第255話 A-88とユーゴスラヴィア・クライシス ~総統閣下はマカロニ野郎に大変お怒りのようですよ?~
さて、日本皇国軍によるギリシャ奪還作戦、”
基本となるのは”強襲揚陸作戦”で、上陸地点は首都アテネの南に隣接するグリファダ
初手で首都を制圧してしまおうということだ。達成できるなら、その意義の大きさは説明するまでもないだろう。
いきなり重防御であろう首都の目の前で敵前上陸はリスクが高すぎるという意見もあったが……度重なる航空偵察の結果、どういう訳かイタリア軍は強固な防御陣地を絶好の揚陸ポイントであるグリファダ海岸周辺に敷いている気配はなかった。
皇国軍の結論としては、主力はアテネ市内周辺に配されており、「直ぐに迎撃できる」グリファダ海岸はあえて軽防御にしておき、陸地に誘引してから包囲殲滅する腹積もりだろうと。
実に海洋国家らしい考え方だった。
「だから、上陸に際して事前の敵軍事施設への攻撃は徹底すべきなのです」
そう解説するのは、今回の”暁の女神作戦”の参謀長を任された”井上
「それに関しては賛成だな」
と返すのは、本当に久しぶりの登場の日本皇国海軍地中海方面艦隊総司令官”小沢又三郎”大将。
今回の作戦における最高司令官でもある。
”オペレーション・イオス”において作戦の主力は、地中海艦隊と陸戦隊。
アテネが臨海都市である以上、必然的にそうなる。
「空軍と協力して、周辺の事前砲爆撃を徹底することが肝要だ。そして常時、陸戦隊を支援砲撃/エアカバーできるような状態を維持しておくこと」
そう答えるのは、50隻を数える作戦参加艦隊総提督の”山口多聞丸”である。
名前がまんま楠木正成の幼名だった。
今回の作戦、無論、クレタ島に展開する空軍は全面参加だし、内陸部への本格進攻は後詰めの陸軍が担当する。
しかし、攻略する場所が場所である以上、先陣を切るのは海軍であり、上陸の最先鋒は海軍陸戦隊だ。
ギリシャに展開するイタリア軍は、さほど大きな規模ではなくなっている。
タラント港強襲作戦による艦隊の大ダメージ、ナポリへの残存艦隊の退避、メッシーナ海峡の機雷封鎖、イオニア海、アドリア海などでの航空機や潜水艦、魚雷艇などの小型船舶による通商破壊作戦と、駆逐艦を中核とした船団護衛部隊による輸送船を狙う潜水艦やMAS魚雷艇を狩るハンターキラー作戦……これら一連の作戦の積み重ねにより、イタリアの海上交通網は壊滅していた。
そして、イタリアとギリシャの位置関係を地図で見てほしい。
ギリシャのすぐ上にはイタリアの侵攻により傀儡となったアルバニアがあるが、そのすぐ上にはユーゴスラヴィアがあるのだ。
そう、イタリアから陸路でギリシャに援軍を送るには、このユーゴスラヴィアを通るしかない。
あのドイツが関わることを忌避し、「向こうから手を出してこないのならば不干渉。むしろ無視」と決めたユーゴスラヴィアを、だ。
そして、イタリアは(いつものように)最悪の一手を打った。よせばいいのに”バルカン半島の平定”を掲げ、アルバニアとギリシャへの陸路の確保を目的に、ユーゴスラヴィアに軍事干渉をし始めたのだ。
そして、ドイツが心底嫌がっていた”ユーゴスラヴィア産人型
***
言葉や表情に出すことなく、怒り狂ったのは他の誰でもないヒトラーだった。
彼は信頼できる重鎮全てを呼び出し、とある条項の発令を宣言した。
その発令書には、
”非常事態発令:A-88(アントン・アハトアハト)”
と記してあった。
内容はシンプルに語れば、イタリア側に一切通告することなく”イタリアの切り捨て・見限り”。
今後、一切の干渉をすることもなく、現在の外交条項の凍結と破棄、外交チャンネルは名目上開いてはいるが、一切の新規交渉や条約締結を禁止するという物だった。
ヒトラーは、即日でドイツと友好関係・同盟関係全ての国に、「どうしてそういう結論に至ったのか?」というイタリアの失策を書き連ね、自らの署名を入れて”イタリアに対する絶縁宣誓書”を送り付けた。
リビア、ギリシャに続いてイタリアの独断専行は三度目。”仏の顔も三度まで”とは言うが、仏とは程遠いヒトラーなので「3ストライク、アウト!」というところだろう。
まあ、釘は刺したはずなのに、案の定やりやがったと。
ヒトラーが徹底していたのは、日英同盟やチトーをはじめとするユーゴスラヴィア関係各位にも同様の親書を送ったのだ。
省かれたのは、この戦争に無関係な国家、どう利用するかわからない敵対中の米ソとその取り巻き、内部にどれほど赤色シンパが残っているかわからないベラルーシくらいだった。
