第245話 ドイツ”黒海”艦隊




 さて、フォン・クルス主催&プロデュースの”祭典”の余波が徐々に収まり、シリア北東部に再び静けさが戻った頃……

 

「ふう……ようやく一仕事終わったか」



 ブルガリアの軍港都市”ヴァルナ”、そこにいつの間にか新設されていた”ドイツ黒海艦隊・・・・司令部”にて、まだ40代の若いドイツ海軍中将が、安堵の息を着いた。

 

 その名は、”ヨハン=ゲオルク・フォン・フリーデブルク”、史実での最後のドイツ国防海軍司令官によく似た名前だ。。

 彼のこれまでの任務は祖国から遠く離れたこの港町にて新たな方面艦隊、本国艦隊である高海(=バルト海)艦隊、ムルマンスクを拠点とするバレンツ海艦隊に続く第三の艦隊司令部を立ち上げることと、そこに配置される”スクラップとして搬入”される偽装廃艦を、戦闘艦として仕立て直すことだ。

 また、同乗しここまでの航海を担ったフランスからの教導員(つまり、メルセルケビール艦隊のフランス海軍人)の受け入れ、また教官として期間付き任期職員となる彼らの面倒を見ることなどだ。


 確かに、苦労も多かったが実にやりがいのある仕事だった。

 そしてなお、フリーデブルクを満足させたのは、修繕を終えて再戦力化され、ドイツ屈指の有力な水上打撃任務部隊となったドイツ黒海艦隊が、継続して彼の指揮下に入る事である。

 本当に苦労が報われた。

 今夜は良好な関係を築けたフランス海軍のヴァルナ居残り組、少し年上の”ジャン=ジャック・ブーサン”少将を代表とする仏海軍軍事顧問団とドイツワインとフランスワイン、そしてご当地のブルガリアワインの飲み比べと洒落こみたいところだった。

 

 


***




 とはいえ、スクラップに偽装させていた崖の筈の元メルセルケビール艦隊の再戦力化に思いの外時間がかかってしまったのは、いくつか理由があった。

 ブルガリアとは、ポーランド侵攻……つまりは、第二次世界大戦開戦時から良好な同盟関係にあったが、先ずはヴァルナの軍港としてのインフラ整備から始めなくてはならなかった。

 要するに港湾設備の近代化やドックの大規模改修などだ。

 

 しかし、例によって例のごとくトート機関の土木工事無双を用いても主に予算と人手と技術の問題で拡張限界はあり、元メルセルケビール艦隊の受け入れに何とか間に合ったという体裁だったのだ。

 というのも、この艦隊の受け入れをルーマニアのコンスタンツァにするか、ヴァルナにするかドイツ海軍は大いに迷った。

 正直、軍としての設備はコンスタンツァの方が一日の長があったのだが、ここはバルバロッサ作戦発動以前のソ連から「領土割譲要求」を突きつけられていたように、ソ連、特にクリミア半島から近すぎた。

 実際、開戦初頭にソ連はコンスタンツァに爆撃を敢行している。

 なので、メルセルケビール艦隊の再戦力化までに「腰を据えて」取り掛かるには、いっそ港の改修や拡張、近代化の手前を含めても「いっそ、ソ連の攻撃圏外であるヴァルナで行った方が早い」とされたのは、去年の話だ。

 

 

 だが、いざ受け入れてみれば、今度は問題が続出した。

 偽装の解除はさほどの手間ではなかったし、主機や主砲などの主要装備に問題はなかった、あったとしても大きなものでは無かったが……まず保守部品や砲弾などをフランスから購入して運び込むことに、かなりの労力が必要だった。また、フランスから追加の艦船技師を呼び寄せる事態も発生した。

 ついでに言えば、フランス艦艇がこの時点でレーダー未実装だったのも、地味に痛かった。

 そこで、どうしてもドイツでは早期生産できないダンケルク級の33㎝主砲の砲身や砲弾、あるいは主機部品などはフランスから購入し、高角砲(あるいは駆逐艦の主砲)の換装は手間がかかるので無理としても、対空機銃などは可能な限り供給が楽なドイツ式に変更し、またレーダーを搭載するなどの近代化改修が思ったよりも手間暇が必要だったために、結局現在までかかってしまったのだ。

