第250話 総督閣下にして枢機卿猊下、思わず冷や汗を流す(割とガチ)
さて、黒海での物理的にも熱い戦いが終わり、しばし時は流れ……
まだまだ、残暑の心地よい暑さが残る8月後半、サンクトペテルブルグにてまたしても”珍事”が起きる。
「ト、トハチェフスキー閣下っ!?」
(なんで一発で俺の前世を見抜いたぁーーーーっ!!?)
***
「し、失礼しました。以前の敬愛する上官に、あまりにも雰囲気が似ていたもので……」
「い、いや良い。少し驚いただけだ」
(俺の正体が即バレしたわけじゃ無かったんかーいっ! いや~、くわばらくわばら)
ああ、何やら久しぶりな気がするフォン・クルスだ。少し冷や汗をかいたぞ。
いやさ、8月のある日、執務室で”黒海戦役(=セヴァストポリ要塞攻城戦+それに付随し発生したヴァルナ沖海戦)”の戦闘詳報確認していたら、また暇なのかいつものように
ホント、いつも通り面倒事を手土産にして。
以下、回想な?
『セヴァストポリ要塞とソ連の黒海艦隊の壊滅は、既に知ってるな?』
『ちょうどその戦闘詳報の
『なら、話が早い。実は、まだモスクワが混乱し、ソ連の黒海沿岸の防御力が落ちたこの機に一気に南方の制圧、ぶっちゃてしまえば来年に予定されていた”Unternehmen Blau(青の作戦)”を前倒しにやってしまおうという事になってな』
いや、なんかノリ軽いな?
『まあ、当然だな。攻略目標は?』
『ロストフ・ナ・ドヌー、クラスノダール、ノヴォロシスクが最低ライン。無理がかからぬのなら、ソチやサラトフも視野に入れる』
『狙いは、ソ連の黒海沿岸部の遮断と切り取り、カスピ海方面のレンドリースや石油搬入ルートへの圧迫か? 妥当ではあるかな』
まあ、攻め落としやすいのは圧倒的にソチなんだが……
『可能ならサラトフは取っておいたほうがいいな……スターリングラードを直接的に落とさずとも圧迫できるし、何よりドイツ人にとり因縁のある土地だろ?』
サラトフは、ヴォルガ川の要所であり、スターリングラードとモスクワを結ぶ中継地であり、帝政ロシアにおけるドイツ系コミュニティの中心地だった。
”ヴォルガ・ドイツ人”と呼ばれたサラトフに住んでいた彼らは、最盛期には80万人を超え、またロシア革命後も”ヴォルガ・ドイツ人自治ソヴィエト社会主義共和国”としてコミュニティを残していた。
だが、去年……1941年、バルバロッサ作戦発動と同時にサラトフにいた全てのドイツ人は、「人民の敵」の烙印を押され”サラトフに戻らない”という書類に強制署名させられた上に、カザフスタンやシベリアに強制移住させられている。
いわゆる「ヴォルガ・ドイツ人追放宣言」、スターリンのいつものヒステリーだ。
いや、それとも即座に皆殺しにしなかった分、スターリンにしちゃあ穏健な判断と言うべきか?
『出来ればそうしたいところだな。大義名分も立てやすい』
『まあ、そいつは戦況を見てってことで良いだろう。んで、わざわざサンクトペテルブルグまで来た理由ってのは?』
ぶっちゃけ、ここまでの話って決定事項だよな?
わざわざ俺に話す必要はないはずだが……
『大規模作戦をやるには、少しばかり兵力が心許ない』
まあ、そりゃそうだろう。相手は畑から兵隊生えてくる国家だし。必要なら東から収穫して出荷するだろう。
『そこでだ、こちらも少々計画を前倒しして、フォン・クルス、貴殿にはノブゴロド防衛の一翼を担ってもらいたい』
はぁ!?
『お、お前、正気か? ノブゴロドっていやあイリメニ湖抱えた対ソ戦戦略の要所じゃねぇか! 今は戦時下だぞ!?』
その話、前にもチラッと聞いたが、その時は”将来的~”とか”戦後~”とか枕詞がついてたよな?
