第244話 ローカル組織へ武器を供与するアメリカ的な割とありがちな意図




 シリア北東部での小さな戦闘……運よくイランまで戻ってこれた生存者から受けた報告、並びにクルド解放戦線最大にして唯一の戦車隊、その初陣の戦闘開始から消滅までを後方の安全圏から見ていた米ソの諜報員により、戦闘詳報がまとめられた。


 自国製の戦車が大敗したというのに、アメリカ陸軍の反応は意外なことに極めて冷静だった。

 というのも、この結果は「ある程度は予想できていた」かららしい。

 

 ルーズベルトなどの赤色汚染著しい政治部や、軍部でもルメーのような狂信的なグループはともかく、米軍自体としては割と偏見や思い込みに偏らず分析を重んじる軍隊だ。

 まず、彼らは……

 

 ・M3中戦車やM2軽戦車が現在の戦車トレンドの中では時代遅れである事を自覚していた

 

 のだ。加えて、

 

 ・操るのは扱いになれた米陸軍正規戦車兵ではなく、即席養成の練度底辺の民兵

 

 つまり、「戦車をとりあえず動かせて大砲を撃てる、だけど当たるとは言っていない」程度の練度だ。

 そして、アメリカ軍は、北アフリカにおいて短砲身75㎜砲を搭載したドイツの初期型IV号戦車相手に、日本の”TYPE-I”が競り勝っている事を掴んでいた。

 であるならば、新型とされる”TYPE-Ⅲ”がソ連のT-34が苦戦する長砲身75㎜搭載の後期型(現行型)IV号戦車と”同等の性能・・・・・”を持っていてもおかしな話ではない。

 そして、機械的な性能が劣る戦車を操る練度が大きく劣る民兵が操るのであれば、この結果は必然だと結論付けられる。

 

 

 

 大統領という役職名の米国書記長とその一派ならいざ知らず、米陸軍は何もソ連からの「怪しげな民兵組織への米国戦車供与」提案を二つ返事で了承したわけでは無い。

 ソ連が”クルド解放戦線”を鉄砲玉として扱ったように、アメリカは彼らを捨て駒……「使い捨ての新型日本戦車評価装置」として用いたのだ。

 そして、

 

 ”日本の新型戦車であるTYPE-3は、IV号戦車後期型に匹敵するか、わずかに上回る性能があると予想される”

 

 という十分な実戦評価試験結果が得られ、そのレポートは最後にこう締めくくられている。

 

 ”……以上のような理由から考え、TYPE-3は同等の練度の戦車兵が操るなら、IV号戦車後期型をあらゆる面で凌駕すべく製造された我が軍のM4中戦車で十分に対抗可能・・・・・・・だと結論付けられる”




***




 ……いや、ちょっと待って欲しい。

 このレポートの違和感に感じた貴方は鋭い。

 まず、史実のIV号戦車ならいざ知らず、今生の、特に長砲身75㎜砲を搭載した現行型(最終型)IV号戦車相手に、米軍の現時点でのシャーマンが凌駕してるとは言い切れない。

 先に断っておくが、この世界線において、初期型シャーマンが”M4A3E8イージーエイト仕様という訳ではない。

 史実通り、この時点で量産されているのは無印M4か頑張ってもM4A1仕様で、強いて言うなら時期的にM4A2の製造が始まった頃だろうか?

 つまり、M3/75mm37.5口径長砲時代のシャーマンだ。

 

 ハッキリ言えば、今生のIV号戦車と比べて火力で明確に劣り、機動力や機動力でやや劣るのがシャーマンの実情だった。

 勝てるのは、扱いやすさや機械的信頼性、雑な扱いや蛮用にも耐える頑強タフさとかだろうか?

 

 そして彼らの”誤認”は、本来、IV号現行型と並列して語られるべきは、前モデルの”一式改戦車”だという事を理解していない点に在った。

 一式改ならIV号後期型と比較した場合、例えば「主砲の火力は大体同等、速度ではIV号に軍配が上がり、防御力では一式改がやや勝る」という議論もできる。

 だが、三式戦車は確かに一式戦車の正常進化版といえる開発系譜にあるが、戦車としての素養がだいぶ異なるのだ。

 分かりやすく史実の米国戦車と比較してみると、

 

 ・主砲の火力は、前述の1944年登場のM4A3E8などに搭載されるM1/76mm戦車砲(76.2㎜52口径長砲)に僅かに勝る

 

 ・装甲厚(防御力)は、数値上M4の後継であるM26パーシング重戦車以上

 

 ・速力は、M4やM26と同等以上(少なくとも、加速性能や小回り=運動性は上)

 

 という分かりやすいデータを並べただけでもこうなる。

 そりゃ確かにやろうと思えば対抗はできるだろうが……三式戦車は、

 

 ・史実のティーガーIに比べて火力で劣るが、防御力で同等以上であり、機動力はM4を上回る

 

 という存在であり、かなり”やりにくい相手”ではなかろうか? ぶっちゃけ「パーシング持って来い」と言いたくなる。

 元々当たりにくいし、当たったとしても弾かれる。されど敵はパカパカ当ててきてこちらを的確に貫いてくる……という状況に、少なくともM4ならなるのだ。

 

 

 

 まあ、こんな分析になってしまったのも、「(日米が)直接対決をしてないから」に他ならないが。

 先ほど言ったことと矛盾するかもしれないが、分析は重んじるし、偏った見方は避けようとしてはいるが、かと言って米軍にも全く先入観がないわけではない。

 例えば、史実の「零戦」。「日本人にアメリカより優れた戦闘機が作れるわけはない」という日本蔑視の先入観。

 例えば、ベトナム戦争。「ベトナムなんて三流小国との戦争はすぐ終わる」という大国ゆえの楽観主義に裏打ちされた見通しの甘さ。

 

 これは先入観というより、”傲り”の類だろう。聖書の教える”七つの大罪”には傲慢と強欲が入っている筈だが、どうもアメリカ人には違う言葉に脳内変換されるらしい。

 だからいつも同じような失敗をするのだが……

 それはともかくとして、今回もご多分に漏れず「白人優越主義的な黄色人種に対する過小評価」が無自覚に発動していた訳だ。

 もっとも幸いなのは、その過小評価の喜劇が引き起こす惨劇は、この大戦ではあまり起こる確率が高くないという事だろうか?

 

 しょっちゅうアメリカを煽ってる近衛首相だが、実際には舌戦にとどめている訳だし、政治的にはバチバチとやり合っているが、直接的な武力衝突は日米お互いに積極的に避ける方向で動いている。

 戦争も政治の一形態というのなら、確かに両国は交戦中ではあるのだが、少なくとも本格的な日米開戦は双方ともに望んでいないようだ。

 無論、ルーズベルトとその取り巻き赤色一派は除く。

 アメリカ的に言うなら議会の非赤色汚染議員と軍部だ。

 

 史実のように日本の国際的孤立化に成功しているのならともかく、現状で日本に手を出せば東海岸と西海岸での日英に挟まれた二正面作戦だ。

 おまけにカナダの駐留英軍(ケベック・フランス独立宣言後、地味にじわじわと増強されている)も、そうなればおとなしくしているとは思えない。

 まさに冗談ではなかった。

 

 そして、日本皇国は言うまでもない。

 端的に言えば、「対米戦など面倒臭いだけでメリットがない」のだ。

 少なくとも”現状では”。

 そのうち、アメリカが日本の権益に手を伸ばしてくるならともかく、なんかなし崩しに増えてくる独立支援依頼に、正直言えば政治リソースも外交リソースも食われまくっている。

 前世知識持ちの近衛にしてみれば、友好国が増えるのは結構なことだが、ここ最近は度が過ぎているような気がしてならないらしい。

 というか、フランスやフランスとかフランスが案件投げ過ぎなのだ。あと地味にオランダも。

 

 今年の後半にはギリシャ奪還の作戦も控えているし、正直、特に欲しい米国権益があるわけでもないのに戦争をやってる暇も金も人手もありはしないのが日本皇国の現状だ。

 



 だからこそ、今回のような”小競り合い”を通じて、相手の”具合”を探るのが実にアメリカらしい。

 さらに言えば、唆したのはソ連だし、いずれにしろ死ぬのは親族にアメリカの有権者がいないこと確定のクルド人というのがまた素晴らしい。

 何しろ、何人死んだところで政治に影響しないのだ。




***




 さて、今回の顛末だが……

 

 当然のように日本皇国並びにシリア共和国暫定政府、クルド自治区暫定統治機構は連名で、猛然と抗議した。

 無論、”イラン王国”、パーレビ王朝に。

 彼らがイラン方面から来たことは確かだし、近辺でアメリカ製の武器の在処など他にありはしないのだ。

 

 しかし、イラン国王は「知らぬ存ぜぬ」でその抗議を突っぱねた。

 パーレビ王朝は、「米ソが好き勝手にクルド人を使って武装組織を国内で作り、駒として使っている」なんて事実を、断じて認める訳にはいかなかったのだ。

 しかし、ここでしゃしゃり出てきたのが、”親日国”を堂々と看板に掲げるトルコだ。

 同じクルド人を大量に抱える国家であり、シリアと国境を接するトルコにとり、他人事ではないのもまた事実なのだが……無論、ここで日本に恩を売っておきたいという部分もある。

 政治的事情からシリア(とレバノン)の独立に力を貸すのは理解しているが、やはり「隣国シリアばかりに肩入れ」されるのは大変面白くない。

 更に最新鋭の戦車などが配備されるのは、更に面白くない。

 

 しかも、昨今は希土戦争などの関係からライバル視しているギリシャの為に日本皇国は大規模な軍事作戦を行うという。

 加えて、新参者のリビア、あのよくわからない思想のサヌーシー教団が、王の娘を使って皇国軍人の取り込みにかかっているという情報まで入ってきていた。

 ならば、ここいらで一つ存在感のアピールを……とトルコが思ったところで、いったい誰が責められようか?

 最近、トルコの目立った行動は、メルセルケビールにいた”スクラップ船団”を黒海に通したくらいだ。

 それだけ国内が安定しているという意味でもあるのだが……それだけでは満足できないのも、また人間という生き物だ。

 こう、何というか……じわじわと温度が上がってくる感じに、石射特使は頭を抱えた。

 

 

 

 ついでに言えば、米ソは赤化クルド人組織を使ってシリア北東部を削り取るという方針は、とりあえず保留にしたようだ。

 正直、今回の戦力(物資)も割とぎりぎりの抽出だったのだ。これ以上、「ソ連に渡すべきレンドリース品」を目減りさせてしまえば、本末転倒だろう。実際、ソ連の対独戦の戦況はそこまで悪化していた。

 こちらから手を出さない限り(太平洋ルートでの事例から考えて)日本皇国からは手を出して来ない……状況変化が無い限り、積極的な補給路の遮断は行わないと割り切り、圧迫に耐えることにしたようだ。

 だったら最初から手を出すなよと言いたくなるが……

 

 だが、一度立ち上げた組織というのは、電子データじゃあるまいし物理的に証拠隠滅しゅくせいでもしない限り、簡単に消えたりはしない。

 例えば、大したソ連の支援もないのにイタリアの”赤い旅団”は20年も活動していたのだ。

 そして、米ソは”クルド解放戦線”のデリートの手間を惜しんだ。

 いや、方針が変わった以上、利用価値が無くなったので放置したと言うべきか?

 だが、これが結果としてイランの未来に大きな禍根を残すことになるとは、この時、米ソは思いもしなかっただろう。

 まあ、要するに……今生も変わらぬ「いつもの米ソ」であった。



 

 だが同時に、いかに半ば米ソ、そして石油利権を握る英国に三方から睨まれている状況だったとはいえ、「放置された国内不穏分子」に有効な手立てを打てなかったパーレビ王朝の怠惰ゆえの自業自得という見方もできる。

 必要な時が来れば、米ソついでにに好き勝手使われそうな「後腐れのない君主全否定組織」を残しておいてどうすると。

















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