第251話 ”ブルーミント・クルセイダース” ~それは枢機卿猊下に脳を焼かれた者達の集い(別の意味でフォン・クルス被害者の会)~




 唐突だが……

 9月に入ったその日、新たに”サンクトペテルブルグ市民軍ミリシャ”中将として赴任したヴァトゥーチンは、同僚との顔合わせで内心ドン引きしていた。

 

「ああ、お話は枢機卿猊下・・・・・よりお伺いしております。歓迎しますよ、ヴァトゥーチン中将。小官は”サンクトペテルブルグ・ミリシャ”を預からせて頂いている司令官、アンドレアノフ・ウラソフと申します。階級は組織工学の都合上、私が大将でミリシャの最先任となりますが、ここは赤軍ほど階級にうるさくはなく、己の与えられた任務を達成することが最優先とされます。全ては、枢機卿猊下の御心のままに」


 なんかもう、語尾がおかしかった。

 

「ヴァトゥーチン中将、私は”光”を見たのですよ。そう、このサンクトペテルブルグに神の栄光が戻るその瞬間を! その時、私は悟ったのです。私が求めてやまなかった”母なる悠久のロシア”はここにあったのだと。重要なのは”何処で”ではない。消える事なき心の光、信仰がどこにあるかなのです。思い返せばサンクトペテルブルグはかつての帝都、古き良き正しきロシアの心臓であった土地。なるほど、であるならば正しき指導者ツァーが戻れば、街が正しき姿を取り戻すのもまた道理という物。共に守りましょう。正しき指導者に導かれる、信仰と正統なるロシアを。”蒼き聖なる花十字”の御旗のもとに」


 めっちゃ早口だった。

 なんか、上官の軍服が僧服とか法衣に見えてきて、慌てて目をこするヴァトゥーチンであった。

 

 また別の高官、歩兵大隊を指揮するカミンスキー少佐という若者は、

 

「えっ? 枢機卿猊下ですか? そうですねぇ……簡単に言えば”サンクトペテルブルグの守護聖人”にして”神罰の地上代行者”ですかね? 有体ですが。個人的には、熾天使セラフィム様辺りがバックについてると思いますが? あのお方は実に蒼き聖花ブルーミントと浄化の炎がよく似合う。正教に帰依した暁には、洗礼名でСерафимセラフィムを名乗って欲しいなぁ。口癖が復活だった”サロフのセラフィム”より、よっぽど復活もセラフィムもあの方の方が似合うと思うんだが……中将閣下、”ミンツァブラウ・セラフィム・フォン・クルス・デア・サンクトペテルブルグ枢機卿猊下”って響きが良いとは思いませんか?」


 と真顔で、またしても早口で言い切った。

 自分はもしかしたら、サンクトペテルブルグではなく何か別の、得体の知れない宗教国家にでも来てしまったのでは?と少し自分で自分を疑うヴァトゥーチンであった。

 真面目な人間が苦労するのは、どうやらこの世界の必定らしい。




***




「総督閣下が同時に枢機卿であることも知っておりますが……いったい何をやらかしたので?」


「……聞くな」


 い、言えねぇ。

 ”例の演説”の後、大量の正教徒(サンクトペテルブルグ市外からも含め)、「神と蒼き聖なる花十字のために」を合言葉にサンクトペテルブルグ・ミリシャに志願兵として押しかけたとか、あの録画映像が捕虜収容所に流されたせいで大量の共産主義者だった兵士が正教に帰依して志願兵としてサンクトペテルブルグに乗り込んできたとか……

 

 あ、あのなぁ~。

 現状のサンクトペテルブルグとその周辺だけで、30万規模の軍隊とか維持するの無理だからな?

