軍施設は、炎に包まれた。

 大げさでも比喩でもない。

 夜明けとともに水平線の彼方から現れた、日本空軍の北アフリカ・地中海領域では馴染みになっている高速双発爆撃機”吞龍”と4隻の正規空母から飛び立った艦上爆撃機”彗星改”による大編隊の一斉爆撃を受けたのだ。


 先制攻撃であり、結果的に完全な奇襲攻撃となった。

 何しろ空襲警報のサイレンが鳴り響いたのは、最初の爆弾が投下され起爆した後だったのだから。

 

 地中海方面には、既に史実とは”完全に別物・・”である四発大型爆撃機である”深山”も配備されていたが、市街地に対する絨毯爆撃をするわけでもなく、基本的に軍事拠点に対するピンポイント爆撃がメインの任務で、しかもクレタ島とアテネは300㎞ほどしか離れておらず、それならば再出撃まで面倒と手間のかかる四発機よりも、艦上爆撃機と使い勝手の良い双発爆撃機で早いサイクルの爆撃ルーチンを繰り返した方が効果的と判断された結果だった。

 実際、それは使われる兵器にも表れていた。

 

 ある程度の防御が行われてるような施設には、500kgの半徹甲炸裂弾(徹甲榴弾との違いは、内部の炸薬量の比率が徹甲榴弾より高く、その分軽く装甲に対する貫通力は劣るが爆発力に勝る)が急降下爆撃で投下され、それは主に”彗星改”により行なわれていた。

 また、航空機の天敵である高射砲陣地などの面制圧には翼下に吊るされた鉄球をばら撒く対人/対軽装甲弾頭や成形炸薬弾頭の対装甲タイプのRP-3空対地ロケット弾が使用された。

 500kg爆弾を胴体に、左右主翼下にはロケット弾を鈴なりに懸架し急降下爆撃ができる”彗星改”、正式名称”彗星三三型”は、中々にパワフルな機体らしい。

 

 対して一〇〇式重爆撃機”吞龍”の任務は、重砲陣地や飛行場など、あまり防御力は高くは無いが広い被害半径を要求されるような標的に対する比較的高高度からの制圧爆撃だった。

 投下されるのは、集束型の成形炸薬爆弾や”三号爆弾一型”焼夷弾など、500kgないし1tのいわゆるクラスター爆弾での攻撃だ。

 基本的に”浅く広い範囲の攻撃”が方針のようで、例えば、まだ開設されてから5年も経ってないグリファダ海岸のすぐ西にあるアテネの空の玄関口”エリニコン国際空港”は、(どうせ地上侵攻で押さえる予定なので)「作戦中、イタリア軍の航空機運用が出来無くなればよい」という方針の元、コンクリートをグズグズにする成形炸薬式のクラスター爆弾が全ての滑走路に散布されただけで済まされている。

 まあ、これは飛行場を前線航空基地として使う意図があり、不発弾処理や重機による滑走路の再整備などの後処理を考えての攻撃だろうが。

 

 通常爆弾があまり使われていないのは、ファースト・ストライクで攻撃するべき標的が最初からかなり絞られていたため、それに応じた特化型の武装が選択されたと考えて良い。

 限りあるペイロード、ご利用は効率的にという奴だ。

 

 

 

 イタリア軍はまだ満足なレーダーを持っていないとはいえ、爆撃が始まれば(まだ攻撃されていない基地からは)普通にスクランブルがかかり、迎撃機が大慌てで飛んでくる。

 

 燃料事情が厳しいせいか保守部品が入ってこないのか、あるいは両方かその数は寂しい物だったが、それに同情することなどなく、むしろ喜んで飛びかかっていくのが、”零式戦闘機三三型”。

 この世界線における零戦の有終の美を飾る最終型、零戦の最終進化形だ。

 

 

 

***




 零式艦上戦闘機三三型と彗星三三型(彗星改)、これはどちらもある共通項がある。

 ”金星60番台”、こちらも金星エンジンの最終モデルを主機として採用していることだ。

 これは、艦上攻撃機が今回の作戦に投入されていないことを含めて偶然ではない。


 基本にあるのは、”艦上機エンジン共用化計画”だ。

 基本的にこれは、可能な限り戦闘機や爆撃機のエンジンを共用化し、整備員の育成の手間や負担を減らし、どうしても空母という自立航行型航空基地の為に、スペースが容易に拡張できず港に居ない限り補給手段が限られる中、可能な限り保守部品の共用化を図るとともに収納スペースの効率化を図ろうという物だった。

 

 まず、今生における金星60番台のスペックシートを記しておこう。

 

 共通スペック

 ・空冷星形14気筒エンジン

 ・排気量:32.34l

 ・過給機;空冷中間冷却器インタークーラー付1段無段変速遠心圧縮過給機スーパーチャージャー(二速だがDB601と同じくフルカン継手で無段変速化した物)

 ・出力増強装置:中間冷却器用水-エタノール噴射装置(空冷インタークーラーに冷却液を噴霧し一時的に液冷化して冷却機能を高めるタイプ)

