第252話 バルト海、暗躍する”円卓会議”




 北東シリアの戦いは、スッキリしない形で小康状態となった。

 セヴァストポリ要塞攻城戦とヴァルナ沖海戦、この二つを称して”黒海戦役”にてドイツが勝利し、黒海の覇権(制海権)はドイツとその同盟国の沿岸諸国の物となった。

 サンクトペテルブルグでは信仰の自由が復活、つまりは旧ロシア正教より新生したサンクトペテルブルグ正教が産声をあげ、更に総督閣下(あるいは枢機卿猊下)の”領地”には、新たにノブゴロドが組み込まれるようだ。

 

 これだけのイベントが1942年の夏にあったというのに未だこの大戦の終わりは見えてこず、どの参戦各国プレイヤー達は、未だに戦争ゲームを投了してはいなかった。

 

 もっとも第二次世界大戦、世界規模の戦乱期とはいえ、いつもいつまでも戦闘ばかりやっている訳ではない。

 本日は、そんな一幕を追ってみよう。

 

 

 

***




スウェーデン某所、”バルト海条約機構(Baltische Vertrags Organisation:BVO)”非公開会議、通称”円卓会議”


 そこはバルト海沿岸諸国、その中でも王侯貴族に連なるもの、社会的身分の高い者で構成される、されどメンバー非公開の会議だった。

 この参加者達は、それぞれの母国でいずれも高い地位に就く者達だが、決して誰なのかを詮索してはならない。貴方が市民としての生活を営みたいのであれば。

 

「フォン・クルス卿も良い仕事をしてくれた。信仰の自由を取り戻す代わりに、旧ロシア正教の残滓からの信頼を勝ち取り、正教徒ではないのに”枢機卿”の地位を勝ち得た……実に我々にとって都合がよい・・・・・


「ええ。元々、彼の共産主義……革命勢力に対する憎悪に疑いようはありませんでしたが、”こちら側”に来てくれたことにより、益々高く分厚く赤い津波革命勢力に対する”崩れない防波堤”になってくれそうです」


「西欧では国家としてはドイツが、個人としてはフォン・クルス枢機卿が赤色勢力に対する”絶対不寛容”を持ちますな。そのあたりの認識は、バチカンとも共有しております」


「未だ王権を残す、伝統と格式に彩られた我らが国家群には革命勢力はいわば即効性の猛毒。断固として流入を阻止しなければならない」


 ここに集まる面々の母国がドイツに友好的な理由、陰日向に支援している理由は、何もナチズムに傾倒・あるいは共感してるからではない。

 むしろ、ヒトラーが国家社会主義を「国をまとめる都合の良い道具」として認識している事を見抜き、そうであるからこそ信用している集団であった。

 この場に集まった面々とヒトラーのナチズムに対する価値観は近い。


 ”世俗的であり、俗物的過ぎる政治思想”


 という認識なのだ。

 正直、現実に国家を動かすにはデメリットが大きすぎた。

 だからこそ、ヒトラーは国民に悟られぬよう”段階的にナチズムを弱毒化・・・”していることなど、とっくに気づいていた。

 理由さえもわかる。”現実に国家運営の道具として必要とされる政治”への移行、言うならば「ナチズムの現実への摺り合わせ」だ。

 言い方を変えれば、ヒトラーはナチズムという看板を変えずに最終的に本来のそれとは”似て非なる別物”に仕立てようとしていることも。

 そして、それはここに集まる”彼ら”にとって、実に歓迎すべきものだった。

 理想家や夢想家とは手を結べない。

 なぜなら、彼らは妥協ができない。折り合いをつけるということができない。

 だから、共産主義も社会主義も”彼ら”は受け入れない。

 理想を優先するあまり、「自分たちにとって都合の悪い現実」を捻じ曲げようとするからだ。その対価は、国の内外に問わず流血で贖われる。

 

「それに関してはドイツに渡ったミットフォードの三女と四女が実に良い仕事をしておりますな。あれは悪目立ちし、過激派の良い集塵機・・・として機能している」


 言い得て妙だ。集められた塵芥の行く末は、解りきっているので誰も話題に出さない。

 すると一人はくっくっくと苦笑し、

 

「総統閣下は面倒くさそうにしておりますがね。まあ、あの姉妹は今やドイツのスポークスマンとして花開いたオオシマ特使に続く俗物、同じくリッベントロップ特別補佐官に面倒見させているのは妥当、むしろ適任でしょう」


「ふむ、話をフォン・クルス卿に戻したいがよろしいかね?」


「ご随意に」


「ならば、より完璧を期すために、彼には”もう一段階”上がってもらおうと思う。せっかく、ノブゴロドも彼の”管理区域りょうち”に入ったことだし」


「ノブゴロド……公領・・としてその名を刻むのは、実に500年ぶりですか」


「信仰の自由、正教の復活に合わせてノブゴロド公国の復活ですか? ですが、何か弱い。それにフォン・クルス卿は国籍的にはドイツ人だ。ドイツに既に皇帝がいない以上、法的な論拠において公国の復活は難しいでしょう」