 どう頑張っても軍隊として雇えるのは、リガ・ミリティアを抜けば10万くらいが精々だ。

 なのでとりあえず入隊審査だけ設けてふるいをかけ、残りは入隊希望リストに名前を留めるか、あるいは治安担当の部門に回ってもらった。

 

(まあ、本当に欲しいのは労働力、都市労働者だけでなく農業、漁業従事者なんだけど……)

 

 だって都市の完全復興はまだまだ先の話だしさぁ。

 正直、何もかもが足りんのよ。

 信仰の自由を求めて、随分と人が集まってきたのは嬉しいが。

 そこでこの間、四長老(四大聖堂教主な?)と結託して一席表明したんだが、

 

『戦場に立つのみが戦いに非ず。銃後の民の生活もまた戦場を支える戦いなり。信仰とは何か? 悪しき神の敵を撃つことか? 違うのだ。信仰とは、祈りとは、日々の糧を得られたことに感謝するのもまた信仰なり。特別なことをしなくてもよい。働き、子を育て、日々の人としての営みをを大事にせよ。その中で、無辜の民を守りたいと願う者が銃をとればそれでよい。信仰とは、銃をとることと同義ではないのだ』


 とまあ、こんな感じでな。

 まあ、これで怒涛の志願兵ラッシュは落ち着いたんだが、人の顔見てクルス皇帝猊下ツァーリ・クルスと呼ぶのはやめれ。

 流石に不敬が過ぎる。

 あの世とやらに”また”逝った時、ニコライ二世陛下に釈明するのは御免だぞい。

 というか、見る人があの”復活イベント”の映像を見れば


 ”演説を終えて、再び「家族の肖像」に一礼する俺に、ロマノフ一家が写真が飛び出てきてニコライ陛下が『後を頼む』と俺の頭に自分の王冠を被せた”


 ビジョンが見えるって都市伝説があるんだが……オカルトか?

 いや、俺自身が転生者である以上、オカルトの全否定はできないんだが、いくら何でもできすぎだろ?

 ちなみに俺自身は何も見てないし、気配とかも特に感じてないぞ。

 自慢じゃないが、俺には霊感なんてもんは欠片ほどもない。

 

 とりあえず、俺に皇帝なんてのは荷が重い。

 というか、正教徒でもないのに”枢機卿”なんて、未だに「それでいいんかい?」と言いたくなる。

 いや、そりゃあ四長老とつるんで宗教的イベントとか画策するし、今年の年末は街を挙げてのクリスマスイベント(四大聖堂のとりあえず復旧できた部分を使ったミサとか、四大聖堂のライトアップとかクリスマスツリーの飾り付けとかさ)で戦争の憂さを晴らすような事を計画しているが……

 

 いやさ、戦時中だからって娯楽が少なすぎるんだよ。

 戦時中だから民間人へのストレスも大きい。

 そして何より、元とはいえ日本人としちゃあ季節ごとのイベントは大事にしたい。

 それが市民のガス抜きになれば、一石二鳥だろ?

 

 

 

 だがこの間取材に来た英国国営メディアよ……それらすべてを加味した上で、サンクトペテルブルグ・ミリシャを

 

 ”枢機卿に率いられ現代に蘇った『蒼き聖なる花十字軍ブルーミント・クルセイダース』”

 

 とか紹介するのは、流石に悪ノリが過ぎてねぇかな!?

 真面目なキリスト教徒に怒られても知らんぞ。

 

 それにクルセイダースってなんだよ?

 聖地モスクワ奪還の為に遠征しなけりゃならんのかい。

 冗談じゃない。

 俺は、手の内に居る民の生活と安全を守るので精いっぱいだ。

 おまけに世知辛い事情で、ノブゴロド防衛まで視野に入れなくてはならくなったてのに。

 

(陸上兵力はどうにかなるとしても、航空兵力をどうするかね~)


 まあ、パイロットも数は少ないがいなくはない。

 それに実は、ドイツ国防空軍ルフトバッフェも人員カツカツだろうし、アテにできないことも見越して教官だけレンタルして自前で養成自体は始めてるんだよ。ありがたいことにバルト三国を中心に現役を引退したパイロット達が志願してもくれている。