『だが、お前の手元には、そこそこ戦力が集結してるではないか? しかも予定よりもずっと早く』
『”
あれは今や完全に工兵隊や後方支援部隊、ぶっちゃけ自衛隊化が進んでいる。
正直、自衛以上の戦闘行動はかなり難しい。というか、投入したくない。
『そっちじゃない。わかってるだろ?』
そりゃわかっちゃいるけどさ~。
『”サンクトペテルブルグ
”サンクトペテルブルグ・ミリシャ”
ミリシャ(ミリシア)ってのは本来、市民軍とか義勇軍とか民兵組織とか「正規軍以外の軍事組織」の総称だ。
ただの武装組織やテロリストと違うのは、「政府から”公的に認められた”軍事組織」であり、便衣兵やテロリスト、非合法武装組織ではなく国籍や身分を証明する物を身につけている限り一応は準軍隊扱い、つまりはハーグ陸戦条約やジュネーブ条約の対象になる。
まあ、設立経緯を簡単に説明すれば……
前に”念の為にサンクトペテルブルグの固有戦力の保有”を打診された時、アヴァロフやクラスノフ率いるドイツに根を張った白系(反共)ロシア人じゃなくて、ウラソフやトルーヒン率いる赤軍捕虜の寝返り組(捕虜→亡命者も含め)をサンクトペテルブルグの戦力(正確には、その候補)として受け入れた。。
ただその時、問題となったとのは”ロシア解放軍”という、とりあえず受け皿とするために組織された部隊の名称だ。
当然ながら、俺が預かる部隊はあくまでサンクトペテルブルグの防衛を主体とする部隊、ロシアの解放など冗談じゃないし、市民に在らぬ誤解を与えかねない。
そこで俺は組織の再編と一緒に名称を変更したってわけ。
どっちにしろ、ウラソフの部隊だけじゃなくてじゃなくて、史実の”カミンスキー旅団”、現状だと”ロシア国民解放軍”の面々も一緒くたに面倒見なければならなかった為、いずれにしろ統合・一元化した組織再編は必要だったしな。
そして、この元赤軍や自警団の玉石混交を、NSRから借り受けた頑固オヤジことハウサー教官に「まともに軍として使えるようになるまで」徹底的に鍛えてもらい、事務・組織統括面ではゲオルク・ジレンコフって元政治将校に担当してもらった。
いや、彼思ったよりも有能で、待遇をそれなりに良くすれば喜んで
こうして形ばかりは整ったが、
『確かに1個SS機甲擲弾兵軍団程度の編成はできるようにはなったが、練度はまだまだだし、こと防衛戦やるなら専門家がいるぞ?』
いや、防衛戦ってのは要するに粘り強さ、つまり士気と兵站補給に支えられた継戦能力の維持ってのが最重要で、他にも防御陣地の構築とか攻勢とは別のノウハウがいるんだ。
『なら丁度良い人材がいてな……』
***
以上、回想終了だ。
その流れでハイドリヒが連れてきたのが、ヴォロネジ攻略戦で捕虜にしたっていう”ニコラス・ヴァトゥーチン中将”とその(少数ではあるが)幕僚。
前世では、ソ連有数の防衛線のエキスパートであり、疑いようのない名将の一人だな。
彼の良いところは、古典的な要塞や防御陣地に頼った戦いだけでなく、戦車を使った機動防御、暫定的攻勢を組み込んだアクティブ・ディフェンスにも適性が高いところだろう。
味方に付いてくれるなら、確かに頼もしいが……
「貴殿は何やら私を見てトハチェフスキー将軍と誤認したようだが……面識があったのかね?」
「はい、若かりし頃に。敬愛すべき上官でした」
ほむほむ……詳しく自己紹介を兼ねた彼の身の上話を聞いてみると、
(コイツ元アカなのに真っ黒やんっ!!)
政治的(家系的)にはトロツキー派、そして軍人としてはトハチェフスキーの系譜って……よく”大粛清”を生き延びられたな? マヂに。
もしかして能力なのか? あるいは処世術?
どちらにせよ、かなりすごいぞ。
「ヴァトゥーチン中将、君が私の構想、”サンクトペテルブルグの守り手”となる部隊に賛同してくれると言うなら、私としては是非とも歓迎したいのだが?」
するとヴァトゥーチン、何やら良い笑顔で、
「良いでしょう。既に帰る故郷を失った身であればこそ、委細承知の上で閣下にお仕えしましょう。そして、防衛戦だというのなら、むしろ守る戦いが我が本懐だと考えます」
***
「……この人たらし」
小野寺君、いきなりの罵倒はひどくね!?
「まあ、パパだし」
「パパだからねぇ」
「ぱーぱ♪」
嗚呼、今日も膝の上に乗ってくる三少年に癒される日々だ。
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