第249話 Félicitations à la flotte française pour sa première bataille et sa première victoire !!




 動けないと思っていた敵艦隊が出てきたのも驚いたが、


「ば、バカな……なぜ、ドイツ人クラウトが、”丁字東郷戦術”をやってるんだっ!?」


 ロシア海軍の後継者であるソ連海軍のトラウマ、それがこの”東郷戦術”、つまり敵が進路を横切るように塞ぎ集中砲火を浴びせてゆく”丁字戦術”だった。

 つまり、”丁”字の縦棒がソ連艦隊、横棒がドイツ艦隊という事になる。

 そして、同時にこれはガングート級戦艦”セヴァストポリ”にとり、致命的な火力差に繋がってしまう。

 

 丁字戦術は相手の進路を押さえるが横っ腹を晒すために被弾面積自体は大きくなる。(敵はその逆)

 だが、ここで戦艦、いや複数の砲塔を持つ軍艦ならではの火力特性が出てくる。

 基本的に、この時代の軍艦は艦橋を挟んで前後にバランス良く、そして背負式に旋回砲塔を配置するのが一般的だ。

 それは違う言い方をすれば、前方に向けられる砲は、艦橋の前にある前方砲塔だけになる。

 戦艦”長門”を例に出せば、連装砲塔4基中、進路上正面に筒先を向けられるのは半分の2基4門だけだ。

 だが、敵艦に対して横を向いていれば、砲塔を旋回させ前後全て4基8門の砲を向けられる。つまり、戦艦全ての火力を十全に投射できるようになる。

 

 無論、例外はあり先に登場したフランス戦艦のダンケルク級や本国配備のその後継であるリシュリュー級、ガスコーニュ級などは四連装砲塔を背負い式に艦橋前面に集中配置することにより、全ての火力を前方へ集中投射できるようになっている(反面、後方への主砲撃は不可能)

 

 そして、この丁字戦術を敵にとられると、輪をかけて不利になるのが、ガングート級戦艦だった。

 ガングート級戦艦は設計思想が古く、主砲を雛壇配置の背負い式(いわゆる「ミシガン配置」)ではなく、それ以前の時代の水平に……艦橋前に1基、第一煙突と艦橋、第一煙突と第二煙突の間に1基ずつ、更に煙突後方(後部甲板)に1基ならべる前時代的な代物だった。

 

 具体的に言うなら、”セヴァストポリ”は30.5㎝52口径長砲を三連装4基12門備えるが、そのうち前方に向けられるのはその1/4、1基3門だけだ。

 対して、フランス戦艦は2隻という数の優位、射程はどっこいだ(ガングート級:28,710m、プロヴァンス級:26,600m)が34㎝45口径長砲という一回り大きな砲弾という大口径の優位に加え、2隻合計で連装10基20門という7倍の圧倒的な門数の優位があった。

 

 無論、ソ連艦隊も頭を押さえつけられないような機動をしたはずだった。

 だが、索敵能力の差から、ほぼ最大射程の段階、つまりは「敵艦見ユ」の段階で、こちらの進路を横切り塞ぐように敵艦隊は居たのだ!

 しかも、振り切ろうとしても似たような速力なので、そう上手くは行かない。

 ソ連黒海艦隊は、完全に機先を制されたのだった。



***




「はっはっはっ! 地中海の海賊とはいかなかったが、黒海の海賊のお出ましだぜいっ!」


 ジャン=ジャック・ブーサン、実にノリノリであった。

 まあ、ここまで完璧に東郷戦術がハマればテンション爆上げになるのも無理はない。

 もっとも、こうも上手く「頭を押さえつけられた」のは、索敵能力の差に他ならないが。

 ブーサン艦隊が、常に水上機や基地からの飛行艇で敵艦隊の動きをモニタリングできたのに対して、プーシキン艦隊には水上機が0だった。

 史実通りにカタパルトごと水上機も「使い物にならない」と撤去されていたようだ。

 

「全門、斉射用意! ウォッカしか飲んだことのねぇロシアンスキー共に、塩水を鱈腹飲ませてやれっ!!」


 そして、一呼吸置き、

 