 

 だけど、問題なのは航空機。

 ”自前で作ってるじゃん!”と言われそうだが、これが甘いんだな~。

 例えば、生産体制に入ったMc205戦闘機やもうじき生産が開始できる予定のJu187爆撃機は、まずドイツ正規軍に最前線にて必要とされる。

 その必要数を確保するための生産計画が、軍需省主導で出来上がってるし、横紙破りでそれを自前に当てようとすれば、間違いなくロクなことにならない。

 要するに非ドイツ正規軍向けの生産が主体の戦車、”KSP-34/42”のようにはいかないってことだ。

 かと言って、ドイツ本国も航空機生産いっぱいいっぱいだろうし……

 実に頭の痛い問題だった。

 

 

 

***




 と頭を抱えていたら、解決策がフランスから飛び込んできた。

 

 なんとフランスが自国用の最新鋭戦闘機”VG33”をベースに、エンジンをドイツ製の”DB601NGV”に換装し、機銃をMG151/20㎜モーターカノンと主翼機銃をMG131/13㎜機銃×4に変更し細部を調整、全金属製にした、”VG39”を売り込みに来たんだよ。

 

 いや~、驚いた。

 上のことからも分かるように、史実のVG39とは別物なんだよ。

 VG33との関係は、D520と史実には無かったHeD520U-1に近い。

 ただ、決定的に違うのは、VG39はフランスが最初から「ドイツやその友好国や同盟国への輸出」を当て込んで製造した機体ってことだ。

 その為、全金属のボディ(史実では一部木材を使用)にオリジナルより強力なエンジンを搭載、トレンドの層流翼、メレディス効果を期待できるラジエター・インテークを押さえ、翼下にドロップタンクの搭載と、申し訳程度ではあるがロケット弾懸架装置を備えていた。

 最高速は戦闘重量で650km/hを超え、航続距離は増槽を左右主翼に搭載した場合1,500㎞とFw190に匹敵する。

 

 火力以外は特にドイツ機に劣るところはない、中々に高性能な戦闘機だ。

 本国仕様のVG33より高性能な輸出用機を作らなければならないこと自体、今のフランスの現状と悲哀を物語っている気がする。

 

 ともあれ、これはまさに渡りに船であると同時にフランスの戦後復興支援にもつながるので、予算の無理はないまずは200機と相応の数の予備部品を発注。

 操縦教官と整備指導員派遣のサービスプランも入れた。

 

(まあ、これで当面何とかなるか……?)


 幸いサンクトペテルブルグその守りでもあるノブゴロドは、鉄道網と道路網がしっかり整備され、サンクトペテルブルグにはかなり大規模な軍民兼用の空港が、ノブゴロドにも輸送機をはじめとする大型機の発着に問題ない程度の飛行場が整備されている。

 おそらく全ての戦域の中で最も配置転換が簡単な戦線がサンクトペテルブルグ⇔ノブゴロド間だ。

 

 なので。とりあえず現在の1個軍団規模、10万弱の兵力を火力増強1個機甲師団を基準に1単位として、純粋戦力として1個を前線配置、1個を機甲予備、1個を休養を兼ねた後方(サンクトペテルブルグ配置)でローテーションさせよう。

 本来なら、工兵・補給部隊も必要だが、そこはリガ・ミリティアが十全の力を発揮できるポジションだ。

 

(そして、有事の際には2個師団をノブゴロドに張り付け、1個を機甲予備として待機させ、損耗した者を部隊単位で入れ替え、後方のサンクトペテルブルグで再編する……)


 そして、200機の戦闘機と他に補用としてかき集められる100機ほどの航空機を効率的に運用しようとすれば、パイロットを除く整備から基地運営まで地上要員でも1万人程度は必要になるだろう。

 

(これはよほど効率的に防衛戦せんとな……)