そして皮肉なことに、当事者であり本来なら敵対してもおかしくない、実質的にプチ内戦状態のユーゴスラヴィアの各勢力からも、これまでの言動から「ドイツは比較的約束を律儀に守る国(欧州基準)」だと思われており、ドイツがちょっかいかけてこないことを前提に、ユーゴスラヴィアを通り抜けようとするイタリアの補給部隊を嬉々として襲撃し始めたのだ。
無論、本格的な戦争というより軍需物資の確保(略奪)目的で。
これにキレたのがイタリアで、少しの軍事干渉で済ますつもりが、何を考えてるのか本格的な軍事侵攻をユーゴスラヴィアに始めてしまったのだ。
あの、史実でも散々手を焼いた”
いわゆる”ユーゴスラヴィア・クライシス”の始まりである。
だが、いつまでも改善しない状況にムッソリーニの娘婿、外交官としての能力がかつての来栖任三郎以上に疑問視される(つまり壊滅的な外交センス)のチャーノが政治交渉を試みるが、「ドイツに見放されたイタリア」など誰も相手にするはずもなく、では今度はドイツに支援を求めるも、同じく外相であるノイラートにはベルリンで面会することはできたが……
『総統閣下から伝言を預かってるよ。「モスクワをイタリア
そして形相を一変させ、
『吐いた唾は吞めぬぞ、無能なクソガキ。儂が言いたいのはそれだけだ』
史実と異なりこの世界線のヒトラー、大分人望が厚いようである。
他の外交チャンネル(リッベントロップとか)も当たったが、「只今、独ソ戦の最中につき多忙」という定型文のような返しばかりで、面会拒否され、失意のうちに帰国した。
再度、めげずに再交渉しようと思ったら今度は、ドイツ自体に入国拒否された。
チャーノはこの時になって、初めて自分の発言で誰をどれほど怒らせたか悟ることができた……が、全ては後の祭りだった。
では、今度は他の国に……と頼ったが、チャーノは都合よく忘れていたが、国連から脱退した(実際には締め出された)イタリアをまともに相手してくれる国は、少なくともドイツに影響力がありそうな欧州には無かったのだ。
敵対している日英や犬猿の仲であるフランスに頼れるわけもなく、また驚いたことにチャーノは米ソにすがる危険性を認識できる程度の知能は残していたのだ。
***
この扱いにキレたムッソリーニが、
『イタリアが陥落すれば、ドイツも、お前が大事にしているレーヴェンスラウムも無事ではすまんぞ!!』
という趣旨の直筆の書簡を大使館ルート(奇跡的に駐伊ドイツ大使館はその機能を維持していた)で送れば、
”貴国を陥落せしめる相手国とは既に停戦合意が成立して久しく、心配無用”
と無慈悲な返答が
ちなみに発信者はヒトラーではなく、ノイラートであった。
更にブチギレたムッソリーニは、”ドイツに貸し出している”戦闘機などの技術者集団(いわゆるサンクトペテルブルグ組)の帰国命令を出したが、いっそ清々しいほどに無視された。
当然だった。
あの契約は、貸付ではなく”譲渡”だし、そもそも事の発端は”バルボ元帥暗殺事件”なのだ。バルボが率いてた”
実際、日々食事の需要が高まり、物流の回復が鰻登りのサンクトペテルブルグで妻や子供がイタリア料理の
つまり、ムッソリーニには自棄酒を煽る以外にできることなど無かったのだ。
そう、海路をほぼ完全に塞がれ(非武装の民間船舶すら臨検受けるし)、空路の輸送は論外(海の上を飛べばレーダー哨戒網にキャッチされ、警告なしに即時撃墜)、陸路もユーゴスラヴィア・クライシスで半閉塞状態。
そして、その燃料も武器弾薬も乏しく、食料すらも地元で徴発しなければならない状況で共産パルチザンと暗闘を繰り広げ消耗している……これが駐ギリシャ伊軍の実態だった。
だが、更に無慈悲な現実を言おう。
そんな状況を、日本皇国海軍は正確に把握していた。
無論、ドイツ側からのそれは”大島特使からの信用における情報”だ。
史実を揶揄しての皮肉ではない。
ドイツは日本に握らせたい(さほど機密度や専門性の高くない)情報がある場合は、大島大使を通すのが慣例だった。
情報はやるから精査はご自由にという奴だ。
別にドイツからだけの情報だけで判断したわけでは無いが、過剰戦力と判断された長門級や2隻の空母を、作戦準備を「単純な船の入れ替え」に見せる欺瞞工作を兼ねてオーバーホールに本国へと戻した。
大島大使、実は外交官時代の来栖任三郎より、よほど良い外交官の仕事をしている。
そして、オオシマ・コネクションの情報が、いつも通り正しいと判明しても……日本皇国は、戦争に一切手を抜くつもりは無かったのだ。
適正化された戦力で、一切の容赦も妥協もなくイタリア軍を叩く腹積もりだった。
つまり、イタリア人は皇国軍の
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