 ・燃料噴射装置:ポート噴射式多点定時燃料噴射マルチポイント・インジェクション

 ・制御統制装置:カセット式パラメトロン型燃料噴射統制装置(脱着可能な燃料噴射装置の制御ユニット。初歩的な電子制御燃料噴射装置)

 ・排気装置:推進式単排気管(ロケット式排気管)

 ・出力:(離陸、標準セッティング)1,580馬力

 ・水-エタノール噴射時:1,750馬力(高度2,000m、使用時間30分)

 

 最大の特徴は、キャブレターに代わり1気筒ごとに燃料噴射が行われるマルチポイント・インジェクションを採用し、その自動制御をファミコンのカセットのご先祖様のような脱着可能なパラメトロン使用の統制ユニットで行っていること(サイズ的には重箱サイズだが)

 言うなれば、初歩的な”電子制御燃料噴射装置(厳密には電気制御と呼ぶべきだが、ここは一般的な語句を使う)”を形成している。

 そして、これが肝なのだが……戦闘機や爆撃機などの、用途に応じて変える燃料噴射のセッティング変更(=出力特性の変更)を、このカセット式制御ユニットの交換で対応しているのだ。

 つまり、金星62番、64番というような末尾1桁の数字は、まんま制御ユニットの番数だったりする。

 つまり、60番エンジンに2番制御ユニットを組み合わせれば、”金星62型”の出来上がりという訳だ。

 おそらく、この設計思想から考えて、開発には深く転生者が関わっていると推察できる。

 何しろ、この発想は電子制御燃料噴射装置全盛時代のECUチューン(制御プログラムの書き換えによるセッティング変更)と根本的な発想が同じだからだ。

 史実を見る限り、噴射装置の機械的な調節でセッティング変更は行うことがあっても、燃料噴射装置の制御部分でセッティング変更を行うという発想は存在していない。

 

 また、それ以外の特徴として、おそらくはDB601の過給機を参考にして開発した思われる流体継手を採用した高度(気圧)に応じて1段と2段の間を無段階に過給圧調整できるスーパーチャージャーで、オリジナルより出力は大きな差はないが対応可能高度が幅広くなっているようだ。

 また、オリジナルには非搭載のアルム合金製のインタークーラーが採用されており、また独立ユニット化されいわゆる”ポン付け”できる水-エタノール噴射装置は、エンジン本体ではなくこのインタークーラーに噴霧し、一時的により効率的に過給気を冷やす液冷インタークーラーに疑似的に強制変更する装置で、エンジンに関する負荷は小さい。(その分、使用後はインタークーラーの交換が必要になるが)

 驚くべきことに作動させてしまえば、水-エタノール噴射量はサーモスタット連動で自動調整されるという。


 実は、後に登場する初期型の”誉”エンジンより燃料噴射装置や過給機など一部の技術は尖っている・・・・・傾向があり、30年代に登場した熟成の進んだ信頼性の高い頑丈なエンジン本体を最新技術でレトロフィットしたというのが、この60番台の金星エンジンの本質ではないだろうか?

 

 まあ、他にも日本皇国の工業水準の高さ故に加工精度が段違いだったり、スパークプラグや配電線などの電装品が英国準拠で史実とは比べ物にならぬ程品質向上しており、また不純物の少ない高エネルギー含有のハイオク燃料や、高品質な鉱物油系エンジンオイルが使えるなど、複合要因で信頼性の高いエンジンとなっている。

 実は、数字的には最高出力は大きく史実と向上しているわけではないが、この数字は”最低保証馬力”、つまり整備不良でもない限り規定内の環境であれば”これだけの出力を保証する”という数字なので、実戦における馬力差、特に高度ごとの馬力差はカタログデータ以上かもしれない。

 いずれにせよ、金星というエンジンの終幕を飾るに相応しい性能と耐久性、信頼性のバランスがとれた完成度の高いエンジンであった。

 これに組み合わされるプロペラが史実のハミルトン社の物より確実に高効率な英ダウティ・ロートル社のライセンス生産品である定速(可変ピッチ)プロペラと組み合わせるというのが、言わば皇国海軍の現在のスタンダードであった。

 

 


***




 極端な高性能ではないが、信頼性が高くどの高度でも安定した性能と出力を発生する強心臓エンジンの存在は、ゼロ戦に更なる進化を促した。

 

零式艦上戦闘機三三・・

エンジン:ハ112Ⅱ”金星62型”

出力:1,580馬力(通常離陸時)、1,750馬力(水-エタノール噴射装置使用時、高度2,000m)

最高速:595㎞/h(高度6,000m、戦闘重量)、620㎞/h(同高度同条件、水-エタノール噴射装置使用時)

武装:ホ103/12.7㎜機関銃×6(左右主翼に3丁ずつ)

航続距離:2,250㎞(増槽搭載時。全速30分含む)

ペイロード:胴体下に250kg(基本的に増槽用)+左右主翼下にそれぞれ60kg(RP-3ロケット弾搭載可能)