「だからこそ、”名誉称号・・・・”という便利な物がある。王家が継続しているバルト沿岸諸国が連名で名誉称号で”大公”を授けるなら、ヒトラー総統も嫌とは言うまい。”黄金卿”、そのあたりはどう思うかね?」


 話を振られた妙に既視感のある人物は、


「むしろ総統閣下は賛成してくださるでしょう。現在、”サンクトペテルブルグ特別行政区”が公式ですが、ドイツ保護領としての”サンクトペテルブルグ大公領”の樹立は我が国の利益にも叶います」


 無論、発言者はむしろこの”黄金卿”こそが仕掛人、これだけの面子を揃え共産主義への切り札になりうる漢を一定の地位に押し上げるべく画策している黒幕だということを理解した上で発言していた。

 まるでそれは確認作業、いや様式美のようだ。

 期待に外れぬ回答を得た発言者は、満足げに頷いた。

 

「そして、行く行くはドイツ保護国でありながら、バルト海沿岸諸国の一角われらがどうほうにして反共の雄、”サンクトペテルブルグ大公国・・・”への格上げかね?」

 

 黄金卿は何と答えたのか記録には残っていない。

 だが、その返答は満足ゆく物だったらしい。

 

「では計画通りに次の”表の総会”で提案しよう。”ノブゴロドを任され、防共の一翼を担う存在となり、暴力的な共産主義から敬虔な信徒へと改心させた配下を持つ者が、総督という地位ではあまりに不足。なので、せめて名誉だけは送りたい”という名目でな」


「それでよろしいでしょう」


「ところでドイツは、相変わらずフォン・クルス卿の世襲には否定的なのかね?」


「ええ」


 黄金卿は迷いなく頷き、

 

「”復活宣言”でもはっきりしました。フォン・クルス卿の本質は”断罪の剣”。その身は鋼でできており、心には憤怒の炎を宿している。いわば共産主義者をまとめて斬首し燃やし尽くすために地上に落とされた”炎の魔剣”レーヴァテインなのですよ。ですが同時に、彼もまた人間。妻や子ができれば、守りに走り確実に切っ先が鈍ります。それでは本末転倒でしょう?」


「惜しいな。是非とも残したい血筋ではあるのだが……同時に哀れでもある。共産主義者が滅ぶか、その身が亡ぶまで戦い続けねばならんとは」


「それがフォン・クルス枢機卿の望みで有らばこそ。ドイツは枢機卿が望むままに生き、望むままに死ぬことを望んでおります」


「だが、断じて非業の最後は認められん。身辺警護に抜かりはないな?」


「むしろ、卿は誘蛾灯のように不信心者を引き寄せます。ええ、それはもう分かりやすく。そして、フォン・クルス卿がその脅威に気づく前に狩り取るのが”我々NSR”の仕事だと心得ておりますよ」


 それは明らかに”濡れ仕事”を盛大に行っている発言だったが、


「結構。フォン・クルス卿はこの世界の秩序のために必要なのだ。世界同時共産主義革命などという終末世界を防ぐためには」


「心得ておりますとも。その在り方は”レーヴェンスラウム”とも矛盾しない」


「当然、我々バルト海沿岸”王国連合”とも」


「彼の元母国のエンペラーには、我々から親書を出し、手を回しておこう。かの国は皇室外交を殊の外重要視する」


「かの国は、通常外交や交易額などとは別次元で皇室外交ができる国こそを”一等国”とみなしますからなぁ。故に”あの英国”とあそこまで長く律儀に同盟関係を続けられる。フランスではなくイギリスと手を結んだ決定的な理由がそれです。米ソは未だ、そのあたりを理解できないようですが」


「領土の大きさや資本力が国の偉大さだと思っているのだからな。近世には権力と権威を分離し、時の権力は様変わりすれど、権威は絶対不変とした民族性を、彼らが理解できるとは思えません」


「然り。”神聖ニシテ侵スヘカラス”……自らを法的定義に納める事を望んだ今上陛下以前は、まさに憲法にそう記されていた”現人神アラヒトガミとして神格化されたエンペラー”など、皇帝を血祭りにしたボリシェヴィキに理解できるはずもありません」


「だが、とても不思議な御方でもある。”幽玄”とでもいうのか? 何というか、この世とあの世の狭間にいるような……」


「……それ以上の発言は自重した方がよいだろう」


「……そうだな」














************************************










「へっくしょん!」


「猊下、風邪でもひいたんですか?」


「小野寺君、せめて閣下にしてくれ。いや、なんか急に鼻がムズっと」


「……今度は、何をやらかしたんです?」


「俺が何かをやらかしたこと前提に話すのやめね?」


「いや、なんつーか前科が多すぎて」


「前科言うなし」














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