 無論、並行して座乗する乗員の教育も、元の持ち主であるフランス人の手を借りて行なわれている。

 

 だが、その甲斐もあってフリーデブルクの前に居並ぶ艦隊の陣容は、中々に壮観であった。

 

 最も目立つのは、近代的な2基の四連装砲塔・・・・・が精悍なダンケルク級戦艦”ダンケルク”と”ストラスブール”だ。

 同じくメルセルケビールから運ばれたプロヴァンス級戦艦の”プロヴァンス”と”ブルターニュ”、水上機母艦の”コマンダン・テスト”などは、残念なことに未だ再戦力化作業は終了していない。

 主にヴァルナの能力的・リソース的な限界から、再戦力化の優先順序が付けられた結果だった。

 また、プロヴァンス級の2隻は第一次世界大戦以前に建造された艦齢30歳前後の古株であり、レーダー搭載やそれに伴う発電量の強化や電力路の取り回しに少々手間取ったという経緯もある。

 とはいえ、既に近代化改修工事自体は終了しており、各種テストと乗員の慣熟訓練を終えれば予定通りなら程なく”彼女ら”も元気に黒海を航行しているだろう。

 

 

 

 そして、軍楽隊の演奏のもと、”ダンケルク”と”ストラスブール”の2隻の戦艦を中心とし、デュゲイ・トルーアン級軽巡洋艦2隻、モガドール級大型駆逐艦2隻にル・ファンタスク級大型駆逐艦2隻を従えたドイツ黒海艦隊の8隻が、初陣を飾るために出港してく……

 史実の「戦艦としてあまりに惨めな最期」を遂げた鬱憤を晴らすように勢い良く白波を立てて、黒海に航跡を刻み付けて征く。

 

 その進路は北東方向、航海予定距離は500㎞ほど……行き先の名は”セヴァストポリ要塞”という。



















************************************















 1942年8月初頭、ドイツ南方軍集団総司令官ヘルムート・ホトは、ある報告を待っていた。

 

「司令官閣下、海上哨戒部隊より入電。”我、味方、有力艦隊ヲ確認ス”です」

 

 それ意図的にシンプライズされた電文だった。

 

「ふう、ようやく来たか……」


 高級軍人として一般的な知識はあれど、海軍にさほど明るいとは言えないホトは、少し安堵の溜息を突き、

 

「どうやら、”デカブツ”をここまで苦労して引き込んだ事も、無駄にならず済んだようだな」


 そして、彼は再度気を引き締め、

 

「”特殊砲戦部隊・・・・・・”に通達。偽装を解除しつつ、砲戦準備に入るよう伝えよ」




***

 

 

 

 セヴァストポリ要塞要塞より北東約40㎞、シンフェロポリ近郊

 

 それは、とても異様な光景であると同時に、どこか神秘的な光景でもあった。

 周囲の草原に溶け込むように巧妙に配された偽装ネットが除去された後に姿を現したのは、おそらく人類が建造した最大の巨砲の一角である2門の”80㎝列車砲”、”グスタフ”と”ドーラ”であった。

 

 この操作するだけで1門あたり約1400名の人員が必要とされる史上空前の巨砲は、何とも涙ぐましい努力の積み重ねで、遥か遠くのドイツから、このクリミア半島まで搬入されたのだ。

 

 ”むしろ、目的地に運び込み、発砲するまでが最難関”

 

 とはいったい誰が言った言葉だろうか?

 まさに運用に必要な人員は最終的には旅団規模、総重量1,350tという「駆逐艦なみの重量を持つ大砲」にしか許されない評価だろう。

 何しろ、移動するだけで大規模な架線工事が必要になる列車砲だ。

 だが、これは直ぐに発砲される訳ではない。

 

 いや、確かに列車砲は装填に最も時間がかかる種類の大砲で、80㎝列車砲では1発撃つのに最良の状態でも30分以上かかるが……だが、そういう意味ではない。

 端的に言えば”グスタフ”と”ドーラ”は、「セヴァストポリ要塞攻略の総仕上げ・・・・」で投入される手筈になっていた。

 

 

 

 そう、いよいよ始まるのだ。

 諸事情で先延ばしになっていたクリミア半島攻略の総決算、”セヴァストポリ要塞攻城戦”が、万全の準備の下に決行されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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