最大降下速度:850㎞/h

特殊装備:高出力エンジン搭載に備え各部が構造強化された機体、電波高度計、電波誘導装置、セルフシーリング・タンクやパイロット用防弾板など史実の一式戦闘機Ⅲ型に準ずる防弾装備、ファウラーフラップ付き層流翼、3ピース・バブルタイプキャノピー


 基本的に登場した三二型のエンジンを金星50番台から60番台に換装した物……というより、そもそも30シリーズのボディは金星60番台のエンジンを搭載するために製造されたボディであり、60番台のエンジン生産が間に合わなかったので50番台と組み合わせた三二型が急遽製造されたという経緯があり、この三三型こそが本来の、皇国海軍に望まれた”ラスト・ゼロ”であった。

 そして、主観的で申し訳ないのだが……三二型の時にも思ったが、60番台のエンジンの搭載に伴い、各部が細かい小変更を受けているせいか、全体の印象が、どうも余計に史実のいわゆる”金星零戦”っぽくない。

 空力処理などを見てると、どちらかと言えば史実では同じエンジンを搭載した”五式戦闘機”に近いシルエットのようだ。言い方を変えれば、”史実の五式戦を艦上戦闘機に仕立て直したような機体”と書くと妙にしっくりくるかもしれない。

 

 

 

 そして、彗星三三型、いわゆる”彗星改”だ。


彗星三三・・

エンジン:ハ112Ⅱ”金星64型”

出力:1,580馬力(通常離陸時)、1,750馬力(水-エタノール噴射装置使用時、高度2,000m)

最高速:575㎞/h(高度6,000m、爆弾500kg機内搭載時、水-エタノール噴射装置使用)

武装:ホ103/12.7㎜機関銃×2(主翼)+7.7㎜旋回機銃×1(後部座席)

航続距離:1,550㎞(正規。爆弾500kg機内搭載)

ペイロード:胴体内爆弾倉に最大500kg+左右主翼に合計250kg

最大降下速度:850㎞/h

乗員:2名

特殊装備:ジャイロコンピューティング式射爆照準器、機内爆弾倉、電波高度計、電波誘導装置(ビームライディング方式)、動力式主翼折り畳み装置、セルフシーリング・インテグラルタンク、重要区画に防弾鋼板


 実は、この機体「逼迫した戦況」から生まれた史実の三三型より開発経緯がややこしい。

 そもそも彗星の開発の発端は、”英国支援計画”の一環として生まれた「マーリンエンジン搭載の艦上急降下爆撃機」であった。

 しかし、当時主力艦上爆撃機だった九九式艦上爆撃機の早期陳腐化は避けられないとして、次期艦上爆撃機計画と、同時に先にあげた”艦上機エンジン共用化計画”が組み合わさった生まれたのが、この”彗星改”という訳だ。

 なので、開発は液冷エンジンの彗星ほとんど並行して行われ、そうであるが故にエンジン以外のコンポーネントはほぼ共用となっている。また、エンジン変更に伴う設計変更(史実の飛燕→五式戦と同じ)なので、それに伴う小改良が行われているようだ。。

 ちなみにではあるが……マーリンエンジン搭載の彗星はこの時点で英海軍の艦上爆撃機不足を理由に”コメット爆撃機”という名称で全て英国に売却されてしまっている。まあ、元々の開発理由を考えれば、ある意味、当然かもしれないが。

 

 

 

 ちなみに試製がとれ制式化された”二式艦上偵察機”は、その性質から生産数も空母搭載数も少ないので設計の小変更は行われたが、エンジン換装計画はなく(一説には速度性能の低下が嫌われたとされる)、また主戦場の欧州戦域においては敵対勢力(建前上はイタリアのみとなっている)の海上兵力は著しく減退しており、航空機による対艦戦闘より対地攻撃の機会の方が圧倒的に多くなるとされた為と彗星のペイロードで十分とされた為に、次期艦上攻撃機(史実の”天山”)の発注はキャンセルされた。

 

 上記の判断は、その先の艦上機が”誉”エンジン搭載の汎用戦闘機(実質的な戦闘攻撃機)、爆撃機と攻撃機を統合した汎用攻撃機、そして高性能偵察機の三種とすることが内定していた為の判断だったとされる。

 

 


***




 史実では戦況の逼迫からやむなく開発された金星零戦と彗星三三型だが、この世界では旧来の戦闘機の開発ツリー最終進化機として、あるいは勇名を馳せた先達の後継として史実より一足以上早く、1942年のギリシャ上空でその性能を遺憾なく発揮する事になった。

 それは、史実の大日本帝国と今生の日本皇国のあらゆる差を凝縮したような、ある種の象徴なのかもしれない。

 

 誤解の無いように言っておくが、日本皇国に戦場を一変させるレベルの”超兵器チート”は、少なくとも1942年には存在しない。

 ただただ、地味で地道な技術の積み重ねだけだ。例え、未来の技術をしる転生技術者であっても、無から有を生み出せないように真空管から一足飛びにICやLSIは開発できない。

 それらを作るには、国全体の技術力や工業力の底上げが必要だからだ。

 転生技術者が先導したとはいえ、結局は弛まない技術の積み重ねが革新を産むのは、史実も今生も変わらないのだ。


















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