「少し頑張って、地上兵力15万人体制を構築した方が良いかねぇ~」

 

 幸い前述の通り志願者は居る……というか、リストから溢れている。

 

(有事には1個軍団規模を常にノブゴロドに春付けられるようになれば、大抵の場合は何とかなるか……)

 

 100万規模とか来られたらどうにもならんけど、事前にある程度準備できる状況なら、30万人程度までの敵なら完全編成1個軍団程度あればどうとでもなる。上手くすれば50万までなら耐えられるかもしれない。

 

「シュペーア君、現在の人口、特に労働人口の観点から、サンクトペテルブルグに期待されている工業オーダーから逆算して、リガ・ミリティアを除いた15万の常備軍は可能かい?」

 

 軍人の適齢期ってことは、労働力としても花盛りってこったからな。

 

「現在の閣下のサンクトペテルブルグ市を含むサンクトペテルブルグ特別行政区全体で確認されている総人口は約315万人。決して推奨できる数字ではなくとも、無茶無謀な数字ではないでしょう。無論、ドイツ本国やバルト三国からの様々な支援が前提ですが」

 

 驚いたな。5月のデータ(4月中旬の統計)では200万人を少し超えるぐらいだったんだが。

 ああっ、当時はまだサンクトペテルブルグだけだったな。

 

(あの後に色々と取り込んで特別行政区に俺の管理地域が拡大したわけだし)


 まあ、それについては問題ないだろう。

 ノブゴロドやサンクトペテルブルグが陥落して困るのは、彼らだって一緒だし。

 

 きっと、こっちで15万人規模の戦力抽出ができると分かれば、ハイドリヒの野郎、嬉々としてノブゴロド駐留部隊全てを南方戦線に叩き込むだろうな。

 この間の言い回しならまず間違いなく。

 

「仕方ない。生産力を維持しつつ、その方向で固めよう」


 

 

***

 

 

 

 だが、俺の心配は完全に杞憂に終わった。

 何でもシュペーア君によれば、その時の人口統計は”例の(信仰)復活宣言”前のデータだったらしく、9月下旬に取った(ノブゴロド地区まで加えた)統計では400万人を余裕で超えていたそうな……サンクトペテルブルグ市だけでも、ほぼほぼ全盛期の人口を取り戻したらしい。

 そして、サンクトペテルブルグへの移住待ちリスト(インフラの関係で即時移住は不可能なため希望者がリスト化されていたらしい)を加えると、1年以内に人口600万人越えは確実のようだ

 無論、市内に限らずサンクトペテルブルグ特別行政区全体の生活インフラ整備が大前提だが。

 

「良かったじゃないか? これで常備兵力30万人余裕だな?」


 うっせーやい。

 

「まだまだ足りんよ。ドイツや他国の支援がなければ、普通は人口600万人の国家で30万の常備軍は維持できん。それにリガ・ミリティアや航空軍含めての30万だからな?」


 正面陸上兵力30万じゃねーぞ。

 フィンランド?

 いや、あれかなり例外だし。

 

「まあ、それは今後の努力目標ということで。とはいえ、前にも言っていたが最低でも800万人、最大で1200万人程度までは養えるんだろ?」


「……最大1500万人に上方修正だ」


「ほう?」


「ノブゴロド周辺の肥沃な土地と、イリメニ湖を農業用水などに使える前提で、尚且つ都市復興や周辺開発が現在のペースで可能であり、サンクトペテルブルグを”ユーラシア北西部の玄関口”、国際貿易港と工業都市としての開発を両立できるなら、そのくらいまでなら食わせられる目算は立つ」


 流石にここで噓はつけない。

 結局は俺も宮仕え、公僕だからな。

 

「それは重畳」


 そんな嬉しそうな顔をするない。何だか無性に顔面に右ストレート叩きこみたくなってくる。

 いや、めっちゃ避けられそうな気がするけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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