第248話 「黒海の覇権、この一戦にあり! 各員、一層奮闘せよ!!」




「話が分かる上に、あらん限りの戦力までつけてくれる。まったく可愛らしい”坊や”だぜ」


 ドイツ黒海艦隊”特務迎撃任務群”と呼称された臨時編成の艦隊、その旗艦に命じられた戦艦”プロヴァンス”の提督席にて、ジャン=ジャック・ブーサン”臨時”ドイツ海軍少将は上機嫌に制帽を斜めに被りなおした。

 

「大将、フリーデブルク司令官のこと気に入ってるようですなぁ」


 とメルセルケビール時代からの老齢の副官がそう返せば、

 

「まあな。ドイツ人にしちゃあ気取ってねぇし、第一仲間思いで素直だ。できれば、あんな弟が欲しかったぜ」


 まあ、確かにそういう評価もわからなくはない。

 モントルー条約の話を再び出すが、条約には「非黒海沿岸諸国の排水量15,000t以上の軍艦のボスポラス海峡・マルマラ海・ダーダネルス海峡の通航を禁じる」とあるが、逆に言えばそれ以下の排水量の軍艦なら通れるのだ。

 だからこそ、メルセルケビールの元フランス艦隊以外にも搬入はされ……二隻の戦艦は、ヴァルナに残っていた出撃可能な戦力の全て、つまりはケーニヒスベルク級軽巡洋艦1隻に率いられたドイツのZシリーズ駆逐艦6隻の水雷戦隊が護衛につけられていたのだ。

 ちなみに”彼女ら”がどこから来たのかと言えば……元々はフランスの軍港ブレストに分派されていた”ドイツ本国艦隊ホッホゼア・フロッテ”らしい。。

 どうやら英国、アイルランドの意趣返しとばかりにドイツ本国艦隊のジブラルタル海峡通行を何食わぬ顔で”黙認”したようだ。

 

 援護はこれだけではない。

 ヴァルナ基地からは配備されていた比較的航続距離の長いBV138やDo24飛行艇を飛ばし、洋上索敵に精を出していたのだ。

 敵を先に見つけることが如何に優位かわかっていた上の行動だった。

 

「なあ、知ってるか? あの坊や、まだ50にも届いてねぇガキなんだぜ? そんなガキが重責抱えて踏ん張ってんだ。ここで一つ、国籍は違えど”海軍軍人御生き様”ってのを示すのが、先達の心意気ってもんだ」


「私に言わせりゃあ、司令官殿も大将もどっちも大差ねぇガキですがね?」


「馬鹿を言うなよピエール。俺っちはアイツより7つも年上だぜ?」


 そう笑ったあと、

 

「それに我ながらガラじゃねぇが……感謝って奴もしているのさ。本来なら俺も軍艦フネも、メルセルケビールで朽ち果てるのが順当だった。だが、坊やは俺に”海軍軍人の花道”ってのを用意してくれたのさ。筒先を向ける相手が、マカロニからウォッカの酒樽に変わっちまったが、なーにそれは大した問題じゃねぇのさ。どっちも気に食わんのは同じだ。気兼ねなく撃てる」


「まっ、それに関しては同意ですな」


「これに感謝しなけりゃ、他の何に感謝すりゃいいんだ?」


「違いありませんなぁ。海軍軍人として戦い、船乗りとして死ぬ。実に”有意義な人生”って奴でさぁ」


 そう潮っ気があり過ぎる笑みを浮かべる副官。

 そう言えばこいつは年端もゆかぬ頃から兵隊で海軍に入り、一兵卒からの叩き上げでここまで来た男だったと改めて思い出し、

 

「もっとも俺は死ぬ気は無いがな。死んだら坊やに”フランス男は噓つきばかりだ”なんて誤った認識を植えつけちまう」


 副官は豪快な笑い声をあげた。




***




「索敵中の飛行艇XXIより入電! ”我、敵艦隊補足セリ!”」


 その報告にプロヴァンスの艦橋に緊張が走るが、その詳細な報告を聞いたブーサンは、海図を一眺めすると、

 

「なんだ。まだだいぶ距離があるじゃねぇか」


 まあ、それも当然でグルジアのパトゥミからヴァルナまでの距離は直線で1,100㎞以上。東京からの距離に例えるのなら、屋久島や網走よりも遠いのだ。

 現在、敵艦隊の位置は、ヴァルナから見たらまだ600㎞以上彼方、迎撃に出た”ブーサン艦隊”からでも300㎞近くあった。

 空母機動部隊同士の戦闘なら、とっくに互いの攻撃隊を出してる間合いだが、彼我共にほぼほぼ純粋な水上砲雷撃戦部隊なのでまだ間合いはあった。

 

「”コマンダン・テスト”に発信。嫌がらせを兼ねて水上機張り付けておけ。間違っても見失うなよ?」


 そして程なく、


「”コマンダン・テスト”より返信。”委細承知。既に「ロワール130(フランスの大型艦載水上機)」は発艦済み”です!」


「おおっ、流石に”分かってる”じゃねぇの」


 ”コマンダン・テスト”の艦長は海軍士官学校の後輩、これも一種の阿吽の呼吸だろうか?


(ならば、やるべきことは一つだな……)


 もしかしたら戦艦同士の砲撃戦は今次の大戦では、これが最後かもしれない。

 ブーサンは、なんとなくそんな気がした。

 現状から考えて、強力な戦艦部隊を持つ日英との再戦の可能性は低く、米国とはありえるかもしれないが、何というか……ヤンキーが、戦艦で勇猛に撃ち合う姿が上手く想像できない。

 

「他にも最新の戦艦はごまんとあるのに、何とも皮肉なこった。ピエール、俺っちの艦隊も敵さんも、主力の戦艦は先の大戦前に生まれた古株だってんだからな」

 

 そして、先の大戦を生き延びた老嬢同士が、今全力でぶつかろうとしているのだ。

 

「ある意味、似合いなのでは? 何せ俺らがやろうとしてんのは、”ひこーき”なんてけったいなモンが陸と言わず海と言わず戦場を飛び回る前の、古い時代の海戦ですからなぁ」


「ちげぇねぇな」


 ブーサンはそう笑うと、


「ならば、”古き良き時代の戦争”の作法ってのを、イワン共に教えてやろうじゃねーの」


 頭の中で彼我の速度、進路、海図を多角的にイメージし、

 

「さて、じゃあ”頭を押さえる”ぞ」














************************************










 昼戦艦橋から直接敵艦を見えるようになるまであとわずかとなったとき、ブーサンは徐にマイクを取った。

 この戦法を取るなら、絶対にやらねばならないお約束、いや、是非とも言ってみたいオーダーであった。

 いや、むしろ全ての提督は一度は言ってみたい台詞なのかもしれない。

 

「L’hégémonie de la mer Noire dépend de cette bataille navale ! Tout le monde, travaillons encore plus dur !!(黒海の覇権この一戦にあり! 各員、一層奮闘せよっ!!)」

 


 ここは対馬沖でも日本海でもない。多少無理はあるがヴァルナ沖であり、黒海だ。

 彼らは日本人ではなくフランス人とドイツ人の混合ではあるが……相手だけは、40年前と変わらずロシア人だった。

 どうやら歴史はまた繰り返されるようだ。












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