「砲撃開始! 派手にぶちかませっ!!」












************************************










 それは、華々しいと呼ぶには、いささか一方的な戦いであった。

 プロヴァンス級の2隻は、目移りせずにひたすら”セヴァストポリ”に砲火を集中させた為に……

 

「む、無念なのである……」


 最後まで、「動けるはずのない艦隊が出てきた」動揺と、主に水上機やレーダーによる索敵能力・照準・弾着確認(照準修正)の大きな差から、初手で頭を取られ、そのまま”頭を取られ続けられる不利”を覆せないまま、30分足らずで”セヴァストポリ”は戦艦らしく砲撃戦の果てにブーサンの宣言通りに派手に轟沈した。

 これはプーシキンの指揮能力よりも、むしろソ連海軍全体に言える乗員の練度不足の方が理由として大きいような気がする。

 ブーサン一味フランス古参組はともかく、残りの乗員は慣熟訓練中の2隻の戦艦と、操艦練度に大きな差がなかったことからもそれが伺える。

 加えてソ連海軍はダメージコントロールの概念が薄い。装甲防御に気を使っていても、例えば、浸水や火災に対する防備が弱いのだ。無論、それらの訓練に対する訓練の優先度は低い。

 ロシア人らしい話だが、彼らはあまり「被弾したときのダメージ」を考慮していないのだ。それに気を使うくらいなら装甲を分厚くする……そういう考え方なのだろう。

 だが、装甲をいくら厚くしようが、防御構造を採用しようが、船は浮いている以上、一定の浸水があれば沈むし、弾薬庫に火が回れば爆沈する。

 本来は「船の防御力」とは密接に関係しても、また別の概念だ。

 また、母港を失い仮初の港で過ごしていたせいか、訓練時間もさることながら整備状態も良いものではなかった。

 

 その状況が分かっていながら「やれることをやるために」出撃したプーシキンには敬意を表するべきだろう。

 また物理限界、プロヴァンス級戦艦とガングート級戦艦にそこまで大きな速度差がなかったことも振り切り切れなかった要因だ。

 練度も速力も大差なく、投射重量のみに圧倒的な差が付けば、この結果はある意味において必然だろう。

 しかし、戦艦らしく戦艦相手に正面から戦い、水底へと還った”セヴァストポリ”は、同名の要塞よりよっぽど幸せな末路だったのかもしれない。

 

 その間……赤色水雷戦隊も奮戦しようとしたが、2隻の戦艦の護衛(水上機母艦は、当然のように的攻撃範囲外に後退させている)についていた軽巡洋艦が率いる元ドイツ本国艦隊の水雷戦隊は、残念ながら欧州海軍の平均以上の技量を持っていたのだ。

 おまけに技量だけでなく性能も少しばかりドイツ艦の方が素の性能がよかった。

 

 旗艦が沈んだ以上、もはや勝機無しと撤退を始める巡洋艦以下の残存ソ連艦艇だったが……

 

「追撃戦、始めっ!!」


 素直に逃がしてくれるほど、ブーサンは甘くはなかった。

 何より、元フランス戦艦の大殊勲に充てられたドイツ水雷戦隊が、奮戦しない訳無かった。

 

 加えて、最悪のタイミングでドイツの増援が退路を塞ぐように、あるいは速力を生かして包囲するようにルーマニアのコンスタンツァを母港とする快足を誇る魚雷艇Sボート部隊が増援として駆け付けたのだ。

 Sボートの中でも、例えば主力となっている”S-26型”は、35ノットで700海里(約1,300㎞)の後続性能を誇り、今回の作戦海域は十分に行動半径内だった。

 実際、ソ連黒海艦隊追撃戦で最も戦果を挙げたのは、このSボート部隊だ。

 手負いの敵をまるで狼の群れのように1隻、また1隻と沈めていった。

 無論、ソ連残存艦艇は煙幕を張るなど必死の抵抗をしたが、レーダーを魚雷艇にまで装備しているドイツ艦艇に、果たしてどこまで効果があったのか……

 また、こちらも効果的だったとは言い難いが、”コマンダン・テスト”の水上機も追撃戦には、飛行できる全機が参加していたようだ。

 他にもすでに帰路についていた徹甲弾だけは余力があったセヴァストポリ要塞砲撃部隊(ドイツ黒海艦隊第1任務部隊)も参戦したがったが、残念なことに流石に間に合わなかった。

 

 

 

 こうして、旗艦”セヴァストポリ”をはじめ、なけなしのソ連黒海艦隊の半数以上(合計排水量換算なら7割以上)が海の藻屑となった”ヴァルナ沖海戦”は幕を閉じた。 

 この戦いの意義はあまりに大きい。

 これは即ち、黒海の制海権は誰のものになったのか、あまりにも明確に示す戦いであったのだから。

 もはや、ソ連黒海艦隊は潜水艦を除けば黒海で積極的な行動はとれず、黒海でドイツ艦船を抑止できるものは誰も居なくなったのだ。

 そう、黒海の覇権は、ついに長らく握っていたロシア人の手から零れ落ちたのだった。

 

 




 

 

 

 

 

 





************************************










「約束は果たしたぜ。司令官・・・閣下」


「ああ。無事な帰還、嬉しく思う」


 誓ってドヤ顔のブーサンに、心からの安堵の笑みを浮かべる。

 船は最大の損傷を受けた船でも中破判定、戦艦2隻は共に小破判定だ。

 

 沈没艦は無く、流石に死人0とはいかなかったが、それでも艦隊全体で損害軽微と言えた。

 船の事よりも、フリーデブルクは国籍の違う友人が、無事に帰ってきたことがただ喜ばしかった。

 かつて敵同士だった独仏の上官と部下、そして年齢と国籍を越えた友情がそこにはあるような気がした。

 

「ところで閣下、ちょいとした頼みがあるんだが……」


 するとフリーデブルクは機先を制するように、

 

「その前に私からも頼みがあるのだが……ブーサン少将、君さえよければ教官との兼任で、これからも”ドイツ黒海艦隊”の”第二部隊提督・・”を引き受けてはもらえないか?」


「おや? そいつぁ一体どういう風の吹き回しだ?」


 それこそ、半ば受け入れるはずがないと思いつつ、せめて打診だけでもしようとした……やはり、自分は海の上でドンパチやる方が性に合ってると改めて思ったブーサンから願い出ようとした内容が、まさか打診する前に満額回答で帰って来たのだ。

 

「ドイツ海軍は現在、拡張計画の真っただ中で人材が決定的に足りてない」


 噓ではない。少し触れたかもしれないが、ついこの間、ドイツはビスマルク級戦艦2隻とグラーフ・ツェッペリン級空母1隻の追加建造を承認したばかりだ。おそらく、これは米国の本格参戦を見込んでの事だろう。

 米国との戦争になれば、海洋戦は必須だ。


「そして、君が鍛えている……海の漢達には、高確率で現在、増強中の艦隊に必要とされるだろう。教官職を勤めながら提督を兼務というのは心苦しいが、可能ならば臨時ではなく正式に引き受けてもらいたい」


「ははっ、そこまで頼られちゃあ仕方ねぇなあ」


 それにブーサンは満面の笑みで了承したという。

 

「まっ、本国フランスに戻ってもまた戦艦に乗れるとは限らねぇし」


 現在、フランスが保有し、戦力化に成功している戦艦は4隻のみ。

 リシュリュー級戦艦の”リシュリュー”、”ジャン・パール”、”クレマンソー”、”ガスコーニュ(この世界線では純粋なリシュリュー級4番艦として建造が開始され、フランス国際社会復帰後に竣工。フランス復活のシンボルとされている)”のみ。

 その艦長席なり提督席は、全て埋まっていた。


 それに、フランスでは”外人部隊”は伝統であり、様式美ですらある。

 雇用関係が逆なような気もするが、まあ些細な問題だろう。

 少なくとも、”黒海艦隊の二つの大きな凱旋”の前では。

 

 


***




 後日、ブーサンの下に大量の電報が母国フランスより届いた。

 その内容は総じて、

 

 ”Félicitations à la flotte française pour sa première bataille et sa première victoire !!(フランス艦隊の初陣と初勝利、おめでとう!